第39話 また獣人の集落へ
フランツ、マリーア、そしてイザークの会話によって、あまり緊張感がないまま森の中を進んで山を登っていくと、しばらくしてフランツが人の気配を察知して足を止めた。
そのすぐ後に騎士団員の皆も緊張の面持ちで足を止め、周囲に視線を向ける。
一行が止まってからすぐに、木を伝ってくるような形で姿を現したのはネウスだ。
「フランツ、やっと戻ってきたな! 皆が早く来ないかって待ちくたびれてるぞ」
「ネウス、出迎え感謝する。第一騎士団の皆を連れてきた」
「イザーク・ホリガーだ。第一騎士団の副団長をしている」
「おうっ、俺はネウスだ。さっそく集落に案内するな。長もちょうど広場にいるぜ」
「それは良かった」
テンション高めなネウスは、イザークたちへの挨拶もそこそこに皆を集落へと案内した。集落に入ってそのまま向かったのは、フランツとエッグリートの決闘が行われた中央広場だ。
するとそこでは、集落の長であるエッグリートが若い獣人たちに稽古をつけていた。
「長ー! フランツが戻ってきたぞ」
ネウスの呼びかけにエッグリートや他の獣人たちが一斉にフランツたちに視線を向け、楽しげな表情を浮かべる。
「おっ、待ってたぞ」
「待ちくたびれたぜ!」
「強そうな人間がいるな!」
フランツたちは広場の中に入り、エッグリートと対面した。
「エッグリート、ここにいるのが私の部下である第一騎士団の騎士たちだ。この者が副団長なので、これからの交流において責任者を務めることになる」
フランツに紹介されたイザークは、獣人としての性質が濃く現れているエッグリートに僅かに緊張の様子を見せながらも、笑顔で一歩前に出た。
「第一騎士団の副団長である、イザーク・ホリガーだ。よろしく頼む」
「おう、よろしくな。俺はこの集落の長でエッグリートだ。……イザークも随分と強そうだなぁ」
エッグリートが楽しげに口端を持ち上げると、イザークは即座に首を横に振った。
「いや、俺は事務仕事が得意なんだ」
そう言ってエッグリートの視線から逃れようとするが、イザークの意に反してフランツが口を挟む。
「イザークは事務仕事ももちろん有能だが、戦闘面でもとても頼りになる。特に投擲技術は凄いぞ」
「ほう、それは一度手合わせしてみてぇな」
完全にエッグリートにロックオンされたイザークは、フランツに恨めしげな視線を向けた。
しかし切り替えるように表情を引き締めると、エッグリートの瞳をしっかりと見返して頭を下げる。
「これから長い付き合いになると思うが、よろしく頼む。騎士団は獣人と人間が種族の差を感じることなく、共存できる未来を目指している。そのためにまず、できることから段階を踏んでいきたい」
「随分と高い理想を持ってるんだな。でも俺はそういうの嫌いじゃないぜ」
「それは良かった。できる限り同じ方向を向いて、同じ熱量で進めていけたらと思う」
イザークのその言葉にエッグリートが頷いたところで、フランツが口端を少し持ち上げながら口を開いた。
「ではさっそく詳しい話を進めよう。我々としては交流の第一段階として、獣人の戦士数人に騎士団へと仮入団をしてもらおうと思っている。騎士は帝国内で一番、民から信頼されている立場だ。獣人がその立場になることで、皆が獣人を受け入れやすくなるだろう」
「おお、俺たちが騎士になれるのか。反発とかはないのか?」
「とりあえず皇帝陛下が了承してくださったので、大きな反発はないはずだ。一部の貴族が反発はするだろうが、それは上手く押さえ込む。……イザーク、頼んだぞ」
面倒なことを頼まれたイザークだが、獣人たちの前だからかすぐに了承した。
「かしこまりました。騎士団と文官たちにも協力してもらい、上手く獣人たちが受け入れられるように配慮します」
「ということだ。エッグリート、騎士団に仮入団する人員として最適な者はいるか?」
フランツの問いかけに、エッグリートは顎の下を撫でるようにしながら首を傾げた。
「騎士団っていうのは、規律が大切だよな?」
「ああ、真面目な者が向いている。そしてやはり反発や偏見もあるだろうから、我慢強い者が良いな。喧嘩っ早い者は最初は避けたい」
「それは獣人の気質的に難しいなぁ……」
獣人は基本的に好戦的で好奇心旺盛な者が多い種族だ。
エッグリートはしばらく難しい表情で考え込み、鋭い爪が光る指を三本立てた。
「三人ほど候補がいるが少ないか?」
「いや、ちょうど良い人数だな。そのぐらいならば対応も容易だろう。……その三人の容姿を教えてくれるか? 人間にとって、獣人の特徴がどれほど外見に表れているのかによって、かなり受ける印象が変わるのだ」
フランツのその言葉に、エッグリートは自分の体を何気なく見下ろす。
エッグリートの体は全体的に被毛で覆われていて、筋肉のつき方も人間とは少し違う。そして何よりも目立つのは、人間にとっては恐怖の対象となり得る鋭い爪だ。
「俺みたいなやつは反発されやすいってことか?」
「ああ、やはり人間から離れている方が、受け入れられるのは難しいだろう。しかし人間に近い者だけが受け入れられたところで意味はないので、できればエッグリートのように獣人の特徴が濃い者の方が望ましい。人間に近い者と両方いると、なお良いな」
その説明を聞いたエッグリートは、ニッと楽しげに口端を持ち上げた。
「そういうことか。それならちょうど良い。先ほどの三人のうち、一人はハニールカのように耳と尻尾だけが獣人の特徴を持つ者で、他二人は私のように全身だ」
「それは良いな。ではまず、その三人から交流を始めたいと思う。本人の了承は取れるか?」
「ああ、今からここに集めよう」
エッグリートが近くにいた若い獣人に三人の名前を告げると、すぐ三人を呼びに行くためその場を立ち去った。
そうして少し待ち時間が生まれたところで、エッグリートがフランツに「そういえば」と声をかける。
「フランツに頼みたいことがあるんだが」
「何だ? できることならば応えよう」
「ありがとな。実は獣人の中で冒険者になりたいと言っているやつがたくさんいて、特に十人ぐらい本気のやつがいるんだ。すぐ冒険者になれるわけじゃないのは分かってるが、冒険者について教えてやってくれねぇか? 俺たちはあんまり知識もないからな」
冒険者に本気でなりたいという言葉を聞き、フランツは瞳を輝かせてすぐに頷いた。
「もちろん私が知っていることは教えよう。冒険者の仕組みや心得などを伝えれば良いのだろうか。それとも冒険者の素晴らしさか?」
「そうだなぁ。まあ、その辺を頼む。俺もよく分からねぇからな」
「分かった。任せておけ」
そうして楽しげに口端を持ち上げるフランツにマリーアがジト目を向けていたが、フランツはそれに気づくことなくやる気十分に、周囲に集まっていた獣人たちに視線を向けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます