第12話 真っ青な子爵とフランツの友人

 フランツは身分を隠してたのに……と思いつつ、もうバレてしまったのだから仕方がないと、久しぶりの友人との再会を喜ぶことにした。


「エルマー、一年ぶりか?」

「そうだよ〜。フランツ戦争に行っちゃったでしょ? でも無事で良かった! まあフランツなら大丈夫だと思ってたけどね〜」

 

 フランツの腕をバシバシ叩きながら、エルマーは笑顔でフランツを見上げる。


「戦争は無事に終わった。エルマーの仕事に影響はなかったか?」

「植物研究所は全く問題なしかな。まあちょっと他国の植物を手に入れづらくはなったけど、国内にもまだまだ調べてないものはたくさんあるから。あっ、ここには常緑の森の調査で来てるんだ。宿を取ってたんだけど、ハイゼ子爵が屋敷の一室を貸してくれて……」


 エルマーはそう言って何気なくハイゼ子爵に視線を向け、子爵の真っ青に固まった顔に首を傾げた。


「うん? どうしたの?」


 そう問いかけられた子爵は、ぎこちなく、まるで極寒地にいるように震えながら口を開いた。


「エ、エルマー、様……そちらの、冒険者のお方は……」

「冒険者? フランツのこと?」

「は、はい」

「フランツ・バルシュミーデだよ? え、もしかしてフランツ名乗ってないの?」


 フランツの顔を見上げたエルマーは、そこでやっとフランツの格好に気づいたらしい。


「そういえば、騎士服着てないね」

「ああ、実は今回は冒険者としてハイゼ子爵の護衛をしていたのだ」

「え、フランツ遂に冒険者になったの!? 前にいつかは冒険者になりたいとか言ってたもんね〜、良かったね!」


 エルマーの素直な言葉に、フランツの頬が自然と緩む。


「ああ、遂に念願の冒険者生活を満喫しているところだ」

「騎士団は辞めちゃったの?」

「いや、休暇をもらった」

「そっかそっか、良かったね〜」


 そこで二人の会話が少し途切れたところで、固まっていたハイゼ子爵がその場に膝をつき、頭を地面にぶつける勢いで下げた。

 息子スヴェンの頭もガシッと掴み、地面に押し付けている。


「た、た、大変申し訳ございませんでした……!! フランツ第一騎士団長とは知らず、数々のご無礼を……!」


 そう叫んだハイゼ子爵に、エルマーは首を傾げた。


「子爵に何かされたの?」

「そうだな……色々と酷い言葉をぶつけられ、理不尽に虐げられたぐらいだ。ただ実害はなく違法性はない」

「そういうことか〜。まあ冒険者だと思ってたなら仕方ないのかな」

 

 エルマーのその言葉に光明を見出したらしい子爵は、バッと顔を上げて媚びるような笑みを浮かべる。


「わ、分かっていただけますか……! 冒険者に対しては必要な対処なのですが、お相手がフランツ様であったとはグンター・ハイゼ、一生の不覚でございます。これからはこのようなことがないよう、フランツ様のご尊顔は目に焼き付けさせていただきます! そしてお詫びも兼ねまして、ぜひ我が屋敷で共に食事でも……」


 いきなり饒舌になったハイゼ子爵の言葉を、フランツは綺麗な笑顔で止めた。


「いや、必要ない。私は――フランツ・バルシュミーデは、子爵のような貴族は好かないのだ。違法性はないとはいえ、身分を笠に着て他者を正当性なく虐げるという行為は不愉快だ。価値観が合わない者同士が食事をしても、時間が無駄だろう?」


 これから友好関係を築くのは不可能だと感じられるフランツの厳しい言葉に、ハイゼ子爵はまた固まった。媚びるような笑みは少しずつ絶望へと変わっていく。


「ここで依頼は完了なので、私たちは失礼させてもらう。冒険者としては、護衛依頼を楽しませてもらったことには感謝する。それから依頼中の貴殿の言動については、冒険者フランツに対するものということになるので、心配はいらない。……そうだ、私は冒険者生活を楽しむために身分を明かしていないのだ。このことは秘密にしておいて欲しい。ここにいる他の者たちもだ」


 フランツの要望に、子爵は真っ青を通り越して白くなった顔色で、首を何度も縦に振った。


 それを確認したフランツは、笑顔を親しげなものに変えてマリーアとエルマーに視線を向ける。


「この後はどうする?」

「わたしたちはまず宿を見つけないとよ」

「確かにそうだな。エルマーはどうする?」

「僕も一緒に行っていい? この屋敷にいるの、楽だけどつまらなくて」


 エルマーのその言葉にフランツが頷くと、エルマーはハイゼ子爵に無邪気な笑みを向けた。


「子爵ー! 今までありがとう! 僕はフランツと一緒に行くことにするよ。あっ、荷物だけ持ってこないと」


 それからエルマーが大きなカバンを一つ持って屋敷の一室を引き払い、ハイゼ子爵が呆然としているうちに三人は子爵邸を後にした。



 ♢



 フランツたちの姿が完全に見えなくなったところで、子爵は呆然とした表情で空虚を見つめながら呟いた。


「何ということだ……」


 そんなハイゼ子爵の隣では、ずっと頭を押さえつけられていたスヴェンが不満そうな表情を浮かべている。


「父上、あそこまで謙らなくとも良いのではありませんか? 向こうは身分を明かしていなかったわけですし」


 スヴェンが告げたその言葉に、子爵は厳しい瞳でスヴェンを射抜いた。


「お前……本気で言っているのか! この帝国でフランツ第一騎士団長に目を付けられ、さらには見限られたことがどれほどの重大事か分かっていないのか!? さらにエルマー様にも出て行かれてしまったのだ!」


 子爵は現実を直視したくないのか、スヴェンを怒鳴りつけながら首を横に振る。


「確かにエルマー様が滞在されていたことは我が家の権威を高めていましたし、フランツ騎士団長に不敬なことをしてしまった問題はありますが……ハイゼ子爵家が属しているのはヴォルシュナー公国ではないですか」


 その言葉に子爵は大きく息を吐き出すと、どこか諦めたような表情で口を開く。


「フランツ第一騎士団長は帝国の英雄だぞ? 公になっている身分以上に発言権があるに決まっている。そしてエルマー様は帝立植物研究所で副所長をやられているお方だ。あの研究所は皇帝陛下のお気に入りだということを忘れたのか?」


 自分で述べた事実に自らの立場の危うさを感じた子爵は、眉間に皺を寄せると大きなため息を吐いた。


「――とにかく、今以上に印象を悪くするのは絶対に避けなければならない。スヴェン、それから先ほどの話を聞いていた皆も、命が惜しければ絶対に情報を漏らすな。分かったな?」


 ハイゼ子爵のいつにない迫力に、スヴェンは僅かに顔を引き攣らせながら素直に頷き、使用人や護衛たちも顔色を悪くして何度も頷いた。


(それにしても、休暇を取ってまでなぜ冒険者などをやられているのか……何か大きな理由があるに違いない。こっそりとその理由を探ることができれば、私の地位向上につながるやもしれん)


 子爵はその場に立ち上がり服の汚れを払うと、真剣な表情で屋敷に入った。

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