第25話 噂の人物は犯人?
犯人と噂されている男。その言葉を聞いたフランツは、一気に表情を厳しいものに変えた。
「それは、あまり良くない状況だな」
(こういう場合の噂は日頃の行いや周囲との関係性から、全く証拠はないのに疑われていることが多い。したがって噂が外れるどころか、村の雰囲気を著しく悪化させるだけの結果になることがほとんどなのだが……)
「その男性に話を聞いたりはしたの?」
マリーアの問いかけに、アーデルは首を横に振る。
「いえ、それはできておりません。証拠もないですし、ただの憶測ですから……」
「賢明な判断だ。そういう噂に振り回されるのは良くない」
(しかし今回は情報が少ないし、全くその男を無視するというのも違うか……ここまでの調査をした現状では、身内の犯行の線は強いのだから)
「その男が疑われている理由はなんなのだ?」
「それは、怪しい行動が多いのだそうです。最近は一人で何度かコソコソと森に行っていたり、突然家の大掃除を始めたとか」
「森と大掃除、それだけか?」
「いえ、それから……実はその男には妻と息子がいたのです。しかし妻が浮気をして、息子を連れて村を出て行ってしまいまして。それ以来、他の家族を妬ましく思っているような言動を何度かしていて……」
男の悲しい過去を聞いたフランツはその情報を真剣に精査したが、マリーアは一気にその男に同情的な眼差しを浮かべた。
「それは辛いわね……」
「はい。数年前の出来事なのですが、しばらくは荒れていて。最近は落ち着いていたので安心していましたが、もし今回の犯人がその村人であれば、怒りを覚えると同時に悲しいことです」
アーデルが眉を下げてそう言った言葉に、フランツは顔を上げて問いかけた。
「その村人の名と住居を教えてくれるか?」
「分かりました」
ダミアンが準備した紙とペンでアーデルが情報を記す中、クルトがフランツに縋るような視線を向ける。
「兄ちゃん……早めに犯人を捕まえてくれよな。ミーアは今も苦しんでるかもしれないから」
その呟きを聞いたフランツは、クルトの頭を強めに撫でた。
「任せておけ。私は皆の幸せのために働く、素晴らしき冒険者なのだからな!」
クルトはその言葉に、僅かに頬を緩めた。
次の日の朝。フランツとマリーアは、昨日聞いた噂になっているという男性宅に向かった。レオナも試験員として、二人から少し離れたところを付いて歩いている。
「本当に犯人だと思ってるの?」
「現状ではどちらとも言えないな。ただ可能性を潰していくことは大切だ」
そんな話をしつつ辿り着いたのは、男が一人で暮らしているには大きい家だ。家族と暮らしていた家に、そのまま住んでいるのだろう。
フランツが扉をノックし、中に声を掛ける。
「突然すまない。少し話が聞きたいのだが、ここはギード殿の家で合っているか?」
その言葉から少しして、玄関の扉が静かに開いた。
「なんだ?」
顔を出したのは痩せた不健康そうな男だ。突然の訪問者に警戒しているのか、フランツとマリーアを睨むように瞳を鋭くしている。
「私たちはこの村で起きている子供の誘拐事件の調査をしているのだが、話を聞かせてもらいたい」
素直に告げたフランツに、マリーアが付け加えた。
「全部の家を回っているのよ。協力してもらえるとありがたいわ」
二人の言葉を聞いたギードは、しばらくして扉を大きく開けた。
「分かった。もてなしはできないが、それでもいいなら入っていいぞ」
ギードの後ろに続く形で家の中に入ると、玄関から入ってすぐがリビングスペースだった。ギードはそこに置かれた四人がけのテーブルセットを示す。
ちなみにレオナは家の外で待機だ。試験員は全ての場に立ち会うのではなく、特に一般人から情報を得る場面などでは同席しないことも多い。
「そこに座れ」
「感謝する」
椅子に腰掛けてさりげなく家の様子を確認したフランツは、全く生活感のない室内の様子に違和感を覚えていた。
(物を持たない主義にしても、あまりにも物がなさすぎる。ここで生活していないのか、あえてこのような殺風景を作り出しているのか)
「それで、俺から何を聞きたいんだ? 俺は何も知らねぇぞ」
「聞きたいのは形式的な質問だ。子供の行方や犯人などに心当たりがあるのかを聞かせて欲しい。また普段と違う村の違和感など、気になったことはなんでも話してくれ」
フランツの言葉に頭を掻きながら視線を逸らしたギードは、困ったように口を開いた。
「そう言われてもなぁ。俺は村の人たちとあんまり関わってないし、子供たちだって辛うじて顔が分かるぐらいなんだ」
「そうか。違和感などもないか?」
「うーん、思いつかねぇな」
ギードがそう言い切ったところで、フランツは椅子から立ち上がって軽く頭を下げた。
「分かった、協力感謝する。……そうだ、最後に一つだけ聞いても良いか? この家はかなり物が少ないようだが、何か理由でもあるのだろうか」
世間話を振るように何気なく告げたフランツに、ギードも椅子から立ち上がり、迷うようなそぶりを見せた。
家の中をチラッと見回して、それからフランツとマリーアの服装に視線を向ける。
「……あんたたちは冒険者か?」
「そうだ」
フランツがその問いかけに頷いた瞬間、ギードの二人に対して作っていた壁のようなものが少し薄れた。
「そうか。それなら、そうだな……ちょっと話を聞いてくれないか?」
「もちろん構わない」
すぐ椅子に腰掛け直したフランツに、立ち上がっていたマリーアとギードも再び腰を下ろした。
そしてギードは、まだ少し躊躇いながらも口を開く。
「実は俺……この村を出ることにしたんだ。それで冒険者になる。ここにいると、妻が子供を連れて出て行った嫌な思い出に一生付き纏われるからな。それならまだ、底辺職に落ちた方がマシだ」
自嘲気味にそう告げたギードに、フランツは首を傾げながら告げた。
「……ん? 何を勘違いしているのだ?」
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