第11話 砂に埋もれた記憶

 ブーツが踏み出すたび、ザッ、ザッ、と砂が音を立てる。

 とはいえ、僕は浮いているので足音が鳴るのはとなりだけ。たまにしばらく歩くと、彼は服についた砂を叩いて払う。服が大部分黒いので、この砂は目立つ。

「何度か経験はあるが、こういう地域を歩くのも難儀なものだ」

 そうは言うものの、最初は「この砂の成分も調べたい。貴重なものかもしれない」と大事そうに瓶にすくって入れていた。それがもう、厄介者扱いとは。

「なら、完全に砂が近寄れないようにすればいいのにさ。できるでしょ……トゲのある植物も避けられるはずだね」

 言いながら僕は、彼が服に絡みやすい植物の一種を絶滅させたという龍神の話を思い出していた。

「それは可能だけれども……完全に遮断してしまうと、旅をしている感触が薄くなる」

「砂が厄介だから土に変えようとか、植物を絶滅させるくらいならそっちの方がいいと思うけれどねぇ」

「今はそんな真似はしない。わたしも昔より成長しているんだ」

 気の遠くなるほど生きているはずの大魔術師の言い分に、少し笑えてしまう。

 でも、僕だって自分の感覚では幼体の今は成体とは大きく違うしまだまだ成長するけれど百歳超えだ。普通の人間から見れば、百歳も千歳も一緒だろって感じだろうなあ。

「崖を縄と杭を使って登るイドラとか想像つかないから、そこは飛んでいくくらいなら周りの生態系に影響ないだろうけれど」

「崖登りは魔法が使えなかった大昔にはやったことがあるな」

 彼は遠くを見るようにして言った。そういえば、山の中で暮らしていたんだっけ。

「今は飛ぶ方が慣れているし、怪我をする可能性も低いので安全だ」

「飛ぶのに慣れているなら、普段から飛んだ方が速いし安全だけれど……そうしないのも旅をしている感触がほしいから?」

 空を飛んで移動するというのは物凄く目立つし、こちらを攻撃してくるような敵がいる場では狙い撃ちになる。でもイドラはもともと目立つし、強い魔力を放ち続けている杖のせいでどこでも場所は筒抜けだ。魔力に引かれて寄ってくる妖魔なんかがいる森に入ったりすると真っ先に群がってくる。問題にならないだけで。

「飛んでいるのが普通のトーイからは奇妙かもしれないけどな。人間は地を行く生き物だということだ」

 イドラが人間を自称すると、なんだか釈然としないものがある。いや、確かに生き物として人間じゃない部分は見つからないけれど。

「わたしがこの砂漠に与える影響は、今のところ風に吹き散らされる程度の足跡をつけるだけさ」

「離れるまで僕らもここも平穏無事に終わるなら、それに越したことはないね」

 視界に広がるのは〈砂漠〉と聞いて想像する黄土色の風景ではなく、青白い砂の稜線。その外観だけなら寒そうにすら感じられる。空には太陽がまぶしく輝いているし、空気は乾いている。見えない魔法の結界により、暑さからは守られているけれど。

「魔法兵器とやらが今もこの砂漠に存在するなら、場所を見つけるのは簡単だと思っていたんだけれどな」

 イドラはそう言い、ここまでの道中の町で購入した大きめの袋型の水筒から一口、水を飲む。防御結界の効果か、暑さも大部分は遮られているみたいだけれど空気は砂を含んでいるうえ「乾いているし、皮膚の表面がひび割れそうな感触がある。

「木を隠すのは森、みたいな話だね」

 彼のことばの意味は僕にも視て取れる。

 砂漠全体に魔力がよどんで漂っていた。濃度の差はあるけれど、それも濃い部分になにかあるとかいう話ではない。ここまで来る間に一度、砂嵐に巻き込まれているけれど、それにより砂が巻き上げられ、同時に魔力濃度も変化していた。

「ふたつの国の都市がかつてこの地域にいくつもあったはずな上、発掘が入ったこともなく手つかず。なら、遺跡や遺物がゴロゴロしているはずた。砂の数ほど、とはいかないが」

 そんな都合のいいことなんてあるのかなあ。

 と、声に出す前に。

 ゴツッ。

 踏み出したイドラのブーツの先が今までとは違う音を立てる。

 大魔術師は靴先の塊を拾い上げた。暗い紺色で手のひらの数倍の大きさの長方形の何かの一部。文字らしきものも刻まれている。

「フィリマルの町、だか村だか……あまり見ない材質だ。この重さならそれほど遠くなさそうだが」

 顔を上げ、彼は砂の山のひとつに目をつけた。よく見ると少し形がいびつかもしれない。滑らかな三角形ではなくゴツゴツしているような。

 魔杖カールニフェックスが掲げられる。突如つむじ風が空高く吹き上がり、ゴウゴウと音をさせながら砂が大量に巻き上げられて離れたところに別の山を作っていく。

 もともと山があった場所には、青黒い石造りの街並みらしいものが姿を現わしていた。石垣に石畳の床、神殿に似た建物。いくつかは半ば崩れ、残骸の山になっているものもある。

「あまり財宝がありそうな気はしないが」

「財宝とあの町の歴史書なら、どっちがいいの?」

「それは歴史書だ」

 興味本意の質問に返ったのは即答だった。イドラはがめついけど別にお金に困っている訳じゃないし、そりゃ好奇心を満たせるものを選ぶか。

「最低限、当時の状況を知ることができる何かがあればいいんだけれどな」

 石垣が途切れた間から街へ入る。ひび割れた石畳に散った砂が、ジャリッとイドラの足もとで音を立てた。

 よく見ると黒いものがこびりついて汚れているし、しなびた綿のような茶色いものがあちこちの割れ目から飛び出している。

「これは……植物の痕跡か。少なくとも、当時のこの街中には充分な水分があったらしい」

「町がたくさんあったなら、水も昔はたくさんあった、か、供給されていたんだね」

 雨水を溜めて利用する装置がある町の話を聞いたことがあった。どこかで運河や水路を国全体で整備した、みたいな話も。

 周りは砂ばかりで、今のところ川があった痕跡もないけれど。

 イドラは道なりに進み、一番大きい建物を目ざしているらしい。

 辺りに生き物の気配はなく、たまに遠くに風の音がするくらいで異様に静か。

 財宝に、歴史書。そんなものにばかり気を取られていたけれど、まさか、こちらを攻撃してくるような〈敵〉が待ち受けていたりはしないよね……?

 急に思いついて身を固くする。道中も毒虫のような蛇が威嚇してきたり獣が砂の山の横から様子を見ていたりしていたけれど、防御結界のおかげでまったく危険は感じなかった。それでもこの砂漠は未知の場所、そしてこの遺跡はついさっきまで埋もれていた未知の街並みだ。なにが潜んでいてもおかしくない。

「あそこに溝がのびているな」

 そんな瞬間だったので、僕はその声に飛び上がりそうになった。

「どうした、トーイ?」

「いや、なんでもない。それより溝って地面に入ってるやつ?」

「ああ、小さな橋もかかっている。人工的な小川が流れていたらしい。川の脇に穴も空いているし下水道はありそうだ。文明レベルはそれなりに高かったんだろうな」

 彼の言う通り、川があったらしき溝の両側の壁に等間隔に人間の拳大くらいの穴が空いている。穴は建物からの排水管につながっている……つながっていた、はずだ。

 辺りを見渡しながら、建物に辿り着く。

 石の四角い屋根を、太い柱が何本も支えている。柱は高い位置でつながっていて、その下にも何本も切れた鎖が垂れ下がっている。柱の根本には繊維の塊にも見えるなにかの残骸が落ちていた。植物か布か。壁の代わりに、厚手の布を鎖から吊っていたのかもしれない。あくまで想像だけれど。

 そんな構造だから、今はどこからでも入れる。

「集会所か何からしいな」

 低い段差を登った床の上、椅子らしいものやテーブルらしいものの一部が転がっている。

 それらを一瞥してから、イドラは奥の壁際にもたれ掛かっている棚に目を留めた。

 おそらく、本棚。棚に白っぽいものが詰まっている。本が残っていればかなり情報になるはず。

 と、僕らは棚に近づくも。

「これは……」

 思わずがっかり。

 粉まではいかないけれど、紙はすっかり風化してしている。ページがまるごと残っているのは見当たらない。パズルのピースより細かく砕けてしまっている。指先が少しでも触れたら、それこそ粉微塵になりそう。

 読むどころか触れようもない、と思っていたけれど、伝説の魔術師にとっては違ったようだ。

 彼が手を差し出すと、紙の残骸が自らその手の少し上の宙に集合する。何枚かは穴空きをいくつか作りつつもページの形になった。でも、破片のままの紙も多い。

「風化して完全に消失したものや、風や砂に流されてどこかへなくなったものは戻らないからな。それにしても、塗料もかなり失われているな」

 ページを作れた紙でも書かれたものが薄い。イドラが魔法で濃くする。

 見えたのは、いくつかの単語。別のページは簡易的な地図。さらに別のページは植物の絵と単語。街の道や施設を記したものが何枚か。

「この町の特色を表わすものかもしれない」

「町の名産とか歴史とか、周辺地図とか? そうだ、これは見覚えがあるね」

 植物の中に、いくつか植物を材料にした加工品も描かれていた。籠や装飾品、それにあの小型ナイフらしきもの。

「樹脂をもとに作られた土産物らしいな」

 イドラが取り出した、あの谷で拾ったナイフは彫り込まれた模様もページの絵に似ていた。

「ということは、当時からあの谷で外と行き来があったらしい。砂漠の外の遺跡の町と貿易をしていた町のひとつだろうな」

「土産物になるくらい植物も豊富だったはずだね。ピクルスも作れそうか」

 植物の絵が描かれているのがこの町の特色を表わすものなら、町の人々にとってそれは身近なものだったわけだ。イドラの言っていたように、植物が身近に育つくらいには水が豊富だったはず。

 周辺地図を見ると、少なくとも大きな河はなさそうだけれど。小さな川は描かれていないだけかも。建物らしい絵と文字が多くて、町の位置関係が中心の地図のようだし。

 でも、町の並びの中央にある塗りつぶされたものはなんだろう。山だろうか。

「この黒い部分はどの方向だろう?」

「この町がここで、町の間隔と広さを現在の地図と合わせると向きは……あちらの方か」

 と、杖の先を向け、

「それで、トーイはそこに行きたいのか?」

 言われて僕は少し考える。

「いや……そこに山でもあるのかと思ったけれど、そう言えば見当たらなかったね」

 いくら年月を重ねていても、周りの山は変わっていない様子だし。少なくとも砂に埋もれないほど高い山はそこにはない。

「そうだな。そこそこ広い範囲だから、ただの岩などではなさそうだし……岩山、程度なら砂の中にあるかもしれないが」

「どうする、行ってみる?」

 イドラは再生したページを消し、残る紙を棚に戻した。再生した方はどこかに回収したのだろう。

「この地図があれば遺跡巡りは可能だろう。でも、まずは当初の目的を果たしたいな」

 そうだった。当初の目的は宝珠の出自を解明することだ。

「宝珠は遺跡から持ち出されたってことは、こんなわかりにくい埋もれた遺跡からではなさそうだね」

「持ち出されたのがいつかにもよるけどな。しかしまあ、持ち出されたのがもっと古いなら宝珠に関する情報ももっと多いはずか」

 この建物に他にめぼしいものもない。そう確め、建物を出て街の外を目ざし始める。来たのとは違う道。

 周りには大きめの建物がいくつか並んでいる。公共施設が集まった場所だったのかもしれない。そのうちのひとつに見覚えのある形を見つけ、僕は意外に思った。

「あの外見は、昔から変わらないんだね」

 建物のひとつの屋根に飾られた石像。頭に花を飾り太陽が彫られた鏡を手に掲げた、髪の長い綺麗な神さまの像。

「創造神や神話は明確にされているからな。神話に異説はあるが」

「聞いたことがある。今の神々は嘘をついている、っていう説だね」

 創造神はお気に入りの花が枯れた衝撃でバラバラになり、欠片から多くの下級神が生まれ、その一部が人類の祖先になったとされている。

 でも本当は後から来た神々が創造神を追い出したとか、花は恋人のことだとか、細かい違いを加えるとそれなりに多くの異説があるという。僕が聞いた中で一番正道から外れた異説は、花は下級神らが作り上げた毒花で、彼らが支配を逃れ新たな支配者となるために創造神を毒殺した、というもの。

「イドラはそれを神々に聞いたことはないの?」

 彼は何度も下級神らに会っているし、一度は好奇心から知ろうとしていてもおかしくない。

 人間の多くが知らない世界の秘密の真相に触れられるかも。僕まで好奇心を掻き立てられてしまった。

 大魔術師はというと、少し難しい表情をする。

「それは……聞いたことはあるが今いる神々は、誰も創造神に会ったことがないしわからない、という話だった」

「へ? ……あ、創造神の欠片から生まれたから?」

「そうかもしれないし、最初からいなかったのかもしれない。地上の長命種族が神話を語り、それを神々が語り継いだことになっているが、その種族もすぐに死に絶えたらしい」

 それじゃあ、神話はもともと地上の人々が創作したものだった可能性もありそう。

「じゃあ、なんでもありってことにならないかい?」

 歩きながら話しているうちに、神殿らしき建物は遠ざかっていく。

「そんなものだ。好奇心に駆られて追求しても答は失われていたり、曖昧な情報しか得られないこともある」

 公園か広場らしい開けた場所を横目に道を歩く。脇には低い石垣のようなものが並ぶ。その上には砂の溜まった長方形の穴があって……もともとは花壇、かも。

 さらに道の外側に細い柱が等間隔に並ぶ。形からして、たぶん街灯かな。外が近づくにつれ折れて上がなくなっているのが増える。

 街を囲う石垣に近い建物はどれも崩れている。石垣も広範囲に渡り崩れていた。

 その手前。砂に半ば埋もれ、大量の雑多なものが見える。なに、という共通点もない雑多なもの。

 イドラはそのうちのひとつに近づいた。

 足もとに古びた、風化しかけた金属のブーツの右足が立っている。それを杖で倒すと地面に流れ出すのは、砂と白っぽい……骨の欠片?

 そして、布の切れ端、果物ナイフのようなもの、たぶん鍋、帽子の一部、壁か石垣の一部、金属の板、などなど。見える範囲だけでも雑多なそれらの中から、杖の石突きの方であるものを掻き出す。

 ごつん、と重い音と一緒に転がるそれ。柄の端が潰れた鈍い金色の剣と、それがつらぬく鎧の胸部の一部らしきもの。

 ふたつの国が戦い争っていた、だっけ。この町の人々も安全に天寿を全うした訳じゃないのかもしれない。

「少なくとも、ここも戦場にはなったらしいな」

 剣と鎧を眺め回し、諦めたように彼は歩みを再開する。

「でも町の人々が全員戦死した訳ではないよね」

「戦死、よりもっと酷い死に方は有り得るけどな」

「もっと酷い……知りたいような、知りたくないような」

「街に火を放たれたり……水などに混入させる毒や疫病を持ち込まれたり。寝ている間に毒霧で、はまだ優しい」

「聞かなきゃ良かった」

 それに比べれば戦って死ぬ、方がマシなのだろうか。でも戦うのには勇気が必要だ。それが選べる人ばかりじゃない。

「それで、どの遺跡に行けばいいか予想はつくの?」

 遺跡を出て、立ち止まると目の前にはまた青白い砂漠の稜線が広がるばかり。

「宝珠が導く、という話だったけれども」

 と、イドラはあの〈青砂の白宝珠〉を取り出す。

 それが手のひらの上に載せられるなり、宝珠の中心から光の帯が伸びた。その先は行く手の稜線の向こうを示している。

「なるほど。こういうことか」

「これなら迷うことはないね」

 この状態なら、宝珠に魔力や生命力を吸われることもないらしい。ただ宝珠を持ち上げながら光の向かう方へと歩き続ければいい。

 時折遠くの方で風が吹きすさぶ音が聞こえるのと、足音だけが耳に届く。たまに小さなトカゲのような生き物が歩いていたり、虫がいそうな穴が開いていたりするものの、ここの生き物たちは音もなく歩けるようだ。

 青白い砂の山を二つ越えたところでそれが見え始める。

 くすんだ金色の壁に囲まれ、灰色の建物や細長い塔が覗き見える、半ば砂に埋もれかけた遺跡。先ほどと違い街ではなさそうだし、研究所とか基地とか、保管施設のようだ。

 遺跡の入り口は壁が途切れ、柱が端に並ぶ門のようになっているらしい。らしい、というのはかなり砂に埋もれているから。

 イドラが魔杖カールニフェックスの先を向けると、強風が巻き起こり行く手の砂の山を吹き散らした。

 すると、門の一方に文字が彫られた金属の板が打ち付けられている。僕には読めない、きっと古代文字だ。

「ふむ……〈ギモヴ・東コルデ大聖堂〉とあるが」

「大聖堂?」

 そう言われると、あの塔はなにかの儀式に使うんじゃないか、と思えるけれど……建物や壁にも装飾や神像はないし、あまり普段目にする宗教施設に近い部分はなさそう。

 でも、この遺跡は古いものだし。その時代、ここの人々が信奉していた宗教では、簡素なのが普通だったのかもしれない。

 宝珠を懐に戻し、イドラは腕を組む。

「こんな大々的に施設の名を表示しているということは、戦争には関わらない場所なのだろうか。魔法兵器が残されていないとしたら残念だな」

 と、奥を眺める。

 少しの間壁と同じ色の道が続き、すぐ建物の入り口になっている。建物はコの字型で、中央の塔へ行くには建物内からでないと無理のようだ。

「まあ、まずは探してみてだな」

「見つけたらまた独り占めする、と」

「誰かに渡す義理もないだろう。ここはどの国も管理はしていないからな」

 話しながら、僕らは建物の入り口に辿り着く。

 壁と同じ、灰色の取っ手のないドア。その表面に、イドラは杖の先で触れる。

「魔力石を動力源に動いていたドアらしいな。魔力を流して開くならいいけれども、開錠の暗号が必要のようだ。とはいえ……」

 イドラは再び宝珠を取り出して掲げる。

 光がドアを照らすなり、拍子抜けするほど軽く、スッ、とドアが横に滑るようにして開く。

 奥へ続くのは、壁と天井自体が淡く発光しているような明るい通路。脇に取っ手のあるドアがあるのも見えた。

 あのフィリマルの街とは全然違う。遺跡全体を外から見たときは多少は遺跡感はあったものの、建物の内部に古臭さは全然感じない。むしろ、現代の一般的な文明の研究所とかより進んでいる印象だ。

「入ったら出られない、なんてことはないよね?」

 建物に足を踏み入れると、少し不安になってしまった。背後では、風と砂が吹き込むのを閉じたドアが遮る。

「そうなったらすべて壊せばいいだけだ」

 魔術師はことばだけだと自暴自棄に聞こえるようなことを笑って言い。数歩進んで、急に振り返る。

 ちょっとドキリとした。

「なに、急に不安になった?」

「いや……魔力が渦巻いているような。ま……いいか」

 少し釈然としない顔をしつつも、歩みを再開する。

 ――なにもありませんように。

 大抵のことはイドラと一緒なら脅威にはならない。お守りのようにそう信じながら黒衣の背中を追った。

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