第34話 フランツvs獣人の長

 皆で話し合いをしたツリーハウスから地面に降り、エッグリートの先導で広場に向かった。ネウスや話し合いに同席していた他の獣人たちは、長の決闘を知らせるために集落の方々へと散っていく。


「フランツ、こんなことしたら身分がバレるんじゃないの?」


 マリーアがフランツの袖を引いて小声で問いかけた。


「ああ、それは許容するつもりだ。これから交流するにあたって隠し事は良くないため、決闘後には私の立場を明かそうかと思っている。冒険者生活を楽しむために身分を隠すことよりも、この機会を有効活用することの方が大切だからな」

「そうなのね……あんたがいいなら別にいいわ。でも、そんなに獣人と交流したいのは何で?」


 そう問いかけたマリーアの表情は、真剣なものだった。それを見てフランツも、しっかりとマリーアに視線を向けて答える。


「先ほどエッグリートに言ったが、不干渉というのは良くないのだ。些細なきっかけで相手を恨むことになり、大きな確執が生まれてしまうかもしれない。相手のことを知っていれば防げた事態も、無知ゆえに防げない。特に獣人はこうしてすぐ足を運べる場所に住んでいるのだ。不干渉を放置しておく危険度は高いため、早めに交流がしたいと思っていた」


 フランツの言葉を聞いて、しばらくじっとフランツの瞳を見つめたマリーアは、静かに口を開いた。


「あんたは他の種族に、嫌悪感はないの?」

「全くないな。そもそも問題なくコミュニーケーションが取れる時点で、同じ種族と言っても良いのではないだろうか」

「確かに……そう言われてみると、そうなのかしら」


 マリーアがぱちぱちと瞬きしながら呟くと、フランツは周囲を見回して口を開いた。


「今回初めて獣人と接する機会を得て、さらにこの気持ちが強くなった。こうして見ても、人間と何も変わらない」

「確かにそうね……ハニールカみたいな耳があるだけのタイプだと、もう毛深い人間の方が獣人に見えるかもしれないわ」


 そう言ったマリーアの表情は、嬉しそうに緩んでいる。


「確かにそれは一理あるな」

「ふふっ、そうよね。種族分けなんて、曖昧なものなのかもしれないわね」


 二人がそんな話をしている間に、一行は集落の中央広場に着いた。そこでは頻繁に決闘が行われるのか、ちょっとした闘技場のような作りになっていて、広場の周りには階段状の椅子が設置されている。


 そこにはすでに、他の獣人たちが集まり始めていた。


「長が人間と戦うって本当か!」

「本当だぜ。ほら、あそこ見ろよ」

「うわっ、本当に人間がいる。なんか思ってたより俺らと変わんねぇな」

「どの人が戦うのかしら」

「それはあの、剣を腰に差してるやつだろ。あいつは強いぞ」

「あの女性の方も強そうじゃない?」


 獣人たちの噂話が聞こえる中、エッグリートが楽しげな笑みを浮かべてフランツのことを振り返った。


「ここで戦うのでいいか?」

「構わない。ルールはどうする?」

「基本はなんでもありで、殺しはなし。回復不可能なほどの酷い怪我には互いに気をつける。それが俺たちのルールだ」

「私はそれで構わないが、それだと剣も魔法も使って良いということになるぞ。見たところエッグリートは武器を持っていないようだし、獣人は魔法も使えないと思うが良いのか?」


 フランツの配慮に、エッグリートは好戦的な姿勢を崩さなかった。


「もちろん構わない。俺らにはその代わり、鋭い爪や牙、それから身体能力がある。武器や魔法にだって負けねぇ」

「そうか、分かった。無粋な質問をしたな」

「気にすんな。じゃあ他のやつらは周りの席にいてくれ。――おいお前ら! これから俺がここにいるフランツと戦う! これから人間と交流することにしたから、しっかりと人間の戦いを見ておけよ!」


 エッグリートがそう叫ぶと、集まっていた獣人たちが一斉に雄叫びを上げた。


「長、負けんじゃねぇぞ!」

「エッグリートさんに限って負けるわけねえだろ」

「確かにそうか。長〜、殺したら失格だからな!」


 獣人たちのそんな声かけに、エッグリートは苦笑を浮かべつつフランツに視線を向ける。


「すまねぇな。あいつらはまだ若いんだ。お前の実力が分かってない」

「いや、構わない。エッグリートが長として実力を認められ、慕われているということだろう。上に求心力がある組織は強い」

「ははっ、ありがとな」


 それから十分以上に野次馬が集まったところで、ストレッチをしていたエッグリートがフランツの瞳を射抜いた。


「さて、そろそろ始めるか」


 その言葉でガヤガヤと喧騒に包まれていた広場には、痛いほどの沈黙が満ちる。エッグリートとフランツに視線を向ける獣人たちの瞳は真剣だ。


 アーデルとミーア、そしてマリーアも緊張しているのかじっと動かずに二人を見つめた。


「そうだな。胸を借りる」

「こちらこそ。……いくぞっ」


 そう叫ぶと同時にエッグリートは、平らに均された硬い土の地面が沈み込むほどの強さで地面を蹴った。鋭い爪を光らせながら、一直線にフランツへと飛び込む。


 大多数の者には目視すらできないほどのスピードだったが、フランツは抜いた剣で難なく攻撃を受け止めた。


 キンッ――という甲高い音が広場に響く。


「ほう、これを完璧に止めるか」

「もちろんだ。しかし思っていたよりも重いな」

「これより軽く見られてたなんて、心外だなっ」


 エッグリートはフランツの剣を弾くと、一歩だけ後ろに下げられたフランツの足を狙うように、回し蹴りをした。

 威力よりも体勢を崩させることに重点を置いた攻撃だったが、フランツは最小限の動きでそれを避けると、そのまま舞うようにエッグリートへ切り掛かる。


 さらに切り掛かると同時に、死角から氷弾を放つことも忘れない。


「っっ」


 エッグリートはフランツの剣を爪で受け流しながら、ギリギリのところで死角からの氷弾を躱した。


「あんなところからも攻撃が来るのかよ」


 そう呟くエッグリートの表情は、今までで一番の笑顔だ。


「あれを躱すのは凄いな」

「ありがとな。さっきの魔法は一般的なものなのか?」

「いや、遠く離れたところに魔法を発動させ、的に命中させるのは難しいのだそうだ。そう簡単にはできないだろう」


 フランツのその説明に、観覧席のマリーアが叫んだ。


「簡単にはできないどころか、フランツ以外にはほぼ不可能よ! ――あんな高度な魔法を戦いながら発動するなんて、本当に信じられないわ」


 立ち上がって皆に聞こえるように叫んでから、また階段に腰掛けて後半のセリフをポツリと呟く。


「ああ言われてるぞ?」


 エッグリートがチラッとマリーアに視線を向けて問いかけると、フランツもマリーアに視線を向けてから、すぐにエッグリートへと戻した。


「私にしかできないらしいな」

「ははっ、フランツ、お前と戦えて光栄だ!」


 そう言ったエッグリートは、またしてもフランツに向かって飛びかかった。

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