第30話 優しい村人たちと獣人の集落

 フランツが述べた話を最後まで聞いた村人たちの反応は、いくつかに分かれていた。

 とにかく困惑して状況を飲み込めない者、子供でも誘拐犯には違いないと怒りなど負の感情をあらわにする者、そして獣人という未知の存在を恐れる者。


 アーデルは、困惑していて上手く言葉を継げないようだった。そこでダミアンが慎重に口を開く。


「これから、どうすれば良いのでしょうか。まさか子供が犯人だなどとは、考えていなく……」


 しかしダミアンもそこで言葉を途切れさせ、それをフランツが引き取った。


「今後はハニールカを誘拐と軟禁容疑として、ハイゼ警備隊に引き渡すことになる。その後でどのような沙汰が下されるのかは、私には確実なことは言えない」


 フランツのその言葉を最後に場が沈黙に包まれる中、ハニールカが震える声を発した。瞳に涙を溜め、しかしそれを流さないように唇を噛み締め、必死に言葉を紡ぐ。


「ほ、本当、に、ごめんなさい……ご、ごめんなさい。ごめんなさい……」


 何度も何度も謝罪の言葉を口にして頭を下げるハニールカに、先ほどはハニールカに対して様々な感情を抱いていた村人たちも、一様に眉を下げた。中にはハニールカの気持ちに同調しているのか、悲しげな表情を浮かべている者もいる。


 しかし誰も口は開かず、ハニールカの謝罪の言葉以外では痛いほどの沈黙が場を満たしていたその時、ミーアが動いた。


「ル、ルカくんは悪くないの!」


 村人たちからハニールカを守るように両手を広げ、必死にそう告げる。すると共にハニールカと数日間を過ごした子供たちも、すぐミーアに続いた。


「そ、そうだ。俺たちはルカと遊んでただけなんだ! な、そうだよな?」

「お、おう。その通りだ。楽しかったぞ」

「美味しいもの、たくさんもらったよ?」


 村に戻ってまで子供たちがハニールカを庇ったことに、ハニールカはかなり驚いたのか瞳を見開いて子供たちの後ろ姿を凝視した。

 するとミーアがハニールカを振り返り、笑顔で告げる。


「ね、ルカくん、私たちもう友達だもんね!」

「……ぼ、僕は」

「友達じゃないなんて言ったら泣くからな!」

「そうだぞ。もう友達だって約束しただろ」

「一緒に美味しいものを食べたら、もう友達なんだよ?」


 首を横に振ろうとしていたハニールカは子供たちに言葉を重ねられ、完全に動きを止めてしまった。しかし次第に驚きから涙が引っ込んでいた大きな瞳にはまた涙が浮かび、とめどなく流れ始める。


「う、嬉しい……ありがとうっ、ぼ、僕が、友達で、いいの?」

「うん!」


 ハニールカの言葉に四人の子供たちは満面の笑みで頷き、泣いているハニールカの近くに集まった。


 そんな子供たちの様子を見ていた村人たちは、誰もが優しげに表情を緩めていた。アーデルはそんな村人たちの様子を確認し、口角を上げて口を開く。


「フランツさん、マリーアさん、この度は必死に捜索をしていただいたのに、子供たちが森の奥でだったようで、ご迷惑をおかけしたのに申し訳ございません。子供たちにはしっかりと居場所は教えるように、そして夜には戻るようにと言い聞かせておきます」


 アーデルのその言葉を聞いたフランツは少しだけ悩んでから、頬を緩めて頷いた。


「そうだな、遊びに夢中になるのは仕方がないが、安全確保の重要性はしっかりと説くべきだろう。しかし私たちへの謝罪は必要ない。対価を得ている仕事なのだからな。子供たちが無事で、本当に良かった」

「はい、本当に良かったです。今回はありがとうございました」


 誰もがその会話の意味を理解して、頬を緩めながらハニールカと子供たちに視線を向けた。


 そんな中でマリーアがフランツの隣に向かい、視線は子供たちに向けたまま問いかける。


「良かったの? 罪を見逃すなんて、あんたの信条に反するんじゃない?」

「……今回は犯罪者がいないのだから仕方がないだろう? 存在しない事件を立証したら、私が法に反することになる」


 楽しそうに笑い合う子供たちに対して優しい眼差しを向けるフランツに、マリーアは嬉しげに頬を緩ませた。


「そうね」


 それからハニールカが村人たちの温情に深く感謝し何度も頭を下げ、一人で山に戻っていこうとしたところで、ミーアがハニールカの腕を引いた。


「ルカくん、これからも一緒に遊ぼうね!」


 その言葉に、ハニールカは困惑の表情だ。


「……いいのかな。獣人の僕が人間の村に来て」


 その言葉を耳にした村長のアーデルが、ハニールカに問いかけた。


「君は集落に暮らしているんだったかな」

「は、はい。集落と洞窟を行ったり来たりしてて……」

「では集落の一員として認識されているんだね」

「多分……」

「それなら一度、その集落の代表者と話ができないだろうか。さすがに何の連絡もなしに、君がこの村の出入りをするというのは避けた方が良いと思うんだ。君はまだ子供なのだから」


 アーデルの言葉にハニールカは戸惑い、言葉を選ぶようにしながら口を開いた。


「えっと……集落の長はいます。でも今まで人間が集落に来たことはなくて、集落の皆も山を降りることはなくて、話ができるのかは、分からないです」

「そうか、君が長に提案してみることはできるかい?」

「ぼ、僕は……難しい、です」


 小さな声で呟かれたハニールカの言葉は、この場に集まる皆の耳に辛うじて届いた。獣人の集落に馴染めず一人で洞窟にいるハニールカが、長に提案ができないことは仕方がないことだと、皆は別の方法を考える。


「では直接私が集落に赴くしかないだろうか。君に集落までの道案内はできるかな」

「そ、それはもちろんできます。でも集落の皆がどんな反応をするかは、分からないです……」

「危険があるということかい?」

「いえ! 僕が馴染めないだけで、優しい人ばかりだと思います……でも、人間にどんな反応をするのかは、全く分からなくて」


 視線を下げながらハニールカが告げた言葉に、アーデルは眉間に皺を寄せて考え込む様子を見せた。


「こちらから集落へ向かうのは無謀か……」


 アーデルが小さな声でその言葉を呟くと同時に、フランツが皆に聞こえる声で言った。


「では、私が集落まで同行しよう」

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