第31話 獣人の集落へ
突然フランツが同行を表明したことでアーデルたちが驚く中、フランツは言葉を続けた。
「獣人たちは基本的に身体能力が高く、ほとんどの者が人間にとっては高水準の武力を持つと聞く。さすがにこちら側に戦力がいなければ心許ないだろう?」
「とてもありがたい申し出ですが、よろしいのでしょうか。依頼の範囲外では……」
「構わない。ハニールカの孤独が解消されて初めて、今回の依頼の原因が取り除かれるのだからな。それに獣人の集落には興味があったのだ」
(何度か獣人の集落に向かい交流ができないかと考えたことがあったが、知り合いの一人もいない状況ではさすがに無謀なため、実現していなかった。これは良い機会だ)
フランツの言葉を聞いて、アーデルは少しだけ悩んでから頭を下げた。
「それならばぜひ、お願いしたいです」
「分かった。では私を含めた少人数で集落へと向かおう。ハニールカ、集落に警備の者はいるか?」
「い、います」
「ではその者に、私たちの説明はできるだろうか」
「それぐらいなら……頑張ります」
拳を握りしめてハニールカが頷いたところで、フランツは口角を上げた。
「頼んだぞ。集落に向かうのは私とアーデル、ハニールカ、それからマリーアも来てくれるか?」
「もちろんよ。あんた一人じゃ心配だもの」
マリーアが何気なく告げた言葉に、フランツは首を傾げて口を開く。
「……私はそんなに心配をかけているだろうか。もっと鍛錬をするべきか?」
「いや、そっちじゃないわ。あんたはもう十分すぎるぐらい強いから大丈夫よ。それよりも浮世離れしてるというか、あんたってちょっとズレてるのよね」
ストレートに自らの短所を告げられたフランツは、顎に手を当てて考え込み――キリッとした表情で口端を上げた。
「分かった。鍛錬ではなくもっと知識を取り入れるべきということだな。確かに獣人に関してはさらっと歴史やその進化の過程を学んだ程度で、文化などについて深い知識は持ち合わせていない。今度獣人に関する研究論文を取り寄せ……」
「違う! 全然違うわ!」
――そういうところがズレてるのよ!
マリーアは心の中で叫びながら深い息を吐き出し、疲れたように話の軌道を修正した。
「とにかく、わたしも一緒に行くから人数に入れなさい」
「……分かった。ではマリーアも含めた四人で……」
完全には納得していないが、とりあえず今は話の本筋を進めようと再び口を開いたフランツに、勢いよく手を挙げながら割り込む者がいた。
「私も行く!」
ミーアだ。ミーアは必死な表情で、フランツやアーデルに言い募る。
「ルカくんの友達です! って言いに行くの。その方が獣人の人たち? も納得してくれるよ」
(確かに……実際に子供がいた方が、向こうの警戒心は薄れるだろう。しかし万が一戦闘にでもなった場合、守らなければいけない者が増える)
ミーアに続いて他の子供たちも次々と同行を希望する中、フランツは少しだけ考え込んでから、人差し指を立てた。
「分かった。しかし同行は一人までだ。確かに共に来てくれた方がありがたいのだが、万が一の場合に守れるのは一人までとなる」
フランツの真剣な表情を見て子供たちは反論することなく頷き、話し合いの末にミーアが同行することに決まった。
最終的に獣人の集落に向かうのは、フランツ、マリーア、アーデル、ミーア、ハニールカの五人だ。レオナも同行を願い出たが、無闇に人数を増やすのはよくないとフランツが却下した。
メンバーが決まったことで、早い方が良いだろうとさっそく集落へ向かうことになる。
「ミーア、気をつけるんだよ」
「しっかりやるんだぞ!」
ダミアンとクルトの声掛けに、ミーアは笑顔で答えた。
「うん! 行ってくるね〜」
それから五人は森に入り、ハニールカを先頭にして森の中をひたすら進んだ。ハニールカは獣人の中では能力が低いが、人間と比べれば標準よりも上なので、山を歩くぐらいでは疲れた様子を見せない。
「獣人って、あんたぐらい身軽でも標準以下なのね」
マリーアが呟いた言葉に、ハニールカは悲しげに眉を下げた。
「僕は、獣人の中では一番下です」
「獣人って凄いのね……」
「獣人は身体能力に特化しているらしいからな。その代わりに魔法は使えないと聞く」
「え、そうなの?」
「はい。人間には魔力? があるんですよね。獣人にはそういうものはないです」
マリーアは感心するように「へぇ〜」と何度か頷くと、またハニールカに問いかけた。
「獣人ってどんな暮らしをしているの? 人間とは全然違うのかしら」
「えっと……人間との違いは分からないですが、僕の集落の暮らしは強い人たちが狩りをして食料を確保し、狩り以外のことが得意な人はそれを仕事にしてました。住む場所を作ったり、家具を作ったり、料理をしたり」
そんな説明を聞いて、ミーアが純粋な眼差しで呟く。
「じゃあルカくんは、狩り以外を仕事にするんじゃダメなの?」
「それが……僕は狩り以外でも役立たずなんだ。やっぱりどれも体力や腕力が必要だから」
「そっかぁ」
「先ほど長がいると言っていたが、その者はどうやって決めるのだ?」
次に質問したのはフランツだ。先頭を歩くハニールカはその質問に足を止めると、しっかりと振り返って答えた。
「決闘です。集落の長は一番強い人がなって、誰でも年に一度だけ長に決闘を挑めます。そこで長に勝つ人がいたら、その人が次の長です」
「え、強さだけで決めるの!? それは随分と、わたしたちとは違う仕組みなのね……」
(それほど強さ重視とは驚いたな。生まれを重視する貴族社会とは相容れなさそうだ。しかし騎士団ならば、似たような仕組みかもしれない)
「集落の方向性を決める決定権は、全て長にあるのか?」
「えっと……確か長と、それ以外の何人かが話し合いをしてた気がします」
「では私たちは長の他に、数名の上層部の者たちにも認められる必要があるのだな」
そこまで話をしたところで、ハニールカが僅かに緊張の面持ちで口を開いた。
「そろそろ集落に近づいてきたので、僕たちのことが警備の人にバレるかもしれません……」
「そうか、分かった。では心構えをしておこう」
それからは誰も言葉を発することなく沈黙が場を支配し、五人の足音だけが森の中に響き渡っていた。
そんな静寂に――突然、一人の男が飛び込んでくる。
フランツは気づいていたので動揺は見せなかったが、他の皆は体をビクッと震わせた。皆の目の前に現れたのは、二十代ほどに見える獣人の男だ。
その男の表情には、怒りが滲んでいた。
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