最強騎士の勘違いは世界を救う

蒼井美紗

第1章 最強騎士、冒険者になる

第1話 褒美は長期休暇

 大陸で一番の大国であるシュトール帝国。その中心地である帝都の王宮にて、隣国との大戦で多大な戦果を上げた騎士を労うため、謁見が行われていた。


 シュトール帝国の皇帝であるグスタフ・シュトールが告げる。


「フランツ・バルシュミーデ第一騎士団長。先の大戦では前線で軍を率いての出陣、誠に見事であったと聞いておる。そなたの活躍あっての完全勝利であったそうだな」

「賛辞のお言葉、ありがたく頂戴いたします。しかし騎士たちの力あってのこと、私も一翼に過ぎません」


 一騎当千と言われるほどの活躍を見せたフランツが述べた謙遜の言葉に、皇帝は関心するように頷くとまた口を開いた。


「しかしお主がいたからこそ、騎士たちも力を発揮できたのも事実であろう。そこで我としては、お主に褒美を取らせようと思う。なんでも言ってみよ。叶えてしんぜよう」


 皇帝のなんでもという言葉に、それまで真面目な表情を崩さなかったフランツは僅かに口端を持ち上げた。


 そして昂る気持ちを抑えて一言。


「では、長期休暇をいただきたく思います」


 フランツが発した言葉は謁見の間に響き渡り、しばしの静寂を作り出した。


「長期休暇、と言ったか?」


 静寂を破ったのは、皇帝の困惑が滲んだ言葉だ。


「はい。私は十五で帝立学園を卒業してから五年間、騎士として祖国のために働いてきました。その日々はもちろんとても充実した素晴らしいものでしたが……どうしても叶えたい夢が一つあるのです」


 フランツが口にした夢という言葉は、皇帝だけでなく謁見の間にいた全ての者の興味を引いた。


 シュトール帝国にある五つの公国、そのうちの一つであるバルシュミーデ公国を治める公爵家の直系に次男として生まれ、頭脳明晰で剣術と魔法の才に恵まれ、百年に一人の逸材とまで言われた男が叶えたい夢とは何なのだろうか。皆が期待の眼差しを向ける。


 人類の悲願である外海の探索か、前人未踏である大樹海の開拓か、人類では不可能とされている霊峰の頂に挑むのか、それとも後世に名を残すような研究か――そんな期待が膨らむ中で、皇帝が問いかけた。


「して、その夢とはなんなのだ?」

「それは――冒険者になることです!」


 瞳を輝かせて頬を紅潮させ、皆が想像していた人類の夢の数々を口にしたかのような表情で告げたのは、帝国で底辺職と言われている冒険者への憧れだった。


 誰もが聞き間違えかと己の耳を疑う。


「……ぼ、冒険者、と言ったのか?」


 皇帝が玉座の背もたれから体を起こし、前のめりで聞き直した。


「はい。私は冒険者となり、国を巡りたいと思っております。もし休暇をいただけるのであれば一年……いや二年いただけると、とてもありがたく思います」


 フランツがあまりにも自然と冒険者になりたいと語ったことで、皆の頭にはある可能性がよぎった。そう、冒険者になることに何か大きな意味があるのではないかという可能性だ。


 帝国最強の騎士、百年に一人の逸材がやることには必ず深い意味があるはずだと、皆が頭をフル回転させる。


(ついに幼少期から憧れていた、あの冒険小説の主人公のようなカッコいい冒険者になれる時が来た……!)


 フランツの心の内はこの通りであったが、それが分かる者は誰もいない。


「……分かった。先の戦争により情勢は安定したと聞いている。フランツには二年の休暇を与えよう。しかし休暇途中に何かあれば、呼び出す可能性は考慮しておいて欲しい」

「かしこまりました。ありがたき幸せにございます」


 頭を下げたフランツの顔には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。



 ♢



 謁見終了から数時間後。フランツは優秀な頭脳を活かして引き継ぎを最速で終えると、必要最低限の荷物を持って騎士寮を後にした。


 そして向かうは、もちろん庶民向けの服飾店だ。冒険者になるにはまずは形からということで、公爵家子息としての私服からワイルド路線のちょっとゴツい服に着替える。


「店主! どうだ、似合っているか?」


 試着室から出てきたフランツに、店主の男は引き攣った笑みを浮かべた。安い庶民服しか扱っていない店に、突然どこからどう見ても高位貴族である男がやってきたら、それは戸惑うだろう。


「お、お客様には、こちらの方がよろしいかと……」


 意を決した様子の店主が差し出したのは、この店では一番上等な服だった。ワイルド路線の庶民服を着たフランツは、店主がお世辞も言えないほどに似合っていなかったのだ。


 さらさらと輝く金髪に翠色の美しい瞳、整った顔立ちにしっかりと付いた筋肉、しかし受ける印象はスラッと手足が長い体格。

 誰が見ても美しくカッコいいと評すその容姿に、ワイルド路線の服は厳しい。


「そうか? 私はこれが気に入ったのだが」


(いかにも冒険者という服装で気合が入るのだが……私は服装に関しては素人だ。ここはプロである店主の意見を採用しよう)


「そちらも着てみよう」


 そうして服飾店、武具店、防具店、雑貨店と各種店舗で店主たちを困惑させながら買い物を済ませたフランツは、一応見た目だけならなんとか冒険者に擬態した。


「よしっ、これで完璧だ。ではさっそく、冒険者ギルドで登録だな」


 足取り軽く向かう方向を変えたフランツは、冒険者ギルドの本部である帝都中央ギルドに向かった。


 

 ギルドに到着して入り口の扉に手を掛け、フランツは期待に胸を膨らませながら扉を開く。


 この先にいるのはあの冒険小説の主人公のような、命懸けで魔物を倒して皆を救い、貧しい者たちの助けとなり、果てには国を救うような英雄たちなのだ。

 自分もそんな冒険者の仲間入りだと、フランツの頬はこれ以上にないほど緩んでいる。


 扉を開けた先にあった光景は――まだ夕方であるこの時間からギルド併設の食堂で酒に呑まれてる冒険者と、受付のギルド職員に下卑た笑みを向ける冒険者だ。


 そんな酷い光景を見てフランツが思ったのは――


(やはり冒険者はワイルドなのだな……! 普段は凄い存在だということをひけらかさない冒険者が、いざという時に命をかけて皆を守るのがカッコいいのだ。この時間から酒を飲んでいるのは体の毒性を高める訓練か……そして受付のギルド職員と仲を深めるのは情報収集が目的だろう。さすが冒険者だな)

 

 フランツの冒険者に対する評価はとにかく高かった。そしてフランツは高貴な生まれの上に幼少期から天才だ神童だと、とにかく大切に育てられたため、世の中の悪を理解していない部分がある。


 もちろん悪事を働く者がいることは知っているが、その割合はかなり低く、それ以外の善良な人間は大多数が賢く優しく正義を持っていると考えている節があるのだ。


 それゆえにただの酔っ払いとナンパが、フランツの中では高尚な行動に置き換わった。

 もちろん冒険者たちに、フランツが考えたような意図があるはずもない。


「おいっ、そこのお前! ニコニコニコニコ、うざってぇんだよ!」


 酔っ払い冒険者の一人が、酒を手にしたままフランツに食ってかかった。


「依頼者かぁ?」

「いや、私はこれから冒険者登録をするところだ」

「はぁ? お前みてぇなお綺麗な面してるやつが冒険者だなんて笑わせるぜ! 底辺しかいねぇ冒険者になって、優越感に浸ろうってか!?」


 容姿が良いというだけで冒険者以外の職種に苦労せず就職できることは周知の事実なため、酔っ払い冒険者はフランツのことを冷やかしだとしか思っていない。


「いや、そんなことはない。先輩冒険者の皆さんにはたくさん学ばせてもらいたいと思っている」

「白々しい嘘を言いやがって……! 俺らを馬鹿にしてんだろ!?」


 そう叫んだ酔っ払い冒険者は、酒が入ったグラスでフランツの側頭部に殴りかかった。


 しかしその攻撃はフランツに当たることなく片手で軽々と防がれ、さらには衝撃で飛び散ったビールはフランツの高度な風魔法によって、一滴もフランツに掛かることなく床に落ちた。


 突然殴りかかってきた酔っ払い冒険者に向けるフランツの瞳は――先ほどまでの人好きのする柔らかな眼差しではなく、絶対零度の冷たい視線だ。


「街中での突然の暴行は帝国法第七条第一項、正当な理由なしに他者へと危害を加えることを禁ずる、との法律に違反している。お前のような無法者に、素晴らしき冒険者を名乗る資格などない! 冒険者の名を貶める行為、許さんぞ!」


 フランツは怒っていた。自身に対して危害を加えられたことに対してではなく、冒険者の地位を貶めるような行動をした酔っ払いに。


 周囲の者たちは思った――怒るところ間違えてない?






〜あとがき〜

読んでくださった皆様、ありがとうございます!

面白いと思ってくださいましたら、ぜひ作品フォローをして更新を楽しんでいただけたら嬉しいです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る