第2話 初めての仲間は赤髪美女

「なっ、突然わけが分からねぇことを言いやがって! お前らやっちまえ!」


 酔っ払い冒険者は同じテーブルで酒を飲んでいた仲間を呼び寄せ、全員でフランツに飛びかかった。しかし帝国最強騎士であるフランツ、この程度の冒険者が何人束になったところで叶うはずもない。


 流れるような動きで、酔っ払い冒険者たちはその場に倒された。


「……冒険者は皆の憧れゆえ、このような犯罪者が成りすます対象となってしまっているようだ」


 そう呟いたフランツは、どこからか取り出した縄で酔っ払い冒険者たちの手首をまとめて縛り上げる。


(最初にこのような輩と出会えたのは幸運だったな。これで冒険者に降りかかっていた悪意は払えただろう)


 フランツは満足気な笑みを浮かべると、近くにいたギルド職員に声をかけた。


「そこの方、少し良いか?」

「はっ、はい……!」

「帝都警備隊を呼んで来てもらいたい。この者たちを引き渡したいのだ」

「か、かしこまりました!」


 職員が慌ててギルドを出ていくのを見送ったところで、フランツは別の酔っ払い冒険者に声をかける。いや、すでに先程の戦闘を目にしたことで、酔いは完全に覚めている様子だ。


「そこの方々、頼みがあるのだが」

「はいっ、なんでしょうか……!」


 フランツの強さを目の当たりにした冒険者たちは、一斉に立ち上がった。


「こいつらが逃げぬよう、縄を持っていて欲しいのだが良いだろうか。私は冒険者登録を済ませてしまいたい」

「も、もちろんです!」


 酔っ払い冒険者たちは即座に動き、先ほどフランツを襲った冒険者たちを取り囲んだ。さらにはナンパをしていた冒険者たちも、恐怖からかフランツに笑みを向けながら一つの受付を指し示す。


「こちらの受付で、登録ができます……!」

「そうか、ありがとう」


(やはり冒険者とは素晴らしい者たちの集まりだな。即座に犯罪者捕縛に協力してくれ、さらには初心者に優しく指導をしてくれるのだから)


 実際はフランツが怖いからこそであるが、それには気づかないフランツだ。


「冒険者登録をしたいのだが、手続きを頼んでも良いだろうか」

「もちろんですっ」


 フランツが声をかけた受付の女性は、先ほどの一方的な捕縛を見ていたからか、緊張して顔を強張らせながらも必死にいつも通り手を動かした。書類に記入してもらい、冒険者カードを作成する。


「ぼ、冒険者ギルドの説明はお聞きになりますか……?」

「ああ、聞いておこう」

「かしこまりました……冒険者の皆さんにはあちらに貼られた依頼を受注、達成していただきます。依頼達成によって報酬が支払われる仕組みです。ただ冒険者にはランクというものがあり、ご自身のランクより一つ上の依頼までしか受けられません。ランクはFからAまでの六段階が基本で、依頼達成の実績とCランク以上は実技試験などによって上がり、Aで多大な功績を上げるとSという特別なランクもあります。ぜひランクアップを目指してください」


 そこで言葉を切った女性は、まだ少し緊張している様子ながらもフランツを見上げた。


「ありがとう、よく分かった。また何かあれば質問させてもらう」

「も、もちろんです……」


 そうしてフランツがFランクのカードを受け取ったところで、誰もが遠巻きにしているフランツに声をかける者がいた。


 鮮やかな赤髪ショートヘアに魔法使い用の杖を持った、若い女性だ。


「ちょっといいかしら?」

「ん、なんだ?」


 さっそく依頼を見に行こうとしていたフランツは、女性の声にそちらを振り向く。


 すると女性はフランツに近づき、まじまじと近くから顔を見上げた。さらにはペタペタと体に触り、筋肉を確かめる。


「顔よし体よし、さっきの戦いぶりも強かったし……もし嫌じゃなければ、わたしの仲間にならない? 前衛が欲しかったのよ」

「仲間っていうのは?」

「パーティーを組まないかってこと」


 パーティーという言葉に、フランツの表情は一気に明るく輝いた。


 冒険者というのは数人一組で活動することが多く、その少人数組織のことをパーティーと呼ぶ。冒険小説では必ずと言って良いほど出てくる存在だ。


「ぜひ仲間になろう」


 即決したフランツに、仲間に誘った女性の方が困惑の表情を浮かべた。


「そんな簡単に決めていいの? わたし、思ったことをストレートに言いすぎて皆に嫌われてるけど」

「問題ないな、嘘を言われるより良いだろう。私は正直者が好きだ。それに冒険者というのは、最初に出会った仲間が生涯の相棒になるものだからな!」


 冒険小説の読みすぎである。


「んー、よく分かんないけど、まあ仲間になってくれるならいいわ。じゃあこれからよろしくね。わたしはマリーアよ」

「私はフランツという。よろしく頼む」


 二人は笑顔で握手をした。そうして一つのパーティーが生まれたところに、ちょうど帝都警備隊が数人やってくる。


「こちらで乱闘があったと聞いたのですが」

「ああ、呼んだのは私だ」


 フランツは笑顔で酔っ払い冒険者から犯罪者たちを受け取ると、縄で縛ったまま帝都警備隊に引き渡した。帝都警備隊の面々は何気なくフランツに視線を向け――そのうちの一人が、瞳をこれでもかと見開いた。


「だ、だ、だ、第一の、騎士団の……!?」


 慌てすぎて何を言っているのか分からない有様の警備兵に、他の兵たちは怪訝な視線を向けた。他の兵はフランツの顔を知らないようなので、その警備兵が慌てている理由が分からないのだろう。


「おい、どうしたんだ?」

「人の顔見て失礼だぞ」

「もしかして私のことを知っているのか? 今は休暇中で……」


 フランツは名乗ろうと口を開きかけたが、ふとある考えが頭をよぎって口を閉じた。


(第一騎士団の騎士団長という身分を明かすと、冒険者ではなく騎士団長になってしまわないか……?)


 急を要さない限りは身分は明かさないと瞬時に決め、フランツは笑みを深めた。


「知り合いにでも顔が似ているのか?」


 そう言われた警備兵は、こんなところに冒険者の格好で騎士団長がいるはずがないと思い直したのか、慌てて頭を下げる。


「も、申し訳ございません! 人違いだったようで……」

「そうか、別に構わない。ではこの者たちを頼んだぞ」

「はっ、ご協力感謝いたします」


 そうして素晴らしき冒険者ギルドに巣食っていた悪を取り除いたと満足したフランツは、上機嫌でマリーアに視線を向けた。


「ではマリーア、冒険者御用達の居酒屋を教えてくれないか。やはり夜は仲間と酒を酌み交わすのが冒険者だろう?」


 マリーアは酒を好んで嗜んでいたため、フランツのその提案を聞いて楽しそうに口角を上げた。


「ふふっ、わたしは強いわよ?」

「おっ、望むところだ」


 そうしてフランツの冒険者一日目は、各店舗や冒険者ギルドにちょっとした波乱を巻き起こしながらも、概ね平穏に過ぎていった。

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