第8話 騎士団到着と問題解決

 フランツは馬の足音に口端を持ち上げ、孤児院の入り口に向かった。マリーアも困惑している様子だが、とりあえずフランツに付いていく。


 入り口にいたのは……皆の憧れである騎士服を着こなした、五名ほどの騎士たちだった。


「皆、突然呼んですまなかったな。イザーク、さすがの早さだ」


 騎士たちの先頭にいたのは、第一騎士団の副団長であるイザークだ。フランツが声を掛けると、イザークは疲れた表情で馬から降りる。


 そしてフランツの下に向かうと――手にしていた書類でフランツの頭を思いっきり叩いた。


「人使いが荒すぎます!」


 突然叩かれたフランツは、僅かに不満げな表情を浮かべる。


「イザーク、突然の暴行は帝国法……」

「あぁ、はいはい、分かりましたよ。法律違反なんですよね。法律も時と場合によっては臨機応変な適応が必要だって、何度言ったら分かるんですか。というか団長、冒険者になるんでしたよね? なに不正の摘発なんかやってるんですか。そもそも俺は突然休暇を取ったのだって、まだ納得してませんからね」


 次々と捲し立てるイザークに、他の騎士団員は苦笑いだ。

 

 世間的には英雄であり百年に一人の逸材であるフランツだが、第一騎士団員である部下たちはフランツの面倒な部分も知っているため、世間ほどフランツを神聖視はしていない。


「休暇は突然になって申し訳なかった。ただイザーク、やはり冒険者とは素晴らしい職業だぞ」


 そう言って瞳を輝かせるフランツに、イザークは「まだ現実に直面してないのか……」と少し驚いたように呟いてから、手に持っていた書類を差し出して無理やり話を変えた。


「それで、冒険者である団長がなんで俺たちを呼んだんですか。横領ってことですが、いつもの清廉潔白さを発揮してるんじゃないでしょうね。世の中には必要悪というのもあるんですよ」


 そんなイザークの言葉に、フランツは真剣な表情で首を横に振る。


「イザーク、この世には必要悪などないのだ。どんなに小さな罪であっても、法律に反する悪事は全て悪事として罰し、皆が安心して暮らせる国づくりを……」

「分かってます。もちろん分かってます。それが理想なのは分かるんですけどね……はぁ、この話は長くなるしやめましょうか。この孤児院を見る限り、今回は騎士団が介入すべき案件な気がしますし」


 そう言ってイザークが表情を真剣なものに変えて孤児院の建物を見上げたところで、外がうるさいと思ったのか正面扉が開き、そこから院長が顔を出した。


「おい、冒険者の二人……」


 フランツたちを叱ろうと顔を出したのだろう院長は、イザークたち騎士を見ると一気に顔を強張らせる。


「あの男が院長だ」


 フランツの言葉に騎士たちが頷いた。


「了解です。――この孤児院で横領の疑いありとして、強制捜査の許可が降りている。拒否権はないため、このまま中を改めさせてもらう。何かを隠そうとする動きを見せたら、即座に捕縛するから覚悟するように」


 イザークにそう告げられた院長は、「くそッ」と叫ぶように悪態をつくと、一番近くにいたフランツを人質にでもしようと思ったのか、持っていたナイフを抜いてフランツに飛び掛かった。


 しかし素人の攻撃をフランツが喰らうはずもなく……地面に倒れ込んだのは院長だ。


 騎士たちは誰もフランツが負けるとは思っておらず、攻撃を仕掛けた側の院長に憐れみの視線を向けていた。


「イザーク、暴行罪も追加だ」

「分かりました。おい、そいつを縛っておけ」

「はっ」


 それから騎士たちによって一気に孤児院の闇が暴かれていく中で、建物の中で騎士たちの動きを見ていたフランツにマリーアが近づいた。そして視線を前に向けたまま告げる。


「あんた、休暇中って言ったわよね。すぐに冒険者は辞めちゃうってこと?」

「いや、そんなことはない。休暇は戦争で活躍した褒美として二年もらえたからな」


 フランツの言葉に、マリーアは呆れた表情を浮かべた。


「褒美って皇帝陛下からでしょ? それで休暇って……あんたってやっぱりズレてるわね。しかもその休暇でやりたいことが冒険者って」


 そこで言葉を途切れさせたマリーアは、今度はフランツに顔を向けながら問いかける。


「わたしが仲間でいいの?」


 その問いかけに、フランツは不思議そうに首を傾げた。


「なぜ良くないことがあるのだ? 良いに決まっている」

「だってあんた、英雄様って言ったら公国の公子様じゃない。私はただの冒険者だけど」

「冒険者に身分は関係ないだろう? それこそが冒険者の良いところではないか。やはり考えれば考えるほど冒険者とは素晴らしい……!」


 瞳を輝かせたフランツに、マリーアは大きくため息をついた。


「あんたに聞いたわたしがバカだったわ。じゃあ、これからもよろしくね」

「ああ、よろしく頼む」

「そうだ、騒がれないで普通に冒険者がやりたいなら、身分は隠しておいた方がいいわよ」

「やはりそうか。では、できる限りはそうしよう」



 それから一時間ほどで騎士団の捜査は終わり、孤児院の中にいた子供たちは全員が助け出された。

 院長が私腹を肥やすために食事量を減らされていた子供たちは弱っている者もいたため、しばらく療養施設で体力を回復させてから、別の孤児院へと送られることになる。


 子供たちの移動手配まで終わらせたイザークは、フランツとマリーアの下にやって来た。


「団長、ここの院長はかなりの金額を横領していたようです。法に則って罰されるでしょう。また孤児院の監視体制の見直しもしておきます」

「ありがとう。頼んだぞ」

「団長はこれからどうするんですか? 確か国中を巡るんでしたよね」


 イザークの問いかけに、フランツは期待のこもった眼差しで大きく頷いた。


「ああ、その予定だ。冒険者とは旅をするものだからな」

「そうですか。では何かありましたら騎士団や各公国の兵士団などを通して連絡しますので、必ず返事をください」

「分かった。私の返事も同ルートか、冒険者ギルドを通して送ろう」

「お願いします。――では団長、くれぐれも! 何かやらかさないでくださいね」


(私は何もやらかしたことなどないつもりだが……?)


 フランツがそう不思議に思っているうちに、イザークはマリーアに視線を向けた。


「あなたはマリーアさんでしたね。団長の冒険者仲間の」

「そうよ」

「団長が変なことをしないように、ぜひ監視をお願いします。一般の方に頼むのは申し訳ないのですが……」


 そう言って眉を下げるイザークに、マリーアは苦笑を浮かべつつ頷いた。


「構わないわ。この二日でフランツがちょっとズレてるのは分かったもの」

「マリーアさん……! それが分かっている方が団長の近くにいてくれて良かったです!」


 イザークが感動の面持ちで告げると、マリーアはフランツの背中を叩いた。


「これからもよろしく頼むわよ?」


 フランツの顔を覗き込みながら笑顔でそう告げるマリーアに、フランツも楽しげな笑みを見せる。


「ああ、こちらこそよろしく頼む。イザークも騎士団を頼んだぞ」

「はい。なんとか頑張りますよ」


 そうして挨拶をした三人は、それぞれ別れて孤児院を後にした。イザークは他の騎士たちと王宮方面に向かい、フランツはマリーアと共に冒険者ギルドだ。


「そういえば……わたしたちの依頼ってどうなるの?」


 そろそろギルドが見えてくるという頃になってマリーアが言った言葉に、フランツは少しの間だけ固まるとギギギギギッと音でも鳴るようにぎこちなく視線をマリーアに向けた。


「もしかして、私たちの依頼は失敗となるのか?」

「どうなるんでしょうね……依頼元がなくなったということだから、依頼取り消しかしら」

「なんということだ! ではもう一つ街中の依頼を探して受けなければ……」


 真剣な表情でそう呟くフランツに、マリーアは慌てた様子で突っ込んだ。


「ちょっと待ちなさい! 街中の依頼はもう堪能したでしょ?」

「いや、達成していないから無効だろう」

「そんなルールないわよ! というかそもそも、なんで帝国最強とまで言われてるあんたが受ける依頼が、薬草採取と街中の雑用なのよ。人材の無駄遣いにも程があるわ」

「いや、マリーア、やはり冒険者は街中の依頼を達成することで、人々の役に立つ喜びを覚えるのだ」


 少し視線を上に向けてそう宣言したフランツの脳裏には、冒険小説の一場面が思い描かれている。


 そんなフランツを見てマリーアは叫んだ。


「あんたはこの国で一番人々の役に立ってるでしょ!」


 その叫びは冒険小説の世界に向かってしまったフランツには届かず、マリーアは疲れたように呟いた。


「ここまで頑固で思い込みが激しい性格に育てたのは誰よ……」


 この呟きと同時刻、バルシュミーデ公爵を始めとして国の上層部が軒並みくしゃみをしたとかしなかったとか……


 フランツはそんなことも知らずに、上機嫌に歩いていた。





〜あとがき〜

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。

面白いと思ってくださいましたら、ぜひ☆☆☆評価をいただけると嬉しいです!


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