第18話 常緑の森の奥と雷を纏う魔物
自分では手応えを感じていた実演をアルフとベン、さらには少年二人にも参考にならなかったと言われたことで、フランツは自らの無力さを痛感していた。
「良き先輩冒険者となるのは難しいな……これからも精進しなければ」
キリッとした瞳でそう呟くフランツに、アルフとベンはもう疲れたのか曖昧に頷くだけだ。
しかし少年二人は無邪気な笑顔でフランツを褒める。
「兄ちゃん、めちゃくちゃカッコよかったぜ!」
「冒険小説の主人公みたいだったよ!」
その言葉を聞いたフランツは、瞳を見開きながらガバッと少年たちに視線を向けた。
「それは本当か?」
「おう!」
(ということは、私の冒険者としての方針は間違えていないということだな!)
「ありがとう。これからもこのまま冒険者として突き進んでいこうと思う」
フランツの宣言にマリーアやアルフとベンは微妙な表情を浮かべていたが、フランツと少年二人だけは盛り上がっている。
「俺たちも兄ちゃんみたいな冒険者を目指すぜ!」
「頑張ります!」
「互いにこれからも励もう」
爽やかな笑みを浮かべて少年たちとの話を終えると、フランツはアルフとベンに視線を向けた。
「では採取をしてしまおう。採取は子供たちにやらせるのか?」
「そう、だな。それでいいと思う」
「お前たち、採取できるか?」
「もちろんだぜ!」
それからはブラックイーグルがいなくなり安全となった森の中で、少年たちを中心にアーモンドフルーツの採取をした。
持ち帰れるだけの採取を済ませたら、フランツたち三人とアルフたち四人はお別れだ。
「皆、今日は様々な気づきを得られた。とても有意義な時間を感謝する」
フランツが告げたその言葉に、アルフとベンは神妙な面持ちで頷いた。
「それはこちらこそ」
「フランツさんに出会えて良かった」
「そう言ってもらえると嬉しいな。今日の礼に、必ず二人のような素晴らしい冒険者になることを誓おう」
「いや、それは俺たちのセリフな気がするが……」
アルフとベンはそう言いながら顔を見合わせると、ほぼ同時に深々と頭を下げた。
「これからは少しでもフランツさんに近づけるよう、頑張ろうと思う!」
「目標にさせてくれ。そしてもしまた会える時があったら、その時にはすげぇ冒険者になってることを誓う!」
二人のその宣言を聞いて嬉しげに頬を緩めたフランツは、二人の肩に手を置いた。
「私たちは良きライバルだな」
(やはり冒険者にはライバルも必要だ。これで私もまた一歩、素晴らしき冒険者に近づけただろうか……!)
「ライバルなんて恐れ多いが……そうなれるよう頑張るぜ」
そうしてフランツは二人との話を終えると、少年二人にもまた会おうと伝え、手を振って四人と別れた。
街へと森を進んでいく四人が見えなくなったところで、フランツはマリーアとエルマーに視線を向ける。
「とても素晴らしい出会いがあったな!」
満面の笑みを浮かべるフランツにエルマーは「そうだねぇ」といつも通りの笑顔で頷き、マリーアも無言で頷いた。
アルフとベンの企みをフランツに伝えようかどうか、マリーアはしばらく悩んだが、最終的には伝えないことに決める。
(今となっては、真実は分からないものね)
そう心の中で考えると、マリーアは苦笑を浮かべながらフランツの背中を叩いた。
「あんた、なんか凄いわね!」
「……私は何を褒められているのだ?」
「もう、とにかく色々よ。全てが常人離れしてるわ」
「これは褒められているのだろうか」
「もちろんよ」
「そうか、ならば感謝を伝えておく。ありがとう」
フランツが首を傾げながらそう言ったところで、エルマーが明るい声を発した。
「じゃあ、僕たちは森の奥を目指そうか。ちょっと長い寄り道になったし急ぐよ〜」
「そうだな」
「早く行きましょ」
それから三人は、常緑の森の奥へとさらに一時間は歩き続けた。三人が足を止めた場所は人の手が全く入っていない自然そのままの森で、三人ともがその自然に圧倒されるように顔を上向ける。
「凄いね〜!」
「森の奥はこんな感じになってるのね」
「草木がさらに大きく成長していて、森の外縁部とはかなり様子が異なるな」
しばらく森の様子に目を奪われ、まず動き出したのはエルマーだ。エルマーは興奮を抑えきれない様子で、持ってきた器具を片手にそこかしこの植物や苔などを採取し始めた。
「凄いよ……! 新種の植物に、基準を大幅に超えて成長している植物たち。土壌も他の場所とは違うみたい!」
試験管のようなものを両手に持って口角を上げるエルマーに、フランツは昔を思い出して少し目を細めた。
「エルマーのその姿は久しぶりに見たな」
「僕は今でも毎日のようにこうしてるよ〜。あっ、フランツも久しぶりに採取してみる? マリーアが見張りをしてくれるなら」
「わたしはいいわよ」
「そうだな……では少し手伝おう。マリーア、よろしく頼む」
ピンセットや小さなナイフ、手袋に試験管やビーカー、精製水など様々な採取道具を手渡されたフランツは、手慣れた様子で近くに咲いている紫色の花を咲かせた植物の採取を始めた。
「さすがフランツ! それが新種だってよく分かったね」
「国内の植物ならば大抵は頭に入っているからな。エルマー、こちらの苔は突然変異種じゃないか?」
「え、本当!?」
エルマーは急いで、フランツが指差す岩に向かった。じっと岩に顔を近づけて苔を観察し、少ししてから瞳を輝かせて顔を上げる。
「うわぁ……本当だ! この品種の苔って葉の形は
大興奮でそう叫んだエルマーは、金属製のヘラを取り出すと真剣な表情で岩に向き合った。
「とりあえず、丁寧に採取をして研究所に持ち帰らないと」
それからも二人は専門用語を用いながら、時には真剣に時には主にエルマーが興奮して、次々と植物を採取していった。
二人を横目に見張りをするマリーアは、感心というよりも呆れた表情だ。
「何を言ってるのか、ほとんど分からないわ……それにエルマーはまだ植物研究所の副所長として知識があるのは分かるとして、なんでフランツが同じレベルで会話ができるのよ」
そう呟いたマリーアが、素人目には専門家となんら遜色ないフランツの動きに意識を向けた――その瞬間。
フランツが突然厳しい表情で立ち上がった。
さらにエルマーもその場に立ち上がり、マリーアの耳にも遠くで木々が揺れるような音が届く。
「魔物だ。……これは相当強いぞ。エルマー、今すぐ片付けろ。マリーアは援護を頼む」
「了解」
「わ、分かったわ」
フランツは剣を抜くのではなく、近くにあったすぐ手に取れる太い枝を持つと、森の奥をじっと射抜いた。
そして数秒後。傍目には近づいてくる魔物の姿など全く見えないまま、突然フランツの目の前に雷を纏った巨大な魔物が現れる。
ヒョウのような体躯をしたその魔物が、鋭い爪の付いた前足を振り下ろし……フランツはそれを手に持つ枝で受け止めた。
「くっ……っ」
しかし所詮は木の枝である。僅かに耐えたがすぐに粉砕し、フランツは頬にうっすらと傷を負った。
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