第32話 長との対面
「こんなところまで何しに来た!」
油断なく構えながらそう叫んだのは、フランツたちの進行方向に姿を現した、グレー色の三角に尖った耳を持つ男だった。
男はハニールカと違い手足にも獣の特徴が残っていて、グレーの毛に包まれた手からは鋭い爪が窺える。また歯にも尖った牙があるようだ。
「ハニールカを放せ!」
「ち、違うよ! ネウスさん、この人たちは、僕が連れてきました……!」
フランツたちがハニールカを攫ったと誤解している男に対し、ハニールカは必死に声を張った。するとハニールカの声が聞こえたネウスと呼ばれた男は、少しだけ警戒を解く。
「……どういうことだ?」
「あの、あの……僕、ミーアと友達になったんです! だから皆に人間の村に行くことを認めて欲しくて、それで、ミーアの村の人たちに来てもらって……」
ハニールカが必死にそう言い募る中、ミーアがハニールカの隣に並んでギュッと手を握った。
「私、ルカくんの友達です!」
そう宣言したミーアの表情は、認めないと許さないとでも言うような厳しいもので、そんな子供たちの様子を見たネウスは拍子抜けした様子で構えを解いた。
「なんだ、そうか、友達を連れてきたのか」
「……だ、ダメ、ですか?」
心配そうに問いかけたハニールカに、ネウスは首を横に振る。
「そんなこと言わないぜ。俺はずっとお前が一人でいることを心配してたんだ。でもそうか、お前は森の中を駆け回れないが、人間となら気が合うんだな」
そう言ってハニールカの頭をくしゃっと撫でたネウスに、ハニールカは驚きと感動の面持ちを浮かべた。
「ぼ、僕のことなんて、考えてくれてたんですか……?」
「当たり前だろ? 集落の仲間なんだからな。お前は能力が劣ってるからって気後れしてるみたいだが、ほとんどのやつらがお前を心配してると思うぞ。ただ俺たちはほら、粗雑だからよ、お前にどう接したらいいか分かんなかったんだ。壊しちまいそうでな」
ネウスのその言葉を聞いて、ハニールカは瞳から大粒の涙を溢した。悲しい涙ではなく、嬉し涙だ。
「集落で差別されてるんじゃなくて良かったわ……」
マリーアが呟いた言葉に、フランツが口角を上げて頷く。
「そうだな」
それからハニールカが落ち着くのを待ったところで、ネウスがハニールカに問いかけた。
「それで、人間の村に行ってもいいのかって話だったな」
「はい。村長さんが、僕が遊びに来るなら集落の長に挨拶をしたいって」
そう言ってハニールカがアーデルを示したところで、アーデルは緊張を隠せない様子ながらも一歩前に出た。
「こ、子供を預かるのであれば、連絡は必要かと……」
「確かにそうだな。じゃあ俺から長に話を通してくるか。人間ってところはちょっと微妙だが……ダメって言われることはないと思うぜ」
「ありがとうございます」
「ハニールカ、このままここで待ってろ」
「は、はい!」
ネウスは身軽に地面を蹴って集落へと戻っていったので、フランツたちはしばらくその場で待機をした。
待つこと十分ほどで、笑顔のネウスが戻ってくる。
「ハニールカ、長が会ってくれるってよ!」
「本当ですか!」
ハニールカは今までで一番の笑顔だ。手を繋いだままのミーアと顔を見合わせ、嬉しそうに笑い合っている。
「俺が案内するから、全員で来てくれ。獣人の中には人間嫌いもいるから、嫌な目を向けられたらすまねぇな」
そう言ったネウスにフランツたちが頷くと、獣人の集落の中へと案内された。
集落は立派な木の柵で囲まれているようで、門のようになっている場所から中に入る。中に入ると多くの獣人たちが思い思いの時間を過ごしていて、ほぼ全員が突然現れた人間であるフランツたちに視線を向けた。
「人間じゃねぇか……?」
「なんで集落にいるんだい?」
「初めて見たな」
「あんまり俺らと変わらないんだなぁ」
(ふむ、思っていたよりも人間に対する忌避感はなさそうだ。これならば互いに知っていけば、交流もできるかもしれない。やはり嫌いという感情の一番の原因は、未知の怖さだからな)
フランツがそんなことを考えながら周囲を見回していると、そんなフランツに一部の獣人たちが緊張に体を固くしていた。
(なんだあいつ、すげぇ強いぞ)
(隙が一切ねぇ)
(俺じゃ勝てない)
(私の爪が届く想像ができないわ……)
内心ではそんなことを考えながら、フランツの強さに気づいた獣人たちは全く動かなかった。いや、動けなかったとも言う。
フランツはそんな一部の獣人たちが放つ気配に気づいていたが、素知らぬふりをして通り過ぎた。
(やはり獣人とは強い者が多いな。交流を重ねて帝国の一員となってくれれば、魔物被害の減少や騎士団の増強ができるだろう)
そうしてフランツが一部の獣人たちに恐れられながら一行は集落の中心地に辿り着き、ネウスはそこにある大木の上を指差した。
「長はこの上にいるんだ」
フランツたちが見上げると、そこには木の上に作られたツリーハウスがある。獣人の集落は地面に作られた石造りなどの家が半分、残りの半分は木と同化するように作られたツリーハウスだ。
「結構高いわね」
「梯子があるんだが登れるか?」
ネウスの問いかけに、フランツはミーアに視線を向けた。
「ミーアが一人で登るには危険だろう。私が抱えていく。アーデルは登れるか?」
「少し自信がないですが……多分大丈夫かと」
「万が一の時のためにわたしが後ろから支えるわよ」
「それはありがたいです」
そうして四人の登り方が決まり、ネウスはハニールカに声をかけた。
「お前は大丈夫か?」
「は、はい。このぐらいなら大丈夫です」
「そうか。じゃあハニールカが先頭で、その後に他の四人。そして俺が最後にしよう。それでいいか?」
「ああ、問題ない」
それから十分ほどかけて、全員がツリーハウスの上まで登り切った。予想通りアーデルはかなり厳しく、最後は腕を震わせながらだ。
「大丈夫か? ここまで登らせてすまねぇな」
アーデルがツリーハウスの床に両腕を掛けたところで、この集落の長である男が、ニカっと人懐っこい笑みを浮かべながら手を差し出した。
それをアーデルが取り、アーデルはグッと強い力で引き上げられる。
「下だと誰に聞かれるか分からないからな、ここで話し合いがしたかったんだ。苦労かけたな」
「い、いえ、大丈夫です」
アーデルが息を整え、マリーアとネウスも上がってきたところで、男は全員の顔をぐるりと見回すと楽しげな笑みを浮かべて言った。
「俺はエッグリート、この集落の長だ。よろしくな」
〜あとがき〜
大きな地震が発生しましたが、皆様はご無事でしょうか……私は震源地からそこそこ離れたところに住んでいますので、少し揺れを感じた程度でいつも通り過ごしています。
まだ大変な状況の中で過ごしておられる方もいらっしゃるため、小説の更新をどうするのか悩んだのですが、少しでも楽しい時間をお届けできたらと思い、いつも通り更新することにしました。
明日からもいつも通り更新する予定ですので、皆様の状況に合わせて楽しんでいただけたらと思います。
蒼井美紗
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます