第11話 撃退と襲撃者の正体、そしてハイゼへ

 明らかにハイゼ子爵とその息子がいる馬車を狙う襲撃者たちを、フランツは剣を振るって止めた。


 マリーアもかなり暗い中だが敵の動きはしっかりと分かっているようで、的確に敵に向けて風の刃を放つ。


 しかし襲撃者たちは、二人の攻撃を難なく避けた。


「こいつら、素早いわね」


 襲撃者たちはフランツが一番厄介だとすぐに分かったのか、三人で連携してフランツに飛びかかった。


 一人はナイフでフランツの首を狙い、もう一人は近距離から頭を狙って火球を放つ。もう一人は飛びかかると見せかけて上に飛ぶと、角度を変えてナイフを投げた。


 三方向からの攻撃を、フランツは正面以外にも目があるかのように、剣と魔法で的確に弾いていく。


「マリーア!」

「分かってるわ!」


 フランツに声を掛けられたマリーアは、フランツにナイフでの攻撃を弾かれて少し体勢を崩していた襲撃者に、上空から真下に向かって風弾を放った。

 

 上からの風弾は予想外だったのか、地面に倒れた襲撃者はフランツによって足の腱を切られる。


「うっ……」


 攻撃を受けた襲撃者が初めて僅かな呻き声を発したところで、一人が「ピーーッ」と高い笛の音を鳴らした。


 するとその瞬間、襲撃者全員が一斉に離散する。


「ちょっ、逃げたわ!」

「マリーア、追わなくて良い。どうせ捕まらないだろう。それよりも一人捕まえたからこいつに……」


 フランツがそう言って襲撃者の顔を覆う黒い布を外し、魔法で作り出した光で襲撃者を照らすと……足の腱を切られた襲撃者は、眉間に皺を寄せて目を剥いた苦しげな表情で、息絶えていた。


「……自害したか」


 フランツの呟きを聞き、マリーアは眉間に皺を寄せる。


「こいつら何なのよ」

「あの動きと統率、そして捕まりそうになったところですぐに自害する判断――訓練された暗殺集団なことは確かだな」


 二人がそこまで話をしたところで、ハイゼ子爵が馬車の中から大きな声を上げた。


「おいっ、お前らどうなってるんだ!? 私は絶対に助けるんだぞ!」

「旦那様、敵は撃退しました」


 護衛の一人がそう伝えると、子爵はバンッと勢いよく馬車の扉を開けて顔を出す。


「何があったんだ! 魔物か!?」

「いえ、何者かが旦那様のお命を狙っていた可能性があります」

「こちらに一人捕らえたのですが、自害しました」


 フランツがそう言って襲撃者を光で照らすと、ハイゼ子爵はひっと引き攣った顔をして怒鳴った。


「そのように見苦しいものを私に見せるな!」

「申し訳ございません。この襲撃者は……」

「その辺に捨てておけばいいだろう!?」

「かしこまりました」


 ハイゼ子爵は恐怖心やこれまでの道中の鬱憤を少しでも晴らしたいと思ったのか、拳を固く握りしめながらフランツを続けて怒鳴る。


「お前たちの働きが悪いから襲われたんだ! 事前に危険は排除するのが護衛だろう!?」


 その言葉には誰もが無茶な……と言うような顔をしたが、それには気づかずに子爵はフランツを睨みつけた。


「申し訳ございません」


 しかしフランツが素直に謝り頭を下げたことで、それ以上は何も言えなくなったのか、バタンッと大きな音を立てて馬車の扉を閉める。


 そうして子爵が馬車内に戻ったことで、皆の間にはやっと緩んだ空気が漂った。

 ただ一人、フランツだけは自害した襲撃者に厳しい表情を向けている。


 もうフランツ・バルシュミーデであることを知っている可能性のある襲撃者たちは去ったので、正体に気づかれて事前に逃げられる心配はいらないため、ターバンを外してベストを脱ぐ。


(この襲撃者は誰かに送られた暗殺者だ。昨夜の街から僅かに殺気が感じられたことから、この野営地で狙うことは事前に決めていた可能性が高い。そして黒幕として一番可能性が高いのは……やはりヴォルシュナー公爵か。子爵を帝都に呼び寄せ警備隊を接収するなど、襲いやすく画策してるとしか思えん)


 そこまで考えたフランツは、襲撃者の口腔内を確認した。


(自害方法は毒のようだな。この毒の入手経路から黒幕が誰であるかの証拠が得られないかどうか、試してみる価値はありそうだ。イザークに送っておこう)


 フランツは顔色一つ変えずに、毒が噛み砕かれたと見られる奥歯をナイフと魔法を使って引き抜いた。そしてハンカチで丁寧に包み込むと、胸ポケットに仕舞う。


(それにしても、なぜハイゼ子爵は狙われたのか……私の記憶では良くも悪くも小物で、ヴォルシュナー公爵が消そうと思うほどの何かがあるとは思えない。――いや、一つあるな)


 ふとハイゼ子爵とその子息であるスヴェンと顔を合わせた時に感じた、僅かな違和感を思い出した。


(あの息子、ハイゼ子爵にはあまり似ていない。それどころかヴォルシュナー公爵の面影を感じたんだ)


 フランツは嫌な想像に自然と眉間に皺が寄る。


(自らが起こしたことによる問題を解決するため、人殺しなどという違法行為に手を染めようとは……許せないな。公爵は以前から黒い噂が絶えなかったが、全く証拠を掴ませなかった。権力があるのを良いことに違法行為を繰り返し証拠をもみ消してるなど……断じて許せない。絶対に、私がいつか罪を償わせてやる)


 フランツがそこまで考えて拳をキツく握りしめていたところで、マリーアがフランツの肩を叩いた。


「寝ないと明日が大変よ?」


 それによってフランツは表情を笑顔に変えて、襲撃者から視線を逸らして立ち上がる。


「そうだな、まだ見張り交代には早いか?」

「ええ、あと二時間はあるわ。……フランツ、襲撃者が誰なのか分かったの?」


 小声で問いかけたマリーアに、フランツは少しだけ悩んでから頷いた。


「ああ、あくまでも予想だがな。聞きたいか?」

「……いいわ。知ってたら何かに巻き込まれそうだもの。でも手助けが欲しかったらいつでも言いなさいよ」


 そう言って笑みを浮かべたマリーアに、フランツもいつも通りの楽しげな笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、そうさせてもらおう。やはり冒険者の仲間というのは良いな!」

「何よそれ、わたしが素晴らしい仲間だって言いなさい」

「マリーアは最高の仲間だ」

「付け足されても嬉しくないわね〜」


 二人はそんな会話をしながら持ち場に戻り、それからは何事もなく夜が過ぎていった。


 

 野営地での襲撃以降は大きな問題もなく、一行はハイゼの街に到着していた。街に入って大通りを進み、趣味が悪いほどゴテゴテと飾られた屋敷の前に馬車が止まる。


 ハイゼ子爵とその息子スヴェンは尊大な態度で馬車から降りると、フランツとマリーアを睨みつけた。


「冒険者ギルドには、最低評価で依頼達成だと伝えておいてやる。失敗だと伝えないだけ感謝するんだな」


 子爵はそう告げると、ふんっと鼻を鳴らす。それに続いてスヴェンもニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「お前たちのせいで襲撃を受けたんだ。そのことはちゃぁ〜んと伝えといてやるよ!」


 道中の溜飲を下げるようにフランツとマリーアに伝える二人の様子を見て、フランツは少々落ち込む様子を見せていた。


 今までは何を言われてもニコニコと楽しそうにしていたフランツの変化に、マリーアは不思議そうにフランツを見やる。

 するとフランツは、隣にいるマリーアに辛うじて聞こえる程度の声音で呟いた。


「街に着く頃には実力を示して認められてるはずだったのだが……やはり冒険者とは難しいのだな」


 今度は真剣な表情で何が問題だったのかについて考え込むフランツに、マリーアは呆れた表情を浮かべた。

 そして面倒になったのか、適当に謝ってこの場を切り上げようとマリーアが口を開きかけたところで、屋敷から一人の男が現れた。


 背が低めで緑髪が特徴的な男は、白衣のようなものを羽織っている。大欠伸をしながら伸びをして皆がいる方に視線を向けると……フランツを視界に映した瞬間、表情をパァッと明るくさせた。


「フランツ! 久しぶりだね〜! 何、どうしたの? 第一騎士団の仕事? 騎士団長も遠征とかあるなんて大変だね〜」


 男が発したその言葉で、ハイゼ子爵の動きが完全に止まった。

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