第41話 港街リウネルへ

「なんだ、もう行くのか」


 少しだけ残念そうにエッグリートがそう言うと、続けて冒険者志望の獣人たちも大袈裟に嘆いた。


「もっとここにいてくれよ!」

「俺たちに冒険者魂を教えてくれ……!」

「すまないな、私はやることがあるのだ。しかし皆が冒険者となるならば、いずれどこかで会えるだろう。私は素晴らしき冒険者となった皆と再会できることを楽しみにしている」


 そう言って笑みを浮かべたフランツに、獣人たちはまたしても雄叫びを上げる。


「おおー!」

「今すぐ冒険者になる!」

「まずはギルドで登録するのよね!」


 さっそく集落を飛び出していきそうな獣人たちを、イザークが慌てて止めた。


「ちょっと待て! 獣人たちが冒険者をできるのは、まだ先だ。少なくとも数ヶ月は待ってほしい。まずは三人が騎士として、各地で獣人の存在を浸透させてからだ」

「えぇ〜、数ヶ月は長すぎるぞ」

「そうよ。数日でなんとかできないの?」

「そんな無茶を言うな! ――団長、あんたのせいですよ?」


 イザークにギロっと睨まれたフランツは、文句を発している獣人たちに視線を向け、口端を持ち上げた。


「焦る必要はない。私も冒険者に憧れてから実際に冒険者となるまで、何年もの月日を要した。しかしその日々があったからこそ、素晴らしき冒険者に近づけていると思うのだ。皆も数ヶ月かけて、冒険者として恥ずかしくないよう鍛錬に励むと良い」


 獣人たちはその言葉に感動の面持ちを浮かべ、何人かは涙を流しながら雄叫びを上げた。


「あんたって、こういうのも得意なのね」


 マリーアの呟きに、フランツが僅かに首を傾げつつマリーアの顔を覗き込む。するとマリーアは、じっとフランツの表情を見つめてから眉間に皺を寄せた。


「天然でやってるのなら怖いわ……」

「私は真実を口にしているだけだぞ?」

「そうね、そうよね」


 ――自然体でここまで周囲を魅了できるって、本当に信じられない。計算してるって言われた方が安心できるわ。


 そう考えたマリーアは無意識に自分の二の腕を擦りながら、切り替えるように首を横に振った。


「とにかく、これで問題も解決したし次に行きましょ」

「そうだな。イザーク、後は任せても良いか?」

「はい。後はこっちでやっておきます」

「頼んだぞ。また何かあれば連絡する」

 

 軽く発されたその言葉を聞いて、イザークはジトッとした視線をフランツに向けた。


「……分かりましたが、数ヶ月でいいので大人しく冒険者をしていてくださいね? こっちは団長の持ち込み案件で手一杯なんですから」

「善処しよう」

「悪い予感しかしない……」


 イザークの呟きはフランツの耳には届かず、フランツは周囲に集まる皆にぐるりと視線を向けた。


「では皆、私たちはここで失礼する。また会えることを楽しみにしている。エッグリート、これからもよろしく頼む」

「ああ、今回は色々とありがとな」


 そうして獣人と人間が交流する第一歩を踏み出せたところで、フランツとマリーアは集落を後にした。



 獣人の集落を後にしてハイゼに戻った二人は、さっそくレオナに言われた通り、リウネルという港街に向けてハイゼを出発した。

 今回は護衛依頼がなかったため、二人は乗合馬車に乗っている。リウネルの港街までは、馬車でいくつか街を経由して三日の行程だ。


 二日間はなんの問題も起きずに馬車の旅は進み、三日目の昼過ぎ。あと数時間でリウネルの港街が見えてくるというところで、乗合馬車の前方に魔物に襲われている馬車が現れた。


 乗合馬車の御者が馬の足を止め、乗客に叫ぶように告げる。


「お客さんの中で魔物を倒せる人はいないか……!」


 その言葉を聞いて、フランツがすぐに立ち上がった。


「私が行こう。Bランク冒険者だ」

「わたしもよ」


 フランツに続いてマリーアも立ち上がると、乗客たちは安心した様子で頬を緩める。そして二人に頼むように頭を下げた。


「皆はここから動かないでくれ。すぐに倒してくる」


 そうして二人は馬車を降りて、街道の先で魔物に襲われている馬車に向かって駆け出した。足を動かしてそれぞれ武器を準備しながら、まだ少し距離がある馬車にじっと目を凝らす。


「あの馬車、随分と豪華ね」

「ああ、貴族かもしれないな」


 そう答えたフランツの声音がどこか楽しそうで、マリーアは眉間に皺を寄せながらフランツにチラッと視線を向けた。


「何で楽しそうなのよ」

「いや、もちろん魔物に襲われている者がいるという事実には心を痛めている。しかし私が冒険者になったのだということを実感して、少し嬉しくなってしまったのだ。魔物に襲われている貴族家の者を助けるというのは、冒険者によくあるだろう?」


 それがよくあるのは冒険小説の中だけで、普通はほとんどあり得ない事態なのだが、目の前で実際に起こっているためマリーアは困惑の表情を浮かべた。


「……普通はこんな事態に遭遇しないわ」

「そうなのか? しかし目の前で起きているのだし、地方の下位貴族などではよく発生するのではないか?」

「いや、そんなことはない……と思うけど。え、よくあることなの?」


 自分が間違えてるのかもしれないとマリーアが思い始めたところで、フランツがふと真剣な表情で告げた。


「しかし確かに、いくら下位貴族とはいえレッドボア数匹を相手に遅れをとるのは不自然だな。それにちょうど紋章が見えないが、馬車はかなり豪華な作りのようだ」

「やっぱりそうよね。――ねぇ、フランツ。あそこにいる人に見覚えない?」


 マリーアが少し目を細めながら馬車の横に立つ女性を示すと、フランツもそちらに視線を向け……瞳を見開いた。


「レオナさんだな」

「そうよね。なんでこんなところにいるのかしら」


 二人は首を傾げつつ、まずはとにかく魔物を倒そうとレッドボアの下に向かった。

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