第38話 久しぶりの騎士団業務
小さな村にたくさんの馬の世話をできる場所はないということで、数台の馬車で連なって向かうことになった。フランツとマリーアが乗った馬車には、イザークの他に二名の騎士が乗り込む。
「そういえば団長、頼まれてた毒薬の調査。結果が出ましたよ」
馬車が動き出してすぐに発されたイザークの言葉に、フランツは一気に表情を真剣なものに変えた。イザークに続きを促す前に、マリーアに視線を向ける。
「ここで話しても良いか?」
「別にいいわ。わたしは聞かなかったことにするから」
「分かった、ありがとう。ではイザーク、報告を」
「はっ。まず毒薬の入手経路ですが、こちらの特定はほぼ不可能であると結論づけられました。毒薬の種類が特殊なものではなく、入手経路が多岐に渡ります。それら全てを洗うのは難しいです」
「そうか……分かった」
(やはり証拠を残すようなことはしないか)
「ヴォルシュナー公爵の関与も不明となっております。しかしハイゼ子爵の息子であるスヴェンがヴォルシュナー公爵と関係がある可能性ですが、こちらは可能性ありとの調査結果が出ております。団長の疑いを聞き過去について調査中ですが、一時期公爵はハイゼ子爵夫妻を頻繁に屋敷へ招いていたとか」
その調査結果を聞き、マリーアは顔を顰めた。フランツも眉間に皺を寄せて考え込む。
(もしスヴェンが公爵の子であった場合、今回の襲撃の動機はハッキリする。スヴェンが成長するにつれて公爵に似てきたことにより、醜聞となり得るスヴェンを消そうと考えたのだろう。――許せないな)
「スヴェンに関しては調査を続行し、ヴォルシュナー公爵に悟られることなく、スヴェンを守護するように」
「かしこまりました」
そうしてフランツがイザークから様々な報告を受けているうちに、馬車は村の近くに到着した。
村の入り口に馬車が止まると気づいた村人たちが外に姿を見せ、フランツとマリーアを見て安堵の表情を浮かべる。
「フランツさんとマリーアさん、戻ってきたんだな」
「ああ、獣人の集落との交流について、騎士団で対処をしてくれるらしい。こちら第一騎士団の方々だ」
冒険者としての立場でフランツがイザークを示すと、イザークは騎士団の副団長らしくビシッと挨拶をした。
「第一騎士団の副団長を拝命している、イザーク・ホリガーである。獣人との交流については、今後騎士団が主導で調整を行うつもりだ。貴殿らにも協力してもらえるとありがたい」
イザークのその言葉に村人たちは「おおっ」と憧れが滲んだ表情を浮かべ、笑顔で言った。
「騎士団の人はやっぱりカッコいいな。今村長を呼んでくるから待っててくれ」
それからすぐに駆けつけたアーデルとイザークが挨拶を交わし、一行はさっそく獣人の集落へと向かうことになった。馬車は村の端に置き、皆で徒歩で森に入る。
今回集落に向かうメンバーに村人たちはいなく、フランツとマリーア、そして騎士団の面々のみだ。
「結構山を登るんですか?」
「いや、そこまでではない。一時間ほどだろう」
「意外と近い場所に集落があるんですね……」
「私も驚いたのだ。さらに集落の規模も想定していたものより大きい。文明レベルもそこまで低くないだろう」
フランツのその説明に、イザークと他の騎士たちは表情を引き締めた。
「獣人たちは団長の立場を知ってるんですよね?」
「ああ、交流するにあたって真実を伝えてある」
「分かりました。じゃあ団長、集落では第一騎士団の団長として働いてくださいよ?」
イザークのその言葉に、フランツは口角を上げながら頷いた。
「もちろんだ。任せておけ」
前を向いて少し先に進んだフランツの後ろ姿を、イザークは微妙な表情で見つめる。
(団長はなんかズレてるし面倒な性格してるけど、やっぱり頼りになるんだよな……)
悔しそうに眉間に皺を寄せたイザークは、気持ちを切り替えるように首を少し横に振ると、またフランツの隣に並ぼうと足を進めた。
「そうだマリーア、獣人たちの中で冒険者になりたい者がいた場合、私たちの仲間に迎え入れるのはどうだ?」
世間話でも投げかけるように告げたフランツの言葉に、マリーアは「そうね……」と軽く返事をしかけて、瞳をぐわっと見開くとフランツのことを勢いよく振り返った。
「ちょっと待って! 何でそんな斜め上の発想になるのよ!」
「いや、別におかしなことではないだろう? 冒険者とは結構な頻度で、正体を隠した獣人を仲間に引き入れるものじゃないか」
「あんたね……それは冒険小説の中だけよ!!」
マリーアの心からの叫びに、フランツは首を傾げる。
「そうなのか? では冒険者の中に、獣人であることを隠した者は一人もいないのだろうか?」
「……そ、そう言われると、確かに何人かはいるかもしれないけど……」
どこかバツが悪そうな表情でマリーアが視線を下げると、フランツは口角を上げて何度か頷いた。
「そうだろう? やはり隠しているから皆には知られていないだけなのだ。私たちもそのような仲間を……」
「ダメよ! ほら、思い出してみなさい。あんたが読んだ冒険小説の主人公は、自分から獣人を仲間に勧誘してたの? 物事の流れの中で必然的に仲間になってたでしょ。そういう出会いを待つのよ」
フランツに刺さるようにマリーアが言葉を尽くすと、マリーアの想定通りにフランツは瞳を輝かせた。
「確かにそうだな。私は少し急ぎすぎていたようだ」
「そうよ、憧れるのもいいけど、自然に任せるのも大切よ」
――フランツだけでこんなに大変なのに、その上で正体を隠さないといけない獣人の仲間なんて増えたら、わたしが心労で大変なことになるわ。
心の中でそう考えたマリーアは、ほっと息を吐き出す。そしてそんな二人のやりとりを聞いていたイザークが、大きく息を吐き出して口を開いた。
「やっと団長が言ってた言葉の意味が分かりました……。獣人と交流するには冒険者になるのが一番だとか、市井には必ず獣人がいるはずだとか、何を言ってるんだと思ってましたが、そういうことだったんですね……」
イザークの疲れたような声音に、マリーアが肩を励ますように叩いた。
「元気出しなさい」
「マリーアさん……」
またしても二人で見つめ合うマリーアとイザークに、フランツが告げた。
「もしや、二人は好き合っているのか? いつそのような関係性になったのか分からないが、私は応援し……」
「違うわよ!」
「まっったく違います!」
フランツの言葉が終わる前に、二人から同時にツッコミが入った。
「そうなのか? しかし息が合っているようだが」
マリーアとイザークが同時に同じような表情でため息を吐いたところで、それまで静かに足を動かしていた騎士団員が堪えきれないというように吹き出した。
「だ、団長も、副団長も、笑わせないでください……っ」
「わざとですか……っ?」
「わざとなわけあるか! お前ら、今すぐに笑いを収めないと鍛錬メニューを二倍にするぞ!」
ヤケクソのようなイザークのその叫びに、騎士団員たちは一糸乱れぬ動きで「はっ」と表情を引き締めながら胸に拳を当てた。
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