第36話 村への帰還と試験の終わり

「おいお前ら、ちょっと静かにしろ〜」


 エッグリートの声掛けで、フランツに群がっていた獣人たちの勢いが一気に収まった。さすが集落の長だと、フランツは感心の表情を見せる。


「これから人間と交流するんだ。いくらでも聞く機会はあるだろ。それでフランツ、交流はどうやってやるんだ?」

「そこは騎士団に任せようと思っている。騎士団には強い者が多いし、国の機関だからな。物事が早く進むはずだ」

「おっ、それはありがたいな」

「これからハイゼの街に戻り騎士団に連絡をするので、実際に話が進められるのは二週間は先になる」


 二週間後という言葉に、獣人たちの一部からは不満の声が上がった。


「そんなに先なのか!」

「早く冒険者になってみたいのによ〜」


 獣人たちはすっかり冒険者という職業に憧れ、期待している様子だ。それもこれもフランツのおかげ――所為である。


「すまないな。できる限り早く騎士団に動いてもらおう。ではエッグリート、二週間後には私も騎士団と共に来る。その時に詳しい話をするので良いだろうか」

「もちろんいいぜ。二週間でこっちも色々と準備を進めておく」

「ああ、よろしくな」


 そうして決闘はフランツの勝利で終わりとなり、獣人との交流が進められることとなった。



 フランツたちは村に戻るため、集落の出口に向かう。村で待っている他の子供たちにも直接伝えるため、ハニールカも共に村へと戻るようだ。


「フランツさん、凄く強いんですね……」


 ハニールカはまだ決闘の余韻が抜けないのか、いつもよりしっかりと見開かれた瞳でフランツのことを見上げた。


「ありがとう。しかしエッグリートも強かった」

「長はこの集落の歴史で一番と言われるほど、強い人なんですよ……?」

「そうだったのか。確かにあの強さなら納得だ」


 エッグリートに勝利したことを特別誇るでもないフランツに、ハニールカが理解できないものを見るような瞳で凝視していると、次に口を開いたのはアーデルだ。


「フランツさん、騎士団の団長さんだとか……」

「ああ、そうなのだ。隠していて悪かった。冒険者として活動している時には、基本的には明かさないようにしている」

「いえ! 謝られる必要は全くありません。私の方が今まで無礼なことをしていなかったでしょうか……」

「問題ないな。そもそも騎士団の団長だからと、特別な対応は必要ない」


 その言葉をどう受け取れば良いのか分からず、アーデルが「はぁ……」と曖昧な返事をしていると、フランツがそういえばとアーデルに視線を向けた。


「私が騎士団長ということは、村などでは秘密にしていてくれるか?」

「それはもちろん、絶対に言いません!」

「いや、絶対でなくても良いのだが」

「いえいえ、私は聞かなかったことにいたします!」

「そうか……ありがとう。助かる」


 アーデルの勢いに内心で首を傾げつつ、フランツは感謝の言葉を口にした。


 そうして話をしている間に五人は集落を出て、山を下りた。あまり話もせず真剣に足を進めていると、しばらくして森を抜け村の果樹畑が見えて来る。


「帰って来れたな……」


 村が見えたところで、アーデルがそんな言葉を口にした。

 果樹畑には何人もの村人がフランツたちの帰りを待っていたようで、五人が姿を現すと同時に数人がフランツたちの下に近づき、数人が帰還を知らせるために村へと駆けていった。


「どうだったんだ!?」


 駆け寄ってきた村人たちの中には、ハニールカと友人関係になった子供三人がいる。


「ルカくんとこれからも遊んでいいって!」


 ミーアが笑顔で答えると、子供たちは満面の笑みでハニールカに手を伸ばした。


 ハニールカは手を掴まれ肩を軽く叩かれ、肩を組まれ、困惑しながらも嬉しそうだ。


「これからもよろしくな!」

「う、うんっ」

「洞窟の中だけじゃなくて、森での遊びもしようぜ。ちょっと離れたところに川があるから、そこに行くのもいいな」

「私はルカくんに美味しいものの作り方、教えて欲しい〜」


 そうして子供たちが楽しそうに騒ぐ中、アーデルはダミアンを始めとしたこの場にいる村人たちに、真剣な表情で告げた。


「これから獣人の方たちと交流することになった。そこでフランツさんとマリーアさんが、ハイゼに行って警備隊に話をしてくれるらしい。これから忙しくなるかもしれないが、よろしく頼む」


 アーデルが事前にフランツたちと決めていた言葉を口にすると、村人たちは獣人と交流という内容に、驚いたように瞳を見開いた。


 しかし村人たちの表情に、困惑はあっても嫌悪はあまりないようだ。


「そりゃあ、これから大変だな」

「村長、そんな話をしてきたなんて凄いじゃないか!」

「お二人とも、よろしくお願いしますね」


 そんな話をしていると、村の方から多くの村人たちがこちらに向かって歩いてきた。その中にはレオナもいて、フランツはまずレオナに声をかける。


「レオナさん、待たせてしまってすまなかった」

「いえ、問題ありません。今回の動きは依頼に関わることでしたから。この後はまだ村に滞在されるのですか?」

「いや、すぐハイゼに戻ろうと思う」

「かしこまりました。では私も戻る準備をいたします」


 まだ日が高く急げばハイゼの街まで戻れるということで、フランツたちは急いで帰還の準備を進めた。帰り道もダミアンとクルトが馬車で送ってくれることになり、行きと同じメンバーで馬車に乗る。


「ではアーデル、街で獣人のことを伝え、私たちもまた村に戻ってくる。それまで少し待っていてくれ」

「はい。よろしくお願いします」

「行ってくるな!」


 クルトが馬車から身を乗り出して大きく手を振ると、フランツたちを見送りに来ていたたくさんの村人たちが次々と手を振り、馬車は村を後にした。



 それからは途中で最低限の休憩を挟む他はひたすら街を目指し、辺りが完全に真っ暗になる少し前に、一行はハイゼへと到着した。


「ダミアン、クルト、送ってくれてありがとう」

「いえ、気にしないでください。私たちは本当に帰ってしまっていいのですか?」

「ああ、獣人との交流という重大事項は、すぐに受け入れられるものではないだろう。村に戻るにしてもしばらく掛かるので、二人は戻ってくれ」

「多分村に戻るにしても、数週間は先よ」


 フランツとマリーアのその言葉にダミアンが納得したように頷き、クルトは瞳を輝かせながらフランツを見上げた。


「兄ちゃんは警備隊に知り合いがいるんだったよな! 凄いなぁ。俺も冒険者になったら兄ちゃんみたいになれるか?」

「そうだな。冒険者には素晴らしき者たちがたくさんいる。そこで研鑽を積めば、より己を高められるだろう」

「じゃあ俺、冒険者を目指すぜ! 村長で冒険者なんてかっこいいよな!」


 子供らしい無邪気な夢に、フランツは拳を握りしめて言った。


「冒険者として実績を積めば、村がより発展して街になるかもしれないな」


 それは冒険小説の中だけの話である。


 しかしクルトは瞳をこれでもかと輝かせた。そんなクルトのことをダミアンは微笑ましそうに見ていて、クルトを煽ったフランツにはマリーアがジト目を向けていた。


「俺、頑張るぜ!」

「ああ、無理せず毎日の鍛錬が大切だ」

「おうっ!」


 そうしてクルトのやる気が最大限に高まったところで、ダミアン、クルトの二人とは別れた。街の雑踏に消えていく二人を見送ったところで、フランツはレオナに視線を向ける。


「これから冒険者ギルドに向かうので問題ないだろうか」

「はい。この時間であればギルドも開いています。……しかし少しだけ早急に済ませたい用事がありまして、先に夕食を食べていただくことはできないでしょうか。一時間後に来ていただければ、すぐに依頼達成と実技試験合格の手続きができるようにしておきます」


 この時間に早急に済ませたい用事とは何だろうと少し不思議に思いつつ、深く聞くのも失礼だとフランツはすぐに頷いた。


「もちろん構わない。マリーアも良いか?」

「ええ、実はお腹空いてたのよね」

「では私たちは一時間後にギルドへ向かう」


 レオナはフランツとマリーアに感謝を告げながら深く頭を下げると、足早に近くの路地に入っていった。

 そしてそれを見送った二人は、すぐ近くに見えていた食堂に足を進めた。

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