第5話 フランツの規格外な実力
フランツとマリーアがそれぞれ剣と杖を構える中で森から飛び出してきたのは、汗だくで今にも倒れ込みそうな状態の冒険者が三人だった。
前衛なのだろう剣を持った男女が二人に、魔法使いの杖を持った男が一人。三人は森から飛び出してフランツたちを視界に入れた瞬間に、悲痛な叫び声を上げた。
「そこの二人、早く逃げろ……!」
「森の奥にある岩間に、ゴブリンの巣があったんだ!!」
「魔法を使える個体もいるわ!」
ゴブリンの巣、その言葉を聞いた二人は表情を真剣なものに変えた。ゴブリンとは魔法を発動できない単体であれば、戦闘訓練を受けてない一般人でもなんとか撃破できる程度の魔物だが、巣があるとなると話は変わってくる。
繁盛力が異常に高いゴブリンは、巣があると数百の個体が存在していることもあり、数は脅威となるのだ。
「どうする? ここは引いてギルドに知らせる?」
「いや、三人を追ってきているゴブリンが多数いるようだし、引けば被害が出るだろう。ここで叩く」
瞳に強い力を宿してそう言ったフランツに、マリーアは杖を握る手に力を入れて頷いた。
「分かったわ」
二人に魔物を擦りつける形となってしまった冒険者三人が顔色を悪くする中、森を飛び出したゴブリン数匹がフランツにターゲットを移した。
「ギャッギャッ」
不気味な声を発しながら、手に持っている木の棒を振り上げてフランツに飛び掛かる。
しかしその攻撃がフランツに届くことはなかった。剣を抜いたフランツは思わず見惚れてしまうような、流れる動作でゴブリンを切り裂いていく。
さらに森の中から水球を放ってきたゴブリンには、一瞬のうちに練り上げた魔力で石弾を放ち、脳天を正確に撃ち抜いた。
次々と現れるゴブリンは数十匹にも及んだが、フランツはかすり傷一つ負っていないどころか、汚れ一つついていない。
「あんた……反則級に強いじゃない! わたしにも出番を分けなさい!」
しばらくフランツの動きを呆然と見つめていたマリーアは、ふと我に返るとそう叫び、杖を握り直した。
そして魔力を練ると数本の大木を切り裂くような、強力な風の刃を放つ。それによってたくさんのゴブリンが切り裂かれた。
「おおっ、凄いな」
「また来るわよ!」
それから数分で、三人の冒険者を追いかけていたゴブリンは壊滅した。数にして百を少し超えるほどだ。
「とりあえず、追ってきていたのはこれで全部か。ただ巣があるなら壊滅に向かわなければ」
「そうね。潰しておかないとまたすぐに増えるわ」
「この場はどうするか……」
周囲を見回したフランツの瞳には、ゴブリンが死屍累々として山を成していた。マリーアもそんな現状を把握すると、少し離れたところで口をぽかんと開けて立ち尽くしている三人の冒険者に視線を向ける。
「あんたたちー! このゴブリンの処理、任せるわよ! 魔石はあげるわ!」
マリーアに声をかけられ、三人はハッと我に返った。
「え、ちょっ、ちょっと……お前ら強すぎないか!?」
「すげぇな!」
「本当に魔石をもらっていいの!?」
三人からの返答に、マリーアはフランツに視線を向ける。
「魔石あげてもいいわよね?」
「構わない」
「片付けてくれるならあげるわー! じゃあ、よろしくね!」
そうして片付けを三人に頼んだフランツとマリーアは、ゴブリンたちの痕跡を辿る形で巣に向かって森の中に入った。
その道中で、マリーアが少しだけ躊躇いながらフランツに問いかける。
「あんた――なんで冒険者になったのよ。というかあんなに強いのに、今更冒険者登録した理由は?」
聞いても良いのかと躊躇っているのだろうマリーアが、緊張の面持ちでフランツの回答を待っていると、フランツはなんの躊躇いもなく答えた。
「私が冒険者になった理由か? それは、憧れの職業だからに決まっている」
そう言って瞳を輝かせたフランツに、マリーアはガクッと体を傾かせた。
「人が緊張しながら聞いたっていうのに……」
小さく呟いたマリーアは、ふっと頬を緩める。
「じゃあ、その憧れの冒険者を堪能するわよ」
「ああ、ゴブリンの巣から皆を守るのはまさに冒険者だからな!」
森の中を十分ほど進んだところで、二人は近くの大木に身を潜めて少し先に視線を向けた。そこには岩壁があり、大きめなその隙間からは中の様子が窺える。
中には……数え切れないほどのゴブリンがひしめき合っていた。木材や植物でベッドや家のようなものも作られている。
「かなりの大きさだな」
(ここまで気づかなかったのは問題だ。帝都周辺の警備は第一騎士団の仕事、見回りのやり方を変更すべきだな。ただ騎士だけでは人手が足りないのも事実……冒険者ギルドとも連携を強化するか)
フランツが休暇中であることも忘れて今後について考え込んでいると、マリーアがフランツの服を軽く引いた。
「何止まってんのよ。一度引く?」
小声で問いかけられたフランツは、首を横に振った。
「いや、この程度の規模であれば問題ない。それに出入り口は狭いし、周囲を取り囲まずともゴブリン共に逃げられる可能性は低いだろう。私たちだけで壊滅可能だ」
迷いなく言い切ったフランツに、マリーアは楽しそうに口角を上げた。
「さっきの戦いぶりからして、あんたの言葉は信じられるわね。じゃあフランツ、派手にいくわよ」
そう言って握り拳を突き出したマリーアに、フランツも楽しげに口端を持ち上げて拳をぶつけた。
まずは抜剣したフランツが大木の影から飛び出し、ゴブリンの巣に向かって一直線に進んでいく。走りながら魔力を練って、放射状に広がる雷撃を放った。
雷撃は派手な音を響かせながら、ゴブリンたちを次々と襲う。少しでも雷撃に触れたゴブリンは、嫌な匂いと僅かな黒い煙を発しながら、バタバタとその場に倒れ込んだ。
倒れたゴブリンは完全に無視し、フランツは雷撃から運よく逃れたゴブリンを端から切り倒していく。
「石弾の次は雷撃なんて……あんた何属性使えるのよ!」
悔しさと称賛が入り混じったような声音で叫んだマリーアは、フランツに遅れないようゴブリンの巣に向かうと、杖を振り上げて魔力を大きく練り上げた。
そして巣の後方、まだフランツが手を出せていない場所にトルネードを放つ。
周囲への影響を最大限に抑えた、かなり高度なコントロール下に置かれたトルネードは、的確に敵であるゴブリンのみを飲み込んでいった。
トルネードによって宙に巻き上げられ、壁に吹き飛ばされ、また地面に落下させられ、ゴブリンたちは次々と息絶えていく。
「頼もしいな」
それから数分後には、ゴブリンの巣の中で立っているのはフランツとマリーアだけになった。
「マリーア、君の風魔法は凄いな。今まで私が出会ってきた風魔法使いの中で一番だ。どうやってそれほど高度なコントロールを身につけたんだ?」
フランツの素直な賞賛に、マリーアは呆れた表情を浮かべる。
「あんたね……褒めてもらえるのは嬉しいけど、私の魔法よりもあんたの強さの方が異常よ! 当たり前のように攻撃魔法を二属性使ってるけど、攻撃魔法として実戦で使えるほどに使いこなせる属性は、普通一つだけでしょ!」
ずいっと顔を近づけて詰め寄るマリーアに、フランツは苦笑を浮かべつつ両手を上げた。
「確かに普通はそうだが、割と私のように複数属性を使いこなす者もいる。鍛錬次第だぞ?」
帝国で最高峰の人材が集まる騎士団基準であるフランツの言葉に、マリーアは疑いの目を向ける。しかしその内容は魅力的だったのか、次第に詰め寄る勢いをなくした。
「……そうなの?」
「ああ、もちろん嘘など言わない。そうだ、私が鍛錬方法を教えよう。私は全ての属性が攻撃魔法レベルで使えるので、どの属性でも指導可能だ」
人好きのする笑みを浮かべながらさらっと発されたフランツの言葉に、マリーアはこれでもかと瞳を見開いた。
「全てって……それはさすがにおかしいでしょ! あんた何者なのよ!」
マリーアの問いかけに、フランツは少しだけ悩む。
(仲間には正直に私の身分を明かした方が良いのだろうか。悩みどころだ……)
そうして悩んでいる間に、マリーアが我に返ったのか先に口を開いた。
「ごめんなさい、聞かれたくないこともあるわよね」
「いや、別に話しても構わないのだが……」
「いい! いいわ。聞かない方がいい気がする」
首を横に振るマリーアに、フランツは不思議に思いながらも頷いた。
「別に聞いたからといって何もないだろうが、マリーアがそう言うならば従おう」
そう言って周囲に転がるゴブリンだったものに視線を向けるフランツに、マリーアは安堵のため息を吐いた。
「じゃあ、ここはこのままにして戻るわよ。片付けは巣の調査も兼ねてギルドに任せちゃいましょ」
「そうだな。どの程度の規模だったのか分かるようにするため、現場保存をしよう。入り口に土壁などを作っておけば十分なはずだ」
二人は岩間から森に戻ると、その出入り口にフランツが魔法で蓋をした。軽くハンマーなどで叩けば、すぐに壊れるほどの強度に調整された土壁だ。
「では戻ろう」
「そうね」
森の入り口でゴブリンの片付け途中だった三人の冒険者に声をかけ、二人は足早に帝都の中央ギルドに戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます