第2章 ハイゼ子爵領へ

第9話 ランクアップと護衛依頼

 フランツが孤児院の不正を暴いた日から数日後の朝。いつものように冒険者ギルドに顔を出したフランツとマリーアは、受付に呼ばれていた。


「何かあっただろうか」


 フランツの問いかけに、受付の女性は一枚の冒険者カードを差し出す。


「先日お二人が壊滅したと仰ったゴブリンの巣の調査が終わりまして、その報酬やフランツさんのランクのことに関してお話がございます。まずはこちらのカードをお受け取りください」


 フランツの名前が記された冒険者カードには、ランクがDと書かれている。Fから一気に一つ飛ばしてのランクアップだ。


「お二人の戦闘場面に居合わせた冒険者の証言や、ゴブリンの傷口などの状況、それからあれほどの数のゴブリンをお二人だけで壊滅させた実力、その辺りを加味しましてフランツさんはDランクにと判断されました」


 その説明とカードを見たフランツは最初こそ微妙な表情を浮かべていたが、次第に顔を嬉しげに緩めながら興奮気味に口を開いた。


「そういえば冒険小説の主人公には、ランクに沿わぬ力を認められて一気にランクアップをした者もいたな! 私はどちらかというと努力を積み重ねていく話のほうが好きなのだが、こちらも案外嬉しいものだ」

「はいはい、良かったわね」


 マリーアのぞんざいな扱いは全く気にしていないフランツは、少年のような表情で受付の女性に視線を戻す。

 この国で一番と言っても皆が認めるほどの容姿であるフランツに輝く瞳を向けられた女性は、頬を赤くして少し俯いた。


「ああ、すまない。少し顔を近づけすぎてしまったな」

「い、いえ、フランツさんはその……とてもカッコいいですね」


 チラッと上目遣いでそう言った受付の女性に、フランツは挨拶を告げられたのと同じ表情で頷く。


「ありがとう。ただそんなことよりも、今は報酬について聞かせてくれないか?」


 女性から誘うように容姿を褒められることよりも、依頼の話が気になるフランツに、マリーアが呆れた表情を浮かべた。


「あんたって本当にブレないわね――フランツは女性に興味がないからダメよ、諦めなさい。この容姿だから女性からは嫌になるほど誘われてるんだって」


 マリーアが受付の女性にそう告げると、女性は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら早口で告げた。


「も、申し訳ございません……では報酬はこちらです。合計で十万トールとなっております」


 その言葉と共に金貨が十枚差し出され、マリーアは驚きに瞳を見開いた。十万トールもあれば一人暮らしなら一ヶ月の生活費として十分な額だ。


 フランツは公爵家という名門生まれで金銭感覚が順当に狂っているので、驚いてはいない。


「こんなにもらっていいの!?」

「はい。早急に対処できなければ大惨事になっていた可能性ありとのことで、この報酬になったようです。お納めください」

「凄いわね……ありがたくいただくわ。フランツ、半分ずつでいい?」

「もちろん構わない」


 そうして報酬の受け取りとランクアップを済ませた二人は、受付を離れてギルドの端に向かった。


「さて、ランクアップをして報酬もたくさんもらったけど、これからどうするの? ゴブリンの巣の件が片付くまではここにいなきゃって話だったでしょ?」

「そうだな。私としてはそろそろ別の街に行きたいと思っているのだが、マリーアはどうだ?」


 フランツの問いかけに、マリーアは迷いなく頷いた。


「わたしは元々街に固執してないし、どこに行くのでもいいわよ」

「ありがとう。ではさっそく帝都から出よう。まず探すのは……護衛依頼だな!」


 そう言って意気揚々と掲示板に向かうフランツに、マリーアはガクッと体を傾かせた。


「ちょっと、先に行き先を決めないの!?」

「いや、私も特に行きたい場所はないのだ。最終的には国を一周する予定だしな。それよりも冒険者と言えば、やはり護衛依頼を受けての移動だろう? これは絶対に体験しなければ!」

「確かに護衛依頼を受けて街を移動する人は多いけど……普通は行き先があって、護衛依頼が運良くあれば受けるものよ」


 マリーアのそんな呟きは、フランツには聞こえていない。


「マリーア、一つだけ依頼があるぞ!」


 一足先に掲示板を見ていたフランツが嬉しそうな表情で振り返るのを見て、マリーアは諦めたように息を吐き出すと、頬を緩めた。


「良かったわね。行き先はどこなの?」

「王領を抜けてヴォルシュナー公国に入ってしばらく進んだ場所にある、ハイゼという名の街みたいだ。ハイゼ子爵が治める子爵領の主都だな。近くに常緑の森と呼ばれる深い森があり、資源が豊富なことで有名だ。ただ奥までは探索の手が進んでいない」

「へぇ〜、詳しいのね」

「この国の地理などは全て頭に入っているからな」


 さらっと告げられた言葉に、マリーアは改めて呆れた表情をフランツに向けた。


「本当に天才なのね……実際に接すると、ちょっと残念な感じなのに。詐欺だわ」

「残念だと言うのはマリーアとイザークぐらいだな」

「まあ、少し遠くから見てる限りは英雄に見えるでしょうからね」


 そう言ったマリーアは、話を戻すように依頼票に視線を向けた。


「それで、その依頼を受けるの?」

「もちろんだ。街を移動する時は護衛依頼でなければな」


 楽しげにそう告げるフランツに、マリーアは首を傾げた。


「でもその依頼、護衛対象はハイゼ子爵みたいよ? 顔が知られてたら大騒ぎになるんじゃない?」

「いや、私の顔はそこまで知られていないから大丈夫だ。安全のためだと言って、父上などが姿絵を禁止にしていたからな」

「……言われてみれば、英雄だと噂にはなってても、顔を知る機会はなかったわね」

「そうだろう? それは貴族でも同じなのだ。子爵程度ならば知っている可能性はかなり低い」

「そうなのね。じゃあわたしはその依頼でいいわよ」


 そうして二人は護衛依頼を受注し、その日は冒険者ギルドを後にした。



 二日後の早朝。護衛依頼の当日ということで、二人は待ち合わせ場所である広場にやってきていた。ハイゼ子爵ら依頼人はまだ来ていない。


「朝方はちょっと冷えるわね」

「そうだな。ただ楽しいと寒さもあまり感じなくなる!」

「あんたは本当に毎日楽しそうね……弱い魔物相手の討伐依頼でも嬉々として剣を振ってるし、あれ楽しいの?」

「楽しいに決まっているだろう?」

「……それならいいわ」


 二人がそんな話をしていると、広場に豪華な馬車が入ってきた。


 品の良い馬車というよりは、少しゴテゴテとした目が痛くなるようなデザインの馬車だ。そんな馬車を見てマリーアは顔を顰めたが、フランツは護衛依頼が楽しくてニコニコと笑みを浮かべている。


 馬車が止まって降りてきたのは、髪型が特徴的な小太りの親子だ。少ない毛量の赤髪を固めているのがハイゼ子爵で、緑髪のキノコヘアで子爵より一回り小さい方が、子爵の嫡男であるスヴェン。


 フランツはもちろんその頭脳を活用し、国内の貴族やその子息子女に関して、名前や顔立ち、さらには好物まで記憶している。


「貴様らが依頼を受けたという冒険者か?」

「はい。本日から一週間ほど、よろしくお願いいたします」

「ふんっ、くれぐれもヘマはするなよ」


 明らかに冒険者を見下した様子で横柄に告げた子爵に続き、スヴェンも馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「冒険者をやるしかないなんて、可哀想なやつらだなっ」「今回はヴォルシュナー閣下がハイゼ警備隊をご所望だったため、冒険者ギルドなんぞに依頼を出したんだ。我々を守れる栄誉に感謝すると良い」


 冒険者を馬鹿にするためだけに降りてきたらしい二人は、それだけを告げると馬車に戻った。


 子爵に馬鹿にされてフランツは怒ってるんじゃ……そう思ったマリーアが恐る恐る横に視線を向けると、フランツの表情はキラキラと輝く笑顔だ。


(やはり冒険者はこのような理不尽にぶつかるものなのだな! ここから実力で自分を認めさせていくあの展開……それが本当にカッコ良いのだ!)


 フランツの内心はこうである。


「あんた、なんで楽しそうなのよ。さっきの言動はいいの? 格下に馬鹿にされたのよ?」

「良いと言い切るのは微妙だが、違法行為ではないし、現在の私には問題がないな。貴族からあんなふうに言葉をかけられることなど初めてで、少しワクワクするぐらいだ」


 そう言い切るフランツに、マリーアはちょっとだけ引くようにフランツから離れると口を開いた。


「あんたって、変態も入ってるんじゃない……?」

「そんなこと初めて言われたぞ?」

「はぁ、まあいいわ。わたしもこんな理不尽は慣れっこだし、フランツが気にしてないならいいの。じゃあ仕事をするわよ」


 それから二人はハイゼ子爵らの護衛と軽く打ち合わせをして、三つある馬車のうち一番後ろの荷馬車に乗ることになった。

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