第26話 素晴らしき冒険者と試験は合格?

 フランツの勘違いという言葉に、次に首を傾げたのはギードだった。


「勘違いって何をだ?」

「冒険者が底辺職という点だ。冒険者は素晴らしき職業だろう? そんな冒険者を目指すなんて、これからの人生は最高なものとなるに違いない」


 自信満々に一点の曇りもない眼差しで告げられたギードは、困惑するように視線を彷徨わせた。


「そ、そうなのか……? 俺がおかしい、のか?」


 後半の言葉を誰にも聞こえないほどの声量で口の中で転がしたギードは首を傾げ、そんなギードにフランツは爽やかな笑顔で頷く。


「もちろんだ。私は今まで多数の冒険者と接してきたが、とても素晴らしき者たちばかりだった」


 普段のギードならば、この言葉をすぐに信じることはなかっただろう。しかし目の前に、冒険者でありながら貴族社会でさえ際立って容姿が良いフランツと、冒険者としては珍しく美人で若いマリーアがいる。


 二人に視線を向けたギードは、じっと二人のことを見つめ続け……少しだけ身を乗り出した。


「俺は、冒険者を誤解していたのか……?」

「そうだろう。どこで知識を得たのかは知らないが、情報源の信頼性は確認しなければいけないぞ」

「そうだな……世間の噂なんて、当てにならねぇんだな」

「ああ、噂などという不確かなものに惑わされてはいけない」


 ギードが瞳を輝かせ始めたのを見て、フランツは満足そうな笑みを浮かべると少し話を変えた。


「森に行っているというのは、鍛錬をしているのか? 他の村人から証言があった」

「見られてたのか……そうだ。妻に逃げられた上に、冒険者になるなんてこと知られたくなくて、森でこっそり鍛錬してた。でも隠れる必要なんてなかったんだな」

「その通りだ。堂々とすれば良い。ギードは冒険者という皆を守る、素晴らしき職業を目指しているのだからな!」


 フランツの言葉を聞いて、ギードはついに瞳を輝かせながら立ち上がる。


「お、おう! 俺は強くなって魔物を倒して、皆を守るんだ!」

「その意気だ。冒険者となれば良き先輩がたくさんいる。すぐにギードも仕事に慣れるだろう。……そうだ、知り合いに尊敬できる冒険者が二人いるので教えておこう。ハイゼの街にいるのだ」

「それはありがたい。俺はハイゼで活動しようと思ってたんだ」

「ならばちょうど良いな。名前はアルフとベンという」


 フランツによって良い方向に人生が変わった冒険者二人と、フランツによって冒険者フィルターが掛かったギードの出会いが決定した瞬間である。


「色々とありがとな。俺は強くて最高の冒険者になるぜ!」

「応援しているぞ。そして私もギードに負けないよう、これからも冒険者として精進していく!」


 熱血師匠と弟子のようになっている二人に、マリーアは呆れた瞳を向けていた。


「フランツって、なんかこう、凄いわよね……」


 マリーアの呟きは二人の耳には届かず、二人は同じように瞳を輝かせながら冒険者について語り合う。


 そんな二人の話を遮るように、マリーアはパンっと手を一度だけ叩いた。


「はい、話はそこまでにしなさい」

「マリーア、今とても良いところなのだが」

「あんたは仕事中でしょ! そんなことをしてる暇はないの。ギードさんは協力ありがとう」

「ああ、そういえば事件の話で来たんだったな。子供が突然いなくなるのは本当に辛いことだ……どうか見つけてあげてくれ」


 鎮痛な面持ちで告げたギードに、フランツは爽やかな、しかし真剣な表情で頷いた。


「私に任せておけ」


 

 ギードの家を出た二人は、レオナと合流してまた森に向かいながら話をしていた。


「今回はギードが自分から話してくれたから良かったけど、話を聞けなかったらどうしてたのよ。あんた、なんの情報も得られてないうちに帰ろうとしてたでしょ?」


 マリーアが告げた言葉に、フランツはなぜそんな質問をされるのか分からず、僅かに首を傾げながらマリーアに視線を向けた。


「どういうことだ? 情報は家に入ったところで十分に得られていたし、特にギード本人からの話は必要なかった」

「……どういうこと?」

「あの程度の大きさの建物ならば、中に入れば人がいるのかどうかは気配で分かるだろう? あの家にはギードしかいなかったので、少なくともギードがあそこに子供たちを監禁等していることはないと分かった。であれば、もうあそこにいる意味はないだろう? たとえギードが犯人だったとしても、その場に証拠がないのに素直に話をするはずがないのだから」


 フランツの言葉を聞いたマリーアは、呆れた表情でフランツにジトッとした視線を向ける。


「分かったわ。改めてよ〜く分かった。あんたが規格外だってことを忘れてたわ」

「どういうことだ? この程度は誰でもできると……」

「できないわよ! あのねフランツ、普通の人は気配なんかで人がいるかいないか判断できないの!」


 マリーアの叫びに、少し離れた場所にいたレオナが何度か頷く。するとそれが目に入ったマリーアは、レオナに同意を求めた。


「分かってくれる?」

「はい。フランツさんは特別ですからね」

「そうよね! フランツ、それをもっと自覚しなさい!」

「自覚しているはずなのだが……」


(しかし気配が分からなければ、どうやって死角から攻めてきた敵を斬り伏せるのだ?)


 フランツはそう疑問に思ったが、それを口に出さないだけの空気を読む力はあった。


「そういえばレオナさん、私たちの試験はどうなのだ? 順調だろうか」


 話を変えるためにレオナに問いかけると、レオナからは思わぬ言葉が返ってくる。


「順調というよりも、お二人の実技試験はすでに合格です」


 その言葉を聞いて、フランツとマリーアは珍しく同時に瞳を見開いた。


「さすがに早くないだろうか」

「そ、そんなに適当でいいの!?」

「適当ではございません。道中や村に着いてからの動きを総合的に判断し、十分合格点に達していることを確認しております」


 レオナにはっきりと言われ合格という事実を受け入れたフランツとマリーアは、顔を見合わせあってハイタッチをする。


「やったわね」

「そうだな。少し驚いたが、合格は素直に嬉しい」


 そうして二人が互いを称え合っている中、レオナは誰にも聞こえない声量でポツリと呟いた。


「そもそも落とすなんて、あり得ませんから……」

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