第35話 勝者とフランツの身分

 また先手で攻撃を仕掛けたエッグリートだったが、最初とは違い今度はフランツの頭上高くを飛び越えると、フランツの後方に音もなく着地した。

 そして地面に足がついた瞬間にもう一度強く地面を蹴り、今度は後ろからフランツに向かって飛び込んでいく。


 フランツはすぐ後ろに振り向きで剣で対応したが、エッグリートのあまりの速度に少しだけ対応が遅れ、僅かに後ろにのけぞる形になった。


 そこでフランツは炎弾を放ち、一度エッグリートから距離を取る。


「今度はこちらから行くぞ」


 そう告げたフランツはエッグリートに向かって抜き身の剣を振り上げながら飛び込み、右上から切り掛かった。その攻撃はエッグリートに軽く躱されたが、宙を切る剣先から突然風の刃が放たれる。


「うっ……っ、やるな」


 完全に躱しきった剣先から放たれた突然の攻撃にエッグリートは対応が遅れ、急所を外すために両腕で攻撃をガードするしかできなかった。


 風の刃を受け止めたエッグリートの両腕からは、血が滲む。


 それからは互いに譲らず、どちらも決定打を与えられない展開が続いた。フランツの剣をエッグリートが爪で受け流して、魔法は素早い身のこなしで躱し、エッグリートの爪攻撃や蹴りなどはフランツが剣や魔法を使って上手く躱していく。


 その速度は尋常ではなく、観戦している者たちの中でも一部の実力者にしか、戦闘の内容を正確に把握することはできなかった。


「人間って、こんなに強かったのかよ……」

「長、全力だよな?」

「俺には全力に見えるぜ。エッグリートさんとここまでやり合うなんて、信じられねぇ」


 獣人たちから呆然とした表情でそんな声が上がる中、二人の攻防には終わりがやってきた。


 今まで何度もエッグリートに見せた攻撃と同様の形で、フランツが剣を持って飛び掛かる。右下から振り上げる構えに、エッグリートが剣を避けようとそちらに意識を向けたところで――


 フランツは、剣を手放した。


 剣がなくなったことによる身軽な拳で、飛び込んだ勢いそのままにエッグリートの腹を殴る。


 剣に意識を向けていたエッグリートは、フランツの拳に攻撃されるという予想外の事態に対応できず、鳩尾に思いっきり攻撃を喰らう。


「ガハッ……っ、」


 空気を吐き出しながら呻き声を上げ地面に倒れ込んだエッグリートに、フランツは間髪入れずに近づいた。


 仰向けで転がるエッグリートを、素早く蹴りによってうつ伏せにひっくり返すと、エッグリートが起き上がれないよう背中を片足で抑えて右腕を取る。


 肩の可動域いっぱいまで腕を固められたエッグリートは、即座に宣言した。


「俺の負けだ!」


 その瞬間、フランツは力を抜いて今度はエッグリートに手を差し出した。


「すまない、怪我はないか?」


 そんなフランツの声掛けに、エッグリートは苦笑を浮かべつつフランツの手を取る。


「俺の完敗だな……フランツ、お前は凄ぇよ」


 疲れたように片膝を立てて地面に座り込むエッグリートに、フランツは口端を持ち上げて口を開いた。


「エッグリートもかなりの強さだったぞ。久しぶりに全力で戦えて楽しかった。感謝する」

「こちらこそ楽しかったぜ」


 エッグリートが立ち上がり、互いにやり切った表情で握手をした二人に、観覧していた獣人たちが一斉に沸いた。


「す、すげぇ!!」

「凄い決闘だったぜ……!」

「まさか長が負けるなんて、信じらんねぇ!」

「人間ってこんなに強いのか!」

「魔法って凄いな!」


 最初はフランツのことを警戒していた獣人たちも、決闘を見てフランツへの警戒を解いたのか、一様に盛り上がっている。


 そんな獣人たちの騒ぎに、マリーアは遠い目をしてため息をついた。


「獣人たちの中で、人間の基準がフランツになっちゃったじゃない……」


 マリーアの呟きは誰の耳にも入らず、エッグリートが口を開いた。


「人間との交流だが、こんなに楽しい決闘ができたからには全力で協力しよう」

「本当か? それは助かる」

「人間はフランツみたいに強いやつばかりなのか?」

「いや、そんなことはない。しかし強い者もたくさんいるぞ。私は今まで多くの力を持つ者たちと出会ってきた」


 それはフランツの周りに帝国最高峰の人材が集まっていたからなのだが、エッグリートはその言葉に顔をさらに明るくした。


「それはいいな! ちなみにお前は何者なんだ? 人間ってのは組織に属するんだろ? お前が属する組織には強いやつがたくさんいそうだ」

「私はフランツ・バルシュミーデ。この土地を治めるシュトール帝国の第一騎士団で、騎士団長をしている。しかし今は休暇中でな、冒険者という素晴らしき職業に就いている」


 フランツのその言葉を聞いて、獣人のうちの一人が声を張った。


「冒険者って知ってるぜ! 魔物を倒すんだよな?」

「そうだ。魔物討伐の他にも、戦う術を持たない者たちを助ける素晴らしい者たちのことだ」

「じゃあ、冒険者には強いやつがたくさんいるってことだな」

「それはもちろん、たくさんいるだろう」


 フランツが自信満々な笑みを浮かべて頷くと、獣人たちの間で冒険者に対する憧れが強まった。


「俺も冒険者になってみてぇな!」

「楽しそうだよな!」


 そんな言葉をフランツは否定することなく、当然だというように頷いている。


「ぜひ冒険者となり、皆の助けになってもらえたら嬉しい」

「ちょっと待ちなさい! フランツみたいな冒険者はほんの一握りで……」

 

 マリーアが急いで訂正しようとしたが、獣人たちの興奮にかき消され、声は届かなかった。


 獣人たちが沸き立つ中、マリーアの近くに座っていたアーデルがポツリと呟く。


「あの、騎士団長? とはどういうことでしょうか」


 アーデルの混乱した表情を見て、マリーアはまずこちらから解決すべきと思ったのか、また階段に腰掛けた。


「その言葉のままよ。フランツは第一騎士団の騎士団長で、バルシュミーデ公国を治める公爵家の公子様なの。長期休暇を取って、憧れの冒険者をやってるのよ」


 事実をそのまま伝えたマリーアの説明だったが、アーデルは全く理解できないというように首を傾げる。


「騎士団長が長期休暇を取って、憧れの冒険者を……?」

「――理解できなくても仕方ないわ。フランツの言動はかなりズレてるのよ。とりあえず、この事実は秘密にしておいてくれるかしら」

「そ、それはもちろん!」


 アーデルは変なことに巻き込まれたくないとでも言うように、何度も首を縦に振った。そしてミーアとハニールカに、絶対に誰にも言ってはいけないと言い聞かせている。


 そんなアーデルの様子を確認してから、マリーアはフランツたちの方に視線を戻した。


 そこではフランツが獣人たちに囲まれ、普段はどんな鍛錬をしているのか、今までどんな魔物を倒したのか、人間にはどんな強いやつがいるのかなどと、矢継ぎ早に質問を受けていた。

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