第33話 獣人との交流
笑顔で挨拶をしたエッグリートに、まず口を開いたのはアーデルだ。
「わ、私は山の麓にある村の村長をしている、アーデルです」
「ああ、村があることは知ってる。人間の暮らしが気になってはいたんだ。今回は話すきっかけができて嬉しく思う」
「そうだったのですね。良かったです」
アーデルは好意的なエッグリートの対応に安心したのか、ホッとしたように体から力を抜いた。
「じゃあ、まずは座ってくれ。他のやつも紹介したいからな」
ツリーハウスにテーブルや椅子はなく、床に布が敷かれているだけだったので、全員で直接そこに座った。エッグリートを始めとした獣人たち数人と、フランツたちが楕円のように向かい合う形だ。
全員が座ったら互いに自己紹介をし合い、それが終わったところで、さっそくエッグリートが本題を切り出す。
「それで、今日はハニールカが村に遊びに行きたいって話だったな」
ハニールカはエッグリートに視線を向けられ、緊張の様子で頷いた。
「は、はい。ミーアや、他の人間の子たちとも友達になったんです。村に遊びに行ってもいいでしょうか……」
その言葉から少しだけ沈黙が場を支配し、それを破ったのはエッグリートの明るい声だ。
「もちろん構わねぇぞ。そもそもこの集落は、人間との交流を禁止してるわけでもないしな。好きなように生きたらいい」
「本当ですか! ありがとうございます……!」
「おうっ。集落の子供の幸せは大切だからな」
そう言ってエッグリートはハニールカに笑顔を見せる。その笑顔に、ハニールカは嬉し涙を流した。
「こんなことで泣くなよな〜」
涙を流すハニールカに手を伸ばしたエッグリートの表情は、優しげな笑顔だ。
「ご、ごめんなさい……僕を集落の仲間だと言ってもらえて、嬉しくて」
「なんだ、ハニールカは仲間だと思ってくれてなかったのか?」
「い、いえ! そうじゃないですが……僕は何にもできなくて、足手纏いで、役立たずで」
「そんなことねぇよ。お前にも得意なことはあるはずだ」
その言葉にハニールカがまた涙を溢し、そうしてツリーハウス内は暖かな空気で満たされた。
話が一区切りついたところで、静かに口を開いたのはフランツだ。
「この機会に一つ頼みがあるのだが、聞いてもらえるだろうか」
「なんだ?」
「――人間との交流をする気はないか?」
よく通る声で告げられたフランツの言葉に、獣人側もアーデルたちも一様に驚いたような表情を浮かべた。
(この機を逃すという選択肢はない。この場にいるのはアーデルとミーアだけであるし、身分を明かしても構わないだろう)
そんなことを考えながらフランツがエッグリートの瞳をじっと見つめていると、エッグリートはニッと好戦的な笑みを浮かべる。そしてそれによって、部屋内の空気がガラッと変わった。
先ほどまでの暖かく穏やかな空気から、一瞬で緊張を孕んだものになる。
「交流とは、ハニールカ以外でもってことか?」
「ああ、種族同士のという意味だ。他国では人間と獣人が共に生活しているところもあるだろう?」
「確かにそういう話は聞くが、難しいんじゃないか?」
「それは承知している。しかし誰かが最初の一歩を踏み出さなければ、いつまでも現状のままだ。不干渉は、次第に大きな溝を生む可能性がある」
フランツの言葉を最後まで聞いてしばらく考え込んでいたエッグリートは、楽しげな笑みを浮かべるとその場に立ち上がった。
それにつられてフランツも立ち上がり、二人はじっと視線を絡ませ合う。
「――分かった、交流してみるのは構わない。しかし集落内で反発はあるだろうし、問題も多く発生するはずだ。それを解決するのは俺なわけだが……そんな俺の要望を一つだけ聞いてくれないか?」
「……中身を聞いてからだ」
フランツが緊張感をさらに高めながら答えると、エッグリートは軽い口調で告げた。
「なに、簡単なことだ。俺と決闘しようぜ? お前、相当強いだろ」
フランツの顔をビシッと指差すエッグリートに、フランツは片眉を上げる。
(もっと重い要望が来るかと思ったが、決闘か。事前に得ていた情報以上に、獣人とは血の気が多いのかもしれないな)
「私が勝たなければ交流はしないということか?」
「いや、そういうわけじゃない。ただとにかくお前と戦いてぇだけだ。それに獣人は強いやつに従う性質がある。もし俺に勝てたら、一気に皆が協力的になるぜ? まあ、勝てたらだけどな」
その言葉を聞いて、フランツも口端を持ち上げた。
「分かった。ではお相手願おう」
「よし来た! じゃあ集落の中央広場に行くぞ」
そうしてハニールカの話がいつの間にか種族同士の話になっており、フランツとエッグリートで決闘が行われることになった。
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