第10話 横柄な貴族と暗闇の襲撃者

 二人が乗り込むとすぐに馬車は動き始め、帝都の外に向けて大通りを進んでいった。荷馬車に乗っているのは二人だけだ。


「そういえば」


 帝都の中でも家の密集度合いが低くなる端の方を進んでいるところで、マリーアがフランツに視線を向けた。


「どうしたんだ?」

「さっきハイゼ警備隊をヴォルシュナー公爵様に貸し出したから、冒険者に依頼を出したとか言ってたわよね? あれってどういう意味なの?」

「ん? そのままの意味だ。ハイゼ子爵領から帝都までの道中はハイゼ警備隊を護衛として連れていたが、帝都でその警備隊をヴォルシュナー公爵に接収され、警備が万全でなくなったためやむを得ず冒険者に依頼をという流れだろう」


 フランツの説明を受けて、マリーアはさらに首を傾げた。


「帝都にハイゼ警備隊はいないの?」

「いるはずがないだろう? ……ああ、分かった。これは貴族社会の常識なのだな」


 少し考えてマリーアの疑問の意図が分かったフランツは、貴族の仕組みを簡潔に説明した。


「帝都に屋敷を持つことができ、そこに警備兵を常駐させられるのは伯爵以上の貴族だけだ。そもそも子爵以下の貴族は王家から爵位を得ているのではなく、それぞれが属する公国のトップ、五大公爵家から爵位を得ている。したがって寄親となる公爵家からの要望を断ることはできないだろう」


 シュトール帝国が五つもの公国を有する広大な国であるからこその、独自の仕組みだ。平民では理解していない者がほとんどである。


「へぇ〜、なんか難しいのね。簡単にまとめると自分が属する公爵家に挨拶に来たら、警備兵を取られたから帰るに帰れないってこと?」

「外れてはいないな。ただ公爵が子爵をわざわざ帝都の屋敷に呼ぶというのは、少し不自然に感じられるが……」


(普通は公国の首都にある公爵邸に呼ぶだろう。確かにヴォルシュナー公爵は基本的に帝都にいるが、年に数度は領地へと帰るはずだ。それを待てぬほどの用が、一介の子爵に対してあるのだろうか……しかも警備隊を接収するというのも気になる。ヴォルシュナー公爵ならば、強大なヴォルシュナー兵士団を持っているはずだ)


 フランツが難しい表情で考え込んだのを見て、マリーアはあまり追及しない方が得策だと思ったのか、そっと視線を街に戻した。



 それから護衛依頼は、ハイゼ子爵とその息子であるスヴェンの当たりが強い以外に大きな問題はなく、予定通りに進んでいた。

 ハイゼの街まではあと二日ほどで着く距離だ。


 今夜だけはちょうどよく泊まれる街がないため、街道脇にある野営場に泊まることになっている。


「おい、冒険者ども。我々が馬車を降りる前に危ない石を退けておこうという気も利かないのか? これだから底辺は……」


 馬車から降りようとしたハイゼ子爵が眉間に皺を寄せてそう言ったのを聞いて、フランツはすぐに風魔法を発動させた。


「申し訳ございません。すぐに」


 精密なコントロールにより、野営地全体が整地したように真っ平らに変わる。

 信じられない魔法にマリーアが呆れた表情を浮かべる中、子爵は額に青筋を立てていた。


 冒険者を雇うことになり、道中でどれだけ馬鹿にして楽しめるかと思っていたところに、予想外に優秀なフランツたちが来て鬱憤が溜まっているのだ。


「で、できるなら初めからやっておけ無能どもが!」


 無理やり貶せる部分を見つけてそう叫ぶが、フランツは全く表情を崩さない。そんなフランツに子爵の怒りはまた溜まった。


「おいっ、早く飯にしろ! まだ準備できていないのか!」


 子爵はターゲットを使用人たちに変更すると、そう叫んで準備されていた椅子にどかっと腰掛けた。息子のスヴェンはその隣だ。


「父上、最近の冒険者は生意気ですね」

「全くだ。気分が悪い」


 フランツたちに聞こえるようにそんな会話をしているハイゼ子爵とスヴェンに対し、フランツは真剣な表情で森の方を睨んでいた。


 そんなフランツにマリーアが小声で問いかける。


「あんたどうしたのよ。今日は随分と顔が怖いけど。それにその服、似合ってないわよ」


 今日のフランツは一応ワイルド路線にも変身できるようにと買っておいたターバンを頭に巻き、袖の部分が切りっぱなしになっているベストを身に付けている。


 似合ってないという言葉を聞き、フランツは心外だと言うように片眉を上げた。


「かっこいいだろう?」

「いや、あんたには一番似合わない服よそれ」

「私は気に入っているのだが……」


 そう言いつつ、フランツは服を脱ごうとはしない。そんなフランツにマリーアは諦めたのか、フランツから視線を外して作業に戻った。


 同じく作業に戻ったフランツの瞳には、真剣な光が宿っていた。



 夕食を終えて辺りが完全に暗くなったところで、早めの就寝だ。ハイゼ子爵とその息子は馬車の中で寝るので、その周りを護衛やフランツたちが見張りとして囲うことになる。


 フランツとマリーアは交代で見張りをすることになり、最初に寝るのはフランツになった。焚き火をしている周りに布を敷き、それに包まるようにして地面に直に横になる。


 そうして皆が寝静まり、見張りとして起きている者がたまに動く程度の静寂が場を包んでいると――


 野営地から近い森の中で、僅かに木々が動いた。


 誰も気づかない程度の小さな音だったが、フランツは一瞬で目を覚まし飛び起きる。そして近くにあった剣を手にすると、暗闇に向かって飛び込んだ。


 キンッという金属同士がぶつかり合う音がして、やっとマリーアたち見張りも何かが起きていることが分かったようだ。


「何だ、何があった!?」

「敵襲だ! 森から来るぞ!」


 ハイゼ子爵らの護衛の男が発した言葉に、フランツが簡潔に現状を伝えると、野営地は一瞬にして大騒ぎになった。


「旦那様とスヴェン様をお守りしろ!」

「馬車の守りを固めろ!」

「早く起きろ……!」


 皆が一斉に声を上げて動き出す中で、フランツは静かに剣を持ち構えている。


 そんなフランツの横に、マリーアが並んだ。


「何で気づけたのよ」

「殺気が感じられた」

「殺気って……はぁ、本当に規格外ね」


 呆れた表情でそう告げたマリーアは、杖を握ってフランツが視線を向ける先にじっと目を凝らす。


「何人か分かる?」

「いや、まだ分からない。しかし複数人であることは確実だ。さっき弾いたナイフからして、相当な手練れだろう」

「……あんた、敵の正体が分かってるんじゃない?」


 マリーアのその言葉に、フランツは否定することはなかった。


「来るぞ」

「分かったわ。話は後ね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る