第14話 フランツの婚約者と怪しい冒険者二人組

 婚約者じゃないというマリーアの叫びに、エルマーは瞳を瞬かせながら口を開いた。


「何だ、フランツの婚約者が決まりそうって話を聞いてたから、てっきり婚約者と休暇を楽しんでるのかと思ったんだけど」

「……そういえば、父上からそんな話をされたな」


 マリーアを地面に下ろしてから、今思い出したと言うように口を開くフランツに、マリーアの突っ込みが入る。


「それ、絶対に忘れちゃダメなことでしょ! というかそんな時期に二年も休暇を取って、冒険者やってていいの? しかも女のわたしと!」

「大丈夫だろう。マリーアとは仲間だし、婚約者は父上が決めるものだからな」

「いや、そうは言ったって相手のお嬢さんはあんたと会ってみたいとか、手紙のやり取りしたいとか、色々と思うものじゃないの?」


 その言葉に不思議そうに首を傾げるフランツに、マリーアは疲れた表情でため息を吐くと小さくつぶやいた。


「そういえばフランツは、恋愛感情が分からないんだったわ……」

「相手は聞いてないの?」


 エルマーの問いかけに、フランツは首を横に振ろうとして、何かを思い出したのか動きを止めた。


「そういえば、候補者三人の書類は見たな。冒険者になれた喜びで忘れていたが、今思い出した」


 婚約者より冒険者優先ってどうなの……というマリーアの呟きは、フランツには届いていない。


「そうなんだ、誰なの誰なの? フランツの婚約者に選ばれる女性は気になるよね!」

「候補者の段階のため一応明言は避けておくが……一人は帝立学園の同級生で、私と同じく公爵家の令嬢だ。ただこの女性は結婚に全く興味がないだろうから、向こうも婚約者候補だなんて知らないかもしれないな。そしてもう一人は我が公国に属する侯爵家の令嬢で、最後の一人が同盟国の姫だったな」

「へぇ〜、やっぱりフランツの婚約者ってなると豪華だね」


 二人が呑気な雰囲気で交わしている会話を隣で聞いていたマリーアが、フランツの肩をガシッと強めに掴んだ。


「一つ聞いてもいいかしら」

「なんだ?」


 マリーアの俯きながらの問いかけに、フランツは首を傾げる。


「その公爵令嬢と侯爵令嬢と隣国の姫が、あんたの隣にいるわたしの存在を知って、何かしてくるなんてことはないわよね?」


 ジトっとした眼差しでフランツを見上げたマリーアに、フランツはすぐに爽やかな笑顔で頷いた。


「ああ、そんなことはないだろう。そもそもなぜマリーアに何かをするのだ?」


 その返答に、マリーアは大きなため息をついて肩を落とした。


「あんたに聞いたわたしがバカだったわ……フランツ、頭はいいんだから少しは女心も勉強しなさい。そしてわたしに迷惑をかけるんじゃないわよ!」


 マリーアのその言葉にフランツが曖昧に頷いたところで、マリーアは嫌な予感を覚えたのか眉間に皺を寄せた。



 フランツの婚約者に関する話をしている間に三人はハイゼの街を出て、しばらく静かな草原を歩いたところで、常緑の森の入り口に到着した。


「今回は二人がいるから、浅いところはどんどん進んで奥に行くよ!」

 

 やる気十分なエルマーが先頭で、後ろにフランツとマリーアが付いていく。

 

 常緑の森は植物が大きく育ち、他の場所では見ることができない植物が少し歩くだけで目に入り、とにかく資源豊かな活き活きとした森だ。


 そんな森に初めて入ったマリーアは楽しげに周囲に視線を向けていて、フランツも珍しい植物を見つけたときなどは、瞳を見開いたりして森の様子を楽しんでいた。


「ここに来たのは二年ぶりだが、やはり凄い森だな」

「この森は研究のしがいがあるよ〜」

「なんでここでは珍しい植物が多く育っているの?」


 マリーアの疑問に、エルマーが楽しげに答えた。


「理由は研究途中なんだけど、一番有力なのは気候と地形かな。でもそれだけじゃ説明しきれない植物もたくさんあって、魔物の影響とか地下に何かあるのかもしれないとか、色々と調べることはたくさんあるよ! 森の奥に理由があるのかもしれないし」

「そうなのね。楽しそうじゃない」


 何気なく告げたマリーアのその言葉に、エルマーはザザザッと草を踏み締めて素早くマリーアの下に移動する。


「植物研究所では、調査に同行する腕利きの護衛はいつでも募集してるよ!」


 エルマーのあからさまな勧誘に、マリーアは苦笑しつつ首を横に振った。


「わたしは冒険者ぐらい気楽な方が性に合ってるわ」

「それにマリーアは私の仲間だ。勧誘されては困る」

「ははっ、確かにそうだったね〜」


 そこで会話が途切れて沈黙が場を満たした直後、フランツが途端に真剣な表情を浮かべ、二人に小声で伝えた。


「何か聞こえる。人の声だ」

「本当? もう結構奥に来てるから、冒険者もほとんどいないはずだよ〜?」

「聞こえてくる声に気になることでもあるの?」

「ああ、子供の声のように感じた」

 

 冒険者もあまり入らない森の奥に子供の声。それが真実な場合に起こり得る最悪の展開を予想し、三人はフランツを先頭に声が聞こえる方向に向けて足を進めた。



 そうして数分進むと――見えてきたのは、装備が乏しい十代前半に見える少年二人を連れた、二十代ほどの男性冒険者二人だった。


 自分たちの前に少年を歩かせ、緊張の面持ちで周囲にキョロキョロと視線を向けている。


 子供を盾と囮にするために連れてきた、最低な冒険者二人組だな。マリーアとエルマーは瞬時にそう思った。

 そして二人が同時にフランツに視線を向けると――フランツはなぜか、尊敬の色を瞳に宿していた。


 え、なんで? そんな二人の疑問をよそに、フランツは足音を響かせて躊躇いなく四人の下に出ていく。


「ま、魔物か!?」

「どこだ!?」

 

 冒険者二人組はそう叫んだが、フランツの姿を見てホッと息を吐き出した。


「なんだ、冒険者か」


 安堵に体の力を抜く冒険者二人組の下に向かったフランツは、一人の冒険者の剣を抜いていない方の手を掴んだ。


 そして瞳を輝かせながら発する。


「君たち素晴らしいな! 子供たちに経験を積ませるために自らが危険を負い、万が一がないよう油断なく周囲を警戒する。なんと素晴らしい先輩冒険者であろうか! 私も見習いたいものだ!」


 その言葉を聞いたマリーアは、ガクッと体を傾かせた。


(あんたねぇ、冒険者への憧れも大概にしなさい!)


 そんなマリーアの心の叫びは、当然フランツへは届かなかった。

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