第19話 討伐成功と大騒ぎとなった街
「サンダーレパードだ!」
魔物――サンダーレパードから目を逸らさずにフランツが告げた言葉に、マリーアは瞳を思いっきり見開いた。
「サ、サンダーレパードって、災害級とも言われるあの魔物!? 前に辺境の村が一夜にして壊滅したって話もある……」
「そうだ。この体長が数メートルにも及ぶ大きさ、そして雷を纏っている特徴、さらには特徴的な紫の毛皮。サンダーレパードで間違いない」
フランツとマリーアが話している少し先で、サンダーレパードはフランツのことを警戒するようにじっと見つめていた。初手が防がれたことで、警戒を強くしているのだろう。
フランツはそんなサンダーレパードの様子を確認し、鞄から木の樹脂で作られたゴム製のグリップを取り出す。そしてそれを剣の柄に取り付けた。
「勝てるの……?」
杖を握りしめてごくりと喉を鳴らしたマリーアの問いかけに、フランツはニッと口端を持ち上げ頷く。
「もちろんだ。マリーア、金属製の武具は使わず、身につけていたら外しておいた方が良い。杖に金属は使われているか?」
「使われてないわ。わたしは防具もほとんど付けてないから大丈夫よ」
「分かった。エルマーも問題ないな」
「もちろん大丈夫!」
片付けを終えたエルマーは近くの岩陰に採取した植物や器具を隠し、弓を構えていた。
そうして皆の準備が整ったところで、サンダーレパードは地面を強く蹴って跳躍した。狙いは――マリーアだ。
「わたしを弱いとでも思ったなら……大間違いよ!」
マリーアはそう叫びながら杖を掲げ、飛び掛かってきたサンダーレパードに向けてトルネードをぶつけた。そしてサンダーレパードが飛んでいった方向に向けて、風の刃で追撃する。
飛ばされたサンダーレパードは空中で体勢を整え、風の刃を難なく躱したが……さらにそこに飛び込んだフランツの剣が、サンダーレパードの右足を掠めた。
「はっ!」
フランツはサンダーレパードに飛び込んだ勢いのまま近くの木に足をめり込ませ、地面に下りることなく二撃目を喰らわせる。
しかしそれは、鋭い爪によって弾かれてしまった。
そこでフランツが地面に下り立った瞬間を狙われ、サンダーレパードは雷撃を放つ。
フランツは冷静に土壁を使い対処をすると、フランツと同様に地面へと下り立っていたサンダーレパードに向けて剣を振った。
サンダーレパードの攻撃を上手く躱しながら確実にダメージを喰らわせていくその様子は、さながら舞っているようだ。
「フランツいくよ!」
弓を構えていたエルマーが、合図とともに一本の矢を放った。するとフランツへの対処で手一杯だったサンダーレパードは、右目から少しだけ外れたところに矢を受ける。
「ギャオォォ……!」
痛みに叫び、怒りに声を低くしたサンダーレパードは、今度はエルマーに向かって飛び掛かった。しかしそれをフランツの巨大な氷槍が止める。
氷槍を後ろ足の付け根に喰らったサンダーレパードは、明らかに動きを鈍くした。
そこでフランツはこの機会を逃さないと、風魔法を使って地面を蹴り、一瞬にしてサンダーレパードに飛び掛かる。
右上から振り下ろしたフランツの剣は、首を正確に捉えて深く刺さった。フランツが剣を振り切ると首元からは大量の血が吹き出し、サンダーレパードは苦しげな呻き声を上げる。
「グルゥゥガウッッ!」
最後の足掻きとばかりに全方位に放出した雷撃を、フランツが咄嗟に作った土壁で防ぐと――
サンダーレパードは息絶えた。
フランツが土壁を平らに均し、サンダーレパードの生死を確認する。
「死んでいるな。討伐完了だ」
その言葉を聞いた瞬間、マリーアは体の力が抜けたのか、近くにあった石の上に腰掛けた。
「はぁ……倒せたのね。この人数で無傷の討伐なんて、信じられないわ。フランツは本当に規格外の強さね」
「やっぱりフランツは強いよね〜。調査にこれ以上心強い同行者はいないよ」
二人の賞賛に、フランツは爽やかな笑みを浮かべながら頷いた。
「ありがとう。しかしサンダーレパードに出会うとは、さすがに驚いたな」
「僕も予想してなかったよ。常緑の森の奥には人が入ってないし、強い魔物がたくさんいるのは分かってたんだけどね〜」
エルマーはそう言うと、楽しげに瞳を輝かせる。
「サンダーレパードがいるってことは、餌となる植物が豊富だってことだし、これからの調査が楽しみだなぁ」
「そういえばサンダーレパードは雑食で、いくつかの珍しい果実を好むのだったか?」
「そう! だからもっと奥に行きたいけど……フランツにずっと手伝ってもらうわけにもいかないし、騎士団は手を貸してくれるかな」
「最近は第二騎士団に結構余裕があるという話を聞いたので、問題ないだろう」
帝国の騎士団は四つに分かれていて、フランツが騎士団長をしていた第一騎士団の他に、近衛、第二、第三と他三つの騎士団がある。
第二騎士団は、主に強大な魔物被害に対処をするための騎士団だ。
「そうなんだ! じゃあ所長に言ってお願いしてもらおうかな〜」
「私からもイザークに連絡をしておこうか? サンダーレパードの出現は、一応伝えるつもりだからな」
「本当? じゃあお願い」
「分かった。任せておけ」
そこで話が途切れたところで、マリーアが立ち上がってサンダーレパードに近づく。
「これはどうするの? ギルドにも報告する?」
「そうだな。ギルドへ情報を伝えるのは、冒険者たる我々の責務だろう。情報のあるなしは安全性に直結するからな。サンダーレパードは……抱えて運べば良いだろうか」
フランツが何気なく発したその言葉にマリーアが耳を疑っているうちに、フランツはサンダーレパードの巨大な体躯の下に潜り込むようにして、まるで重さを感じていないように持ち上げた。
「な、な、何で持ち上がるのよ!?」
「ん? 簡単なことだ。サンダーレパードを持ち上げるために必要な支点を割り出し、そこを的確に真下から風魔法で狙えば良い。万が一にも飛んでいかないよう、一ヶ所だけ腕で持ち上げてしっかりと毛皮を掴めば完璧だ」
基礎魔法を教えるかのような口調で伝えられた高等魔法に、マリーアは叫ぶ。
「まっったく簡単じゃないわよ!」
「私にとってはあまり難しくないのだが……おそらくマリーアにもできるはずだぞ。今までの魔法を見ている限り、風魔法は私よりもマリーアの方が確実にコントロールが上だ」
突然褒められたマリーアは、少し疑いながらもその気になったのか、杖を握りしめてサンダーレパードに近づいた。
「……どうやるのよ」
「では今から示した場所を風魔法で持ち上げてくれ。場所ごとに掛かる重さが違うので、それは調整が必要だ」
「分かったわ」
フランツがマリーアに助言をしながら練習すること数回。マリーアはフランツの助けなしに、サンダーレパードを持ち上げることに成功した。
しかもマリーアの場合は、フランツが自らの腕でサンダーレパードを固定していたところ、その役割も風魔法で行っている。
サンダーレパードは持ち上げられているというよりも、ぷかぷかと宙に浮いているような感じだ。
「マリーア、凄いな」
「ふふっ、風魔法は負けないわ」
そうしてサンダーレパードを運ぶ目処も立ったところで、三人は採取物等も全て持ち、街に向かって足を進めた。
夕暮れ時のハイゼの街。冒険者や商人でかなり賑わっている外門は、突然騒然となった。
その理由は、常緑の森の方向から宙にぷかぷかと浮かぶ巨大な魔物が、突然姿を現したからだ。
「み、皆、早く中へ!」
「魔物だ! 魔物が来たぞ!」
「門を閉めろ! 守りを固めろー!」
外門が騒然となり、皆が慌てて動いている様子を見つめていた魔物――改め、すでに死んでいるサンダーレパードとそれを運ぶフランツたちは、まだ街まで距離があるところで顔を見合わせていた。
「騒ぎになってしまったか?」
「そうみたいね……」
「ちょっと、魔物が大きすぎたかな?」
エルマーは苦笑を浮かべ、持っていた大量の採取物や器具を全てフランツに渡す。
「僕が先に行ってくるよ」
「ああ、頼んだ」
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