第40話 フランツの冒険者講義
「冒険者に憧れている者はここにいるか?」
さっそくフランツが広場の周辺に集まっていた獣人に問いかけると、数人の獣人が元気よく手を上げた。
「俺だ!」
「冒険者、やってみてぇ!」
「分かった。ではこちらへ来ると良い。そして他の者も呼んで来てくれるか?」
「分かった。ちょっと待っててくれ」
そうして騎士団に仮入団する候補者を待つ間、フランツによって冒険者志望の獣人たちに、冒険者に関する講義をすることになった。
他の者を呼びに向かった獣人たちをしばらく待ち、フランツの前には十人を超えた獣人たちが集まる。そんな獣人たちをゆっくりと見回しながら、フランツは楽しげな笑みを浮かべて口を開いた。
「ではまず、皆に冒険者という職業の素晴らしさを伝えようと思う。冒険者は常日頃から鍛錬を欠かさず、弱き者を助け、真摯で優しく、勇敢であり、皆から慕われる尊敬できる者たちのことだ」
自信満々にフランツが告げた冒険者の説明に、話を聞いている獣人たちはこれでもかと瞳を輝かせた。しかしマリーアとイザークは呆れたような表情を浮かべ、ポツリと小さな声で呟く。
「誰の話をしてるのよ……」
「俺の知らない冒険者だな……」
二人の呟きに被せるように、フランツの話を聞いていたネウスが声を発した。ネウスも冒険者に憧れている獣人のうちの一人だ。
「そんな冒険者が、人間にはどれぐらいいるんだ?」
「そうだな、数万はいるだろう」
「おおっ、すげぇな!」
「そうだ。帝国はもちろん騎士団が平和を保つように努力を重ねているが、冒険者の存在も平和の維持に大きく寄与している」
それからもフランツが今までに出会った素晴らしい冒険者や、フランツとマリーアが受けてきた依頼について、そして冒険者の決まりやギルドの仕組みなどを話していくと、獣人たちはどんどん前のめりになり、その場の雰囲気が高揚していった。
「俺ら、フランツさんが説明してくれたみたいな最高の冒険者になるぜ!」
「おおっ、冒険者ってかっこいいヒーローなんだな!」
「俺らもヒーローになるぞ!」
「私も女だけど、最高の冒険者を目指すわ」
「楽しくなってきたわ!」
獣人たちのそんな反応に、フランツは満足そうな笑みを浮かべている。
「帝国民の一人として、そして冒険者として、皆の心意気を頼もしく思う」
フランツの言葉に獣人たちが拳を握りしめて、歓声のような雄叫びを上げた。そうしてフランツによる講義が最高潮に盛り上がっているところに、三人の獣人が姿を現した。
他の獣人たちとは少し雰囲気が違う三人に、フランツが視線を向ける。すると騒いでいた獣人たちも、三人の登場に高揚する様子を見せた。
「おっ、やっと来たか」
エッグリートがそう言って笑顔で三人を自分の下に呼ぶと、フランツに声をかけた。
「フランツ、この三人が騎士団に仮入団する候補者だ」
その言葉にフランツが答える前に、三人のうちで一番背が高い男が口を開く。
「騎士団に仮入団? もしかして人間との交流のことか」
「そうだ。交流の第一段階として、この国の組織である騎士団ってところに、俺たちから何人か入団して欲しいらしい。そこでお前らを推薦したってわけだ」
「それで急ぎって呼ばれたんだな」
エッグリートが騎士団に向いていると評していた通り、三人は他の獣人たちよりも落ち着いている様子だ。しかしフランツがついそちらに視線を向けてしまうほど、実力も兼ね備えている。
三人が納得したように頷いたところで、フランツが笑顔で声をかけた。
「私はフランツだ。帝国には騎士団という武力によって国の問題を解決する組織があり、私はそこの第一騎士団で団長をしている。皆にはそこに仮入団してほしい。こちらはイザークで、副団長として私の補佐をしてくれている。今回の実務を取り仕切るのはイザークだ」
「イザーク・ホリガーと言う。よろしく頼む」
二人の挨拶と少しの説明を聞いて、先ほど口を開いた男が首を傾げた。
「第一騎士団っていうのは、何をやるんだ?」
「基本的な職務は、帝都の護衛とその周辺の警備だ。しかし他の騎士団の応援に向かったり、手が空いていたら別の仕事を割り振られることもある」
「あんまり頭を使う仕事はないってことか?」
「そうだな……割り振られる立場によっては知識を必要とする場面もあるが、基礎知識にしても私たちと獣人である君たちでは、その種類が違うだろう。したがって、基本的には武力が必要な仕事を割り振ることになるはずだ」
フランツの説明に三人は納得したように頷いたが、その中で一番小柄で獣人の特徴が耳にしか出ていない男が、スッと手を上げた。
「人間の知識を知りたいって言ったら教えてくれるか?」
「それはもちろん教えよう。逆に獣人の知識も私たちに提供してもらえると嬉しい」
「それは構わない。……長、別にいいよな」
「ああ、問題ないぜ」
「じゃあ俺は入団してもいい」
「俺もいいぜ」
「同じく」
三人が騎士団への仮入団に同意してくれたところで、交流の第一段階は問題なく進められることが決定した。
「では三人はこちらへ来てくれるか? いくつか聞きたい情報がある」
イザークが書類とペンを持って三人を呼び、仮入団にあたっての詳細を詰め始めた。そこでフランツは自分の役目は終わりだと、マリーアに視線を向ける。
「ではマリーア、私たちはハイゼに戻ろう」
突然のフランツの言葉に、マリーアは瞳を見開いた。
「もう戻っていいの?」
「ああ、私は休暇中だからな。エッグリートとイザークたちを仲介する立場としてここに来たが、もうイザークたちも受け入れてもらえたようだし、私は必要ないだろう。休暇は短いのだ、早く冒険者に戻らなければ」
瞳を楽しげに光らせながらそう言ったフランツに、マリーアは苦笑しつつ頷いた。
「分かったわ。あんたは本当にブレなくて凄いわね。じゃあハイゼに戻って、次はリウネルって港街に行くんだっけ?」
「そうだ。港街なんて楽しみだな! 私は絶対に海で釣りをする」
「あぁ……確かに冒険小説って、釣りをすることが多いわよね。それで海の魔物に襲われるのよ」
呆れを顔に滲ませながら小さな声で呟いたマリーアは、港街に意識を飛ばしているフランツに笑いかける。
「釣りぐらい付き合ってあげるわ」
「本当か! ありがとう。ではさっそく行かなければ」
そうして二人が次の行き先について話をしていると、それを聞いていたエッグリートが口を開いた。
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