第7話 横領疑惑とフランツの正体

「何のご用でしょう」


 男の問いかけに、フランツが人好きのする笑みを浮かべて対応した。


「冒険者だ。窓拭きの依頼を受けてきたのだが」

「あぁ、そういえば数日前に依頼を出しましたね。私はこの孤児院の院長です。ではこちらへ」


 二人が案内されたのは孤児院の中ではなく庭の方だった。そこは雑草が伸びきっていて、やはり子供は一人もいない。


 それを不思議に思ったのか、マリーアが問いかけた。


「子供たちは誰も遊んでないの?」

「ええ、孤児はそれだけで将来の選択肢が狭まるものです。皆は必死に勉学に励んでいます」

「へぇ〜、偉いのね」


 帝国では読み書き計算、敬語などを教える下級学校には誰でも通えるが、上級学校は試験に突破しなければ通うことができない。

 上級学校卒というだけで引く手数多な人材となれるので、平民の目標とされている。


「ではこちらの布とバケツを使って掃除をお願いします。掃除は外側だけでいいので、終わったら先ほどのように正面扉をノックしてください」

「え、こんなに汚いのに中はいいの?」

「中は孤児たちがやりますから。外側は周辺住民から汚すぎるんじゃないかと苦情が入りましてね、金欠ですが仕方なく依頼を出したんですよ」


 そう言って孤児院の院長は、建物の中へと戻ってしまった。それを見送ってから布を手にしたマリーアをよそに、フランツは厳しい表情で考え込む。


(国から孤児院に支給されている補助金の額を考えるに、この孤児院はあまりにも設備に投資がされていない。ではその金をどこに使っているのかという話になるが……子供たちの教育に投資しているのなら良い。しかし私たちを中に入れないこと、さらに活気がなく暗い雰囲気、これらからして楽観的に考えるのは避けるべきだな)

 

 そこまで考えたフランツは、マリーアに声を掛けられたことで思考の底から浮上した。


「フランツ? あんたも早くやりなさいよ」

「……ああ、分かった」


 フランツは濡らした布を手に持つと、近くの窓から掃除を始める。しかしその視線は、窓から見える建物内に向いていた。

 カーテンが閉められていることでほとんど見えないが、僅かな隙間に目を凝らす。


 そうして孤児院の実情を探るように動いていたフランツの目の前に、突然痩せ細った子供の顔が現れた。


「……っ」


 フランツは叫びそうになったが、瞳を見開くに留めた。その子供とは、孤児院の中にいるここで暮らす孤児だ。


「おいっ、カーテン開けちゃダメって言われただろ!」

「そ、そうだった……」

「早く閉めろ!」

「静かにしろ、怒られるぞ」


 次々と子供の声が聞こえ、カーテンはすぐに閉められた。しかしフランツの瞳にはバッチリと映った。


 小さな部屋にたくさんいる痩せた子供たち。勉強している様子は全くなく、全員が瞳に暗い影を落としていた。


(あの様子では、子供たちの教育に金を使っているということもなさそうだ。それどころか食事も十分に与えていない可能性がある。正面扉に開かれた形跡がないとなると、下級学校にも通わせずに閉じ込めているかもしれないな。では金はどこに消えたのか……考えられるとすれば、あの院長の懐か)


 そう判断したフランツの行動は早かった。


 フランツの行動原理の第一は、世の中に蔓延る悪の撲滅だ。それは冒険者になりたいという夢や、できる限り身分は明かしたくないという望みを容易に上回る。


「マリーア、少しだけ用事があるので席を外す」


 フランツはマリーアにだけ一言告げると、孤児院の敷地内を後にした。


 突然置いて行かれたマリーアは……訳が分からず叫ぶ。


「あんたがやりたいって言った依頼なのよ!?」



 孤児院を出たフランツは、急いで近くにある帝都警備隊の詰所に向かった。冒険者の格好のため中に入ると一般人として遇されそうになるが、それを片手で止める。


「申し訳ない。このような格好をしているが、フランツ・バルシュミーデだ。第一騎士団の団長をしている。これが証の紋章だ。一つ騎士団に伝言を頼みたいのだが良いだろうか」


 フランツにそう声をかけられた警備兵は……突然目の前に現れた英雄に、完全に固まった。


 それを見て少し遠くにいた上役が、辛うじて体を動かしてフランツの下に向かう。


「だ、第一、騎士団長様……で、伝言ならば私が」

「ありがとう、すまないな。第一騎士団の副団長であるイザーク・ホリガーに、この地区にある孤児院で横領の疑いがあるため強制捜査の手続きを済ませ、最速で孤児院へ来るよう伝えてほしい。孤児院に関する書類も持参するようにと」


 その言葉を聞いた警備兵は、孤児院で横領という深刻な事実に瞳を見開く。そして真剣な表情ですぐに頷いた。


「かしこまりした。すぐに伝達いたします」

「頼んだ」

 

 そうして騎士団長という身分を使い問題解決に乗り出したフランツは、警備兵たちにいくつか指示を出して孤児院に戻った。



 孤児院の庭に入りマリーアに声をかけると、ジトっとした半眼で見つめられる。


「マリーア、すまなかった。仕事を放置するなどあってはならないことだ。やはり冒険者という仕事を完璧にこなすのは難しいな。私はこれからマリーアの二倍は働き……」


 フランツがそこまで告げたところで、孤児院の院長が裏口から顔を出し、ジロッと二人を睨みつけた。


「まだ終わらないのでしょうか? こっちは金を払ってるんですから、真剣にやってもらわないと」

「すみません。もう半分は終わりましたので」

「はぁ……できるだけ早くお願いしますね」


 院長がまた中に戻っていったところで、マリーアは小声でフランツに問いかけた。


「それで、何を企んでるのよ。あんなに街中の雑用がやりたいって主張してたあんたが、途中で抜けるなんておかしいでしょ。この孤児院がおかしいのと関係あるの?」


 真剣な表情でフランツを見上げるマリーアに、フランツは質問で返した。


「その説明をするには私のことを話さなければいけないのだが、聞いてくれるか? 先ほど森では聞きたくないと言っていたが」


 難しい選択を迫られたマリーアは、少しだけ悩んだがすぐにしっかりと頷く。


「やっぱり聞くわ。仲間に隠し事はない方がいいものね」


 その返答にフランツは笑みを浮かべ、マリーアを建物から離れた場所に呼ぶと、躊躇うことなく自分の身分を告げた。


「私はこの国の第一騎士団で団長をしているのだ。まあ今は休暇中のためそこまで気にする必要はない。ただ今回は不正に気付いたため、身分を使って解決を図ろうと帝都警備隊の詰所に向かっていた」

「き、気にする必要はないって……気にするわよ!」


 思わず大きめの声で叫んだマリーアは、ハッと我に返って自分の口を塞ぐと、フランツに顔を近づけて混乱をそのまま口にする。


「ちょっと待って、第一騎士団の団長って、この前の戦争で帝国を勝利に導いたっていう英雄よね? え、何で冒険者なんてやってるのよ。休暇中って何? というか不正って言った?」


 マリーアが混乱の最中にいると、突然二人の耳に馬が駆ける音が届いた。

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