第3話 その頃、王宮では

 フランツが居酒屋でマリーアと共に酒を飲んでいた頃。王宮の一室では、緊急会合が開かれていた。


 参加しているのは皇帝と宰相、さらにフランツの右腕として働いていた第一騎士団の副団長であるイザーク・ホリガー、そしてフランツの父親であるバルシュミーデ公爵だ。


「まさか褒美を取らせる話が、こんなことになるとはな」

「皇帝陛下、本当に二年もの休暇を与えて良かったのですか? フランツ騎士団長の存在は我が国にとって大きなものですが」


 皇帝の呟きによって会合は開始となり、まず口を開いたのは宰相だ。その言葉に皇帝は眉間に皺を寄せながらため息を吐く。


「はぁ……それは分かっておる。ただなんでもと言った手前、叶えんわけにはいかないだろう。それにフランツ騎士団長がやることならば、何かしらの意味があるはずだ」


 幼少期から神童と噂され、帝国で最高峰の帝立学園を主席入学、そして主席卒業し、高レベルでの文武両道を実現。さらには正義感に溢れた素晴らしい人格者であり、騎士として次々と功績を立て、隣国との戦争にて完全勝利に大きく貢献した。


 ここまでの経歴を並べられては、皇帝はフランツに絶大な信頼を置いていた。それは宰相も同じだ。


「確かにそうでございますね。底辺職と言われる冒険者をやることに何の意味があるのか……凡才の私には予想もつきませんが」


 冒険者とはシュトール王家によって、貧民の受け皿確保という目的のために作られた職業だ。さらには魔物の被害防止と魔物素材の収集という目的もあるため、冒険者の仕事は危険でキツいものばかりになっている。

 それゆえに、他の仕事ができない者が行きつく職業、底辺職と言われているのだ。


「我にも分からん。天才の考えは、周囲の者には分からんものなのだろう」


 そう言って皇帝と宰相が納得している中で、イザークと公爵は微妙な表情を浮かべていた。特にイザークは苦々しい表情だ。


(絶対になんの意味もないだろうな。あの人、冒険者に憧れてるって言ってたし。というかなんでここまで高評価なのか……確かにあの人は天才だと思う。それは認める。でも頑固で融通利かないし、清廉潔白すぎて面倒くさい人なんだよなぁ)


「イザーク副団長、第一騎士団はフランツ騎士団長不在で回るか?」


 イザークがフランツのことを考えていると、皇帝がそう問いかけた。それにイザークは一瞬で意識を切り替え、皇帝に真面目な表情を向ける。


「はい。団長がしっかりと不在時の対応に関して残してくださいましたので、問題なく運用できるかと思います。ただ団長の求心力がなくなるのは痛いため……定期的に騎士たちの士気が上がるようなイベントを開催していただけると助かります」

「それは各騎士団同士の交流戦などか?」

「もちろんそれもありがたいですが、皇帝陛下に顔を出していただけると皆の士気も上がるかと」


 イザークのその言葉に、皇帝は「ふむ」と呟きすぐに頷いた。


「では数ヶ月後にでも、訓練の視察をしよう」

「ありがとうございます」

「お主の副官などを増やす必要はあるか?」

「そうですね……」


(正直、あの人がこなしていた仕事は膨大で、それを全て肩代わりするのはかなり難しい。ただ新しい人を入れるのもリスクが高いんだよなぁ……)


 フランツはちょっとした不正とも言えないような誤魔化しも見逃せないため、部下たちにも高い清廉潔白さが求められ、馴染める者が少ないのだ。

 今まで何人もの部下がフランツによってクビにされたのを見てきたイザークは、新たな人材を雇うのに消極的だ。


(正しいのはあの人だっていうのも、難しいところなんだよな)


 色々と悩んだイザークは、首を横に振った。


「とりあえずは現状の人員で頑張ってみます。ただどうしても回らないようであれば、またご相談させていただけるとありがたいです」

「分かった。ではその時には要望を出すように」


 イザークにそう言って話を終わらせた皇帝は、今度は公爵に視線を向けた。


「バルシュミーデ公爵はフランツ騎士団長から何かを聞いていたのか?」

「いえ、何も聞いておりませんでした」

「そうか、バルシュミーデ公国の方に問題はないか?」

「そうでございますね……フランツは公爵家の仕事をしているわけではございませんし、大きな問題が起こることはないかと思います」


(というよりも、問題は我が領地ではなく、これから一人で自由に動き回るフランツ本人だろう。あいつは確かに天才だが、ちょっと大切に真面目に育てすぎたのか、浮世離れしたところがあるからな……何も問題を起こさなければ良いが)


「分かった。ではバルシュミーデ公爵も何かあれば我に伝えるように」

「かしこまりました。ご配慮感謝いたします」

「フランツ騎士団長の休暇によって、国がどう良くなるのか楽しみであるな」


 そう言って上機嫌な笑みを浮かべた皇帝と、その言葉に頷く宰相に対して、イザークと公爵の心の声はほとんど一致していた。


(団長、頑固さを発揮して問題を起こさないでくださいよ……)

(フランツ、問題を起こしてくれるなよ)


 それからも四人での会合は、フランツに対する評価のすれ違いが起きたまま、しばらく続けられた。



 ♢



マリーアが寝泊まりしている宿の一室を借りたフランツは、朝日が昇る頃に目を覚まして早朝の鍛錬をしっかりと行なった。


 フランツが幼少期から欠かさず行なっているルーティンで、高熱が出てベッドから出られない時以外は休んだことがない。

 昨夜はマリーアと常人なら倒れるほどの酒を飲んだというのに、全くその片鱗を感じさせない爽やかさだ。


「あんた、本当に昨日飲んでたのお酒だったの?」


 ふわぁと大きな欠伸をしながら、宿の前で剣を振るフランツに声をかけたのはマリーアだ。


「もちろん酒だ。昨日は冒険者を堪能できてとても楽しかった」

「そう、それなら良かったけど」


 そこで言葉を切ったマリーアはフランツの顔をじっと見つめると、昨日を思い出すようにして口を開いた。


「冒険小説の冒険者に憧れてるって、あれ本当の話よね?」

「もちろんだ。私はずっとあのような冒険者になりたいと願っていた。素晴らしき職業に就けて幸せだ」


 昨夜、冒険者への憧れを輝く瞳で語られたマリーアはさすがにこの言葉が本心だと理解しているようで、疲れたように息を吐き出す。


「あんたみたいな純粋な大人、どうやったら出来上がるのかしら。――でもまあ、わたしは嫌いじゃないわよ」


 フランツには聞こえない声音でそう呟くと、マリーアは笑みを浮かべながらフランツの下に向かった。


「今日はさっそく依頼を受けるわよ?」

「ああ、楽しみだ!」

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