第20話 街に帰還と少年の願い
エルマーが植物研究所の副所長であることを示すカードを見せたことで、遠くに見えている魔物は討伐した魔物であると理解してもらうことができ、フランツとマリーアも無事にハイゼの街に辿り着くことができた。
しかし外門周辺が混乱しているのは、まだ変わらない。
というのも、今度はサンダーレパードという災害級の魔物の存在に、皆が慌てふためいているのだ。
「あんな魔物がいるなんて知らなかったぞ」
「どこに出たんだ? 森の浅いところだったらヤバくねぇか?」
「仲間がいて街を襲ってくるなんてことはないわよね?」
「そんなことがあったら大変だわ!」
冒険者やそうでない一般の人々が、サンダーレパードとフランツたちを遠巻きにして、憶測でさまざまな話をしている。
「ねぇねぇ、あの人すっごくカッコよくない?」
「……でも冒険者なんでしょ?」
「それでもあんなにカッコいいならアリだわ! それにサンダーレパードを倒したなら、その辺の冒険者とは違うわよ」
「確かにそれもそうだけど……その強さがあって冒険者をしてるって、ちょっと変わってるんじゃないの?」
「男はちょっと変わってるぐらいが楽しいのよ? あぁ〜声をかけてみようかしら。でも今日は綺麗な服を着てないし〜」
女性たちのフランツに対する黄色い声も多数あった。
しかしフランツはそんな声など全く気にせず、門番の男に問いかける。
「私たちは街に入ってもいいのだろうか」
その質問に、門番の男は困った表情で眉を下げた。
「エルマー様の身分証は確認させていただきましたし、お二人の冒険者カードも拝見しましたので、問題ないのですが……その、それほどの魔物が突然街中に入ると大混乱となるため、少しお待ちいただけると……」
「それもそうか」
「布とかを被せた方が絶対いいわよね」
二人が素直に了承したことで、門番の男はホッと息を吐き出す。
「それで、その、サンダーレパードは皆様三人で倒されたのですか?」
「ううん。今回はほとんどフランツ一人だよ〜」
「そうね。わたしたちは少し手助けをした程度よ」
「一人でサンダーレパードを討伐できる、Dランク冒険者……?」
門番の男は頭が理解することを拒否しているのか、遠い目をして固まってしまった。そんな門番の様子にフランツが声を掛けようとしたところで、ガラガラとかなり急いでいる馬車の音がして、外門近くに馬車が止まる。
そこから降りて来たのは、慌てて髪型が崩れているハイゼ子爵だ。
「お前たち、ここは私に任せろ!」
子爵はそう言ってフランツたちの下に向かうと、一瞬だけ跪こうと動作をしかけたが、フランツの身分は秘密だと思い出したのか、エルマーに頭を下げるに留めた。
「エルマー様、強大な魔物を仕留めたとか」
「うん、サンダーレパードだよ。護衛として連れて行った冒険者が倒してくれたんだ。ギルドに売って、魔物研究所辺りに持ち込んでもらおうと思ってたんだけど」
「かしこまりました。では街中に持ち込むのではなく外門で保管し、私が責任持って魔物研究所への運送を手配するのはいかがでしょうか。ギルドへはこちらの紙をお持ちいただければ、買取金額を受け取れるようにいたしますので」
ハイゼ子爵のその言葉に、エルマーはニコッと笑みを浮かべると口を開いた。
「ありがとう。じゃあお願いするね」
「お任せください」
――これでフランツ騎士団長に少しは恩が売れたはずだ!
ハイゼ子爵は内心でにんまりと笑みを浮かべ、深く頭を下げながらそんなことを考えていた。しかしそんなハイゼ子爵の内心をよそに、フランツはそもそもハイゼ子爵を見ていない。
なぜなら……野次馬として集まっていた者たちの中から、少々怖いもの知らずな子供たちがフランツの下へと駆け寄っていたからだ。
子供たちは純粋な瞳で冒険者フランツを褒め、フランツは嬉しそうに頬を緩めている。
「僕、大きくなったら冒険者になるね!」
「あんな魔物を倒せるなんてかっこいいな!」
「ありがとう。冒険者とはかっこいいのだ。とても良い夢だと思うぞ」
フランツが子供たちに笑顔で対応しているのを見て、遠巻きにしていた者たちも次々とフランツに近づいた。
「俺は冒険者を誤解してたぜ。すげぇやつもいるんだな」
「とてもかっこいいです! 私も冒険者への印象が変わりましたわ。ぜひこの後あちらで食事……」
「冒険者とは素晴らしい者たちなのだ。この街のために、日々尽力してくれているだろう」
若干名の女性たちはフランツに相手にされず落ち込んだが、それ以外の者たちはフランツがあまりにも堂々と、そして実力と結果も伴い冒険者を褒めるので、冒険者に対する印象をガラリと変えた。
「感謝しなきゃいけねぇな」
それからもフランツが大人気になる中でエルマーとハイゼ子爵の話し合いは進み、三人は無事に街中へ入ることができた。
やり切った表情のハイゼ子爵に見送られながら、フランツたちは冒険者ギルドへと向かう。
ハイゼ子爵の視線はフランツの背中をじっと捉えて離さなかったが、フランツが子爵に視線を向けることは最後までなかった。
冒険者ギルドの受付でハイゼ子爵から渡された紙を見せると、スムーズに買取金額の受け渡しとなった。
その額は――二百万トール。
低賃金な職業の年収に匹敵する金額に、マリーアは目玉が飛び出すほどに瞳を大きく見開き、買取金額が書かれた紙を三度見した。
「な、な、なにこの金額!」
「適正価格となっております。こちらで問題ありませんでしょうか」
冷静沈着で仕事ができそうな女性受付にそう問いかけられ、フランツとエルマーはすぐに頷く。
「問題ない」
「妥当だね〜」
この金額に眉をぴくりとも動かさない二人に、マリーアは信じられない表情を向けた。
「あんたたち、もうちょっと庶民の金銭感覚を持った方がいいんじゃない?」
「大丈夫だ。知識としては持っている」
「僕もこれが高いことは分かるよ〜。でもこれじゃあ貴重な研究サンプルは全然買えないし、そこまでの金額じゃないかなって」
マリーアがその言葉に遠い目をしている中、受付の女性が10万トールの価値を持つ金板を並べながら口を開いた。
「冒険者ランクに関しても話があるのですが、よろしいでしょうか」
「もちろん聞こう」
「ありがとうございます。フランツさんはサンダーレパードの討伐という実績で、Cランクへと昇格することが決定いたしました。本当ならばもう少し上げたいとのことですが、Cより上へは実技試験を受けていただかなければいけません。そこでフランツさん、そしてマリーアさんも、実技試験を受けられませんか? こちらに合格しましたら、お二人ともBランクとなります」
女性の提案に、まず口を開いたのはマリーアだ。
「わたしもなの?」
「はい。マリーアさんは今回の討伐では助力程度とのことですが、もともとBランク昇格のための実技試験を提案しようとギルドで考えているところでした。そのため、フランツさんと同時に受けていただければと思います」
「そうだったのね……わたしは受けるのでいいわ」
マリーアはすぐにそう決めて答えると、フランツに視線を向けた。
「あんたはどうするの? 早すぎるランクアップは嫌なんだっけ?」
「いや、もうそこは諦めている。私も実技試験を受けよう」
二人の答えを聞いて、受付の女性は頷いた。
「かしこまりました。では実技試験に関する説明を……」
そう言って女性が一枚の紙を受付カウンターに載せた瞬間、フランツの腕を後ろから引っ張る存在が現れた。
「兄ちゃん!」
後ろを振り返るとそこにいたのは、十歳程度の男の子だ。深刻そうな表情で、どこか焦ったような少年はフランツの目の前に一枚の依頼票を差し出す。
「さっき外門にいた魔物を倒したって聞いたけど、兄ちゃん強いんだよな! それならこの依頼を受けてくれ! 妹を助けて欲しいんだ!」
少年の焦ったような表情と声音に、フランツは真剣な表情で依頼票に目を向けた。
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