第9話 地図に封じられし鍵

 住居らしい大きな岩山は、ぶ厚い岩の壁に遮られているためか、中に生き物が動いているような気配は感じられない。ドアの周りに呼び出し用のベルやノッカーなどもないので、原始的な方法で呼んでみるしかないな。

「おーい、誰かいるか?」

 トントン、とドアを叩きながらイドラが呼びかける。

 それから少し待つが、反応はない。

「留守かな? 世俗に慣れる必要があるってことなら、天狗がいなくなっても娘さんだけで旅に出る可能性もあるんじゃ」

「旅に出る可能性はあり得なくはないが……アスカベンで旅に必要なものを購入するなり、旅立つところを目撃されるんじゃないか、その場合は」

 確かに。町で目撃された最後は一昨日だし。

 となると近場に出かけているのか。イドラもどうやら、そう予想しているらしい。

「たぶん、昼食用の食料調達にでも行ってるんじゃないか?」

「――わたしになにか用か?」

 背後から突然の声。

 僕もイドラも驚きながら振り返る。なんの物音も気配もなかったから。

 そこには、長い黒髪に眠たげな黒目の女性が果物を入れた籠を手に立っていた。ゆったりした黒の法衣の一種のような服を着て、頭の横に鼻の長い白い天狗のお面をつけている。

 その姿に、イドラはしっかり見覚えのあるようだ。

「ここに住んでいた天狗の養女、サギリだな? 覚えていないか? 百年ほど前の毒竜退治の際に同じく招集された魔術師のイドラだ」

 イドラは有名だし、その手にした杖もかなり目立つ。

 しかし。

「イドラ……? 毒竜退治は行った気がするが、どうだったかな」

 相手の方はピンと来てない様子。

「わからないのか……?」

 イドラは少し衝撃を受けたらしい。そりゃ、神話伝承にすら登場する大魔術師を、実際に顔を合わせたうえで印象に残らないとするのはなかなか珍しい。この女性は他人にあまり興味のない性質なのかもしれない。

「大勢召集されたとはいえ、となり同士だったんだぞ。天狗はキミを紹介して、『自分より娘の方が頼りになる』と話していたが」

「ああ」

 途中までは怪訝そうにしていた彼女が表情を変えて顔を上げる。

「確か、王都の魔法学校で教師をしてる。と話していた……」

 ――なにかの勘違いじゃないかな、それは。

 と思っていると。

「そう、そう話していたのがわたしだ」

 意外なことばに思わず驚く。

「イドラが学校の先生……そんなこと有り得るの? どう考えても前途ある若者を教育するのには不適切な人材だと思うけど」

「酷い偏見じゃないか、それは」

 僕の真っ当な指摘に大魔術師は心外そうな顔をする。

 いや、〈漆黒の魔術師〉とか〈魔王の化身〉なんて異名を持つ魔術師に我が子を学ばせたいと思う父母も少ないんじゃないだろうか。魔法学校の教師だし、道徳や性格矯正なんかは指導の範囲外だろうけれど。

「へえ、イドラを先生にする学校があるとはね」

「人に頼まれて、臨時講師として二年ほどいただけだ」

 うーん、教師としては不適切に思えたけれど、むしろ『神話伝承にも登場する伝説級の魔術師から学べます』なんて宣伝されたら、生徒は殺到するかもしれない。単純に強力な魔法や上手な魔法の扱い方を知りたい、伝説級の魔術師に教わったという武勇伝が欲しい、みたいな生徒やその親はいそう。

 イドラが誰かに魔法を教えているところとか、あまり想像はつかないけれど。でも長生きしていれば、教える機会も一度や二度ではなくあったのかも。

「とにかく……天狗に会いたかったのだけれども、在宅か?」

 推測としてはすでに亡くなっていそうだけれど、実際のところはまだ不明。イドラはそう切り出した。

 そして案の定。

「いや、父は十年近く前に亡くなっている。寿命だよ。今ここに住んでいるのはわたし一人だ」

 予想していた範囲内の答えだ。

「ふむ……わたしたちは、天狗が集めていたという宝珠やその資料に用があったんだ」

 と、イドラはかいつまんで事情を説明する。

 〈青砂の白宝珠〉というものを入手したので、その出自を確かめたい。ここの天狗は宝珠や宝珠の情報を集めていたと知ったのでそれを見たい、と。

 さて、資料は今も残っているのか否か。そこが最大の課題。

「ああ、資料か。確かにあるが……」

 サギリさんは眉をひそめる。

「なにか問題でもあるのか?」

「それは……見た方が早いだろう。ついて来るといい」

 言って、彼女は玄関のドアを開く。知り合いとはいえ、警戒心は薄そうだ。

 内部は岩の洞穴を加工したような家になっていた。窓もあるし、天井にも穴に蔦を編んだ網を被せたような窓があって案外明るい。入ってすぐには木のテーブルや椅子、棚やかまどなどもあり、奥にさらにドアがある。いくつか部屋はあるみたいだ。

 テーブルに果物の入った籠を置くと、サギリさんは奥のドアを開いた。その先は短い通路になっていて、ドアがさらに三つ並ぶ。その中の一番奥のドアを開ける。

「ここが父の部屋だ」

 案内されたそこは大半すでに片付けられたらしく、物は少ない。ただ、即座に目に入るものがふたつ。

 木製ピンで壁に貼られた大きな世界地図、その下に置かれた大きな箱。箱には呪文のようなものが書かれた符がいくつか張られ、蓋と下部の間に留め金があり、その中央に青い玉石がはめられている。

「その箱はキミが用意したのか?」

 イドラの質問にサギリさんは首を振る。

「いや、死期を悟った父がすべて自分で片づけていった。宝珠やそれについての資料は箱の中だ。わたしに必要ないなら、いつかそれを必要として開けられる者に渡せと言われた」

「開けられる者……?」

 僕は引っ掛かってしまう。

 普通の箱なら普通に蓋を持ち上げればいいだけだし。もしかして、物凄く重いとかじゃないだろうか。

「あの箱には封印の紋が刻まれているな。たまに見るが、封印の宝珠に触れながら決められたことばを唱えるものだろう」

 と、イドラが解説する。あの青い玉石が封印の宝珠か。

「その暗号って、サギリさんは知ってるの?」

「いや。特に興味もなかったからな」

 彼女は即答する。

 宝珠と言えば便利な能力を秘めているものもあるだろうし、売ればそれなりの値がついたりしそうなものだけれど、まったく興味はないらしい。まあ、ここでの生活はお金を使わないだろうし、そうなるのかと。

「じゃあ……どうするの? 魔法で壊すとか」

 漆黒の魔術師が取りそうな手段を挙げたつもりだった。が。

「他人の所有物をみだりに壊してはいけない。遺跡などで発見した同じような箱を壊したことはあるが、これは天狗の形見でもあるだろう」

「……変なところでちゃんとしてるね、イドラは」

 僕のことばに彼は真顔で応じる。

「わたしはいつでもちゃんとしているだろう。ともかく、こういう場合必ずどこかに暗号に関わるものが近くにあるはずだ」

 と、彼が見上げるのは壁の地図だ。

 うん、この部屋にあるのは箱とその地図だけなわけで、あからさまに怪しい。僕も近づいてみる。

 それはこの大陸を中心とする、少し古い世界地図だ。右下に方位の記号があり、良く見ると、大陸内のいくつかの町の名前が囲んであった。

「この丸で囲んである町には、天狗は訪れていたか?」

 イドラはサギリさんにそう尋ねた。血のつながらないとはいえ娘さんならこの天狗の仕掛けた謎を解くことができるかも。

「いや、行ったことがあるのはわたしが知ってる範囲で二ヶ所だけだな」

「これから行く計画を立ててみた……なんてことは?」

 僕がこう質問してみても、また首を横に振る。

「聞いたことがないな。それに死期は悟っていたのだし、行きたいところがあるなら行っていたと思うぞ」

「それは確かに。こんな仕掛けまで残すくらいだ、やりたいことはすべてやり残さずに済ませているだろうな」

 そうだ、天狗は法術が使えるとかいう話だった。それがどういうものかはわからないけれど、きっと行きたい場所へ素早く移動することもできるんじゃないかな。

「壊していいんじゃないか」

 引き返すような内容だけど何気ないサギリさんのことばに、一瞬、イドラは驚いてからあきれた。

「壊さないように努めているというに……いや。壊しはしない。それでは謎が解けずに負けたような気になるじゃないか」

 彼のそのことばには僕も同意だった。挑戦されているような状況だし、逃げずにそれを解きたい。

「じゃあ、その町の共通点が関係あるとか?」

「町の全部は知らないが、国も違うしあまり特色のある町ではないはず。それにこうして用意してあるのだから、地図から読み取れる情報だけで暗号に辿り着けるようになっているのが定番だ」

 それもそうか。

 地図上の情報だけ、となると。

「その町の名前をつなげてみる、とか?」

「長過ぎないか、それは」

 ヒルクダールアルベンラナーナフォックダルトクノク……思いつきを口にしてみたものの、確かに暗号としては長いかも。

「町の名前の頭文字をつなげる、とか?」

 暗号っていうといくつか思い浮かぶ種類のもののひとつが、なにかの頭文字。

「それらしい気はするが、順番がそれでいいとは限らないぞ……と」

 地図の全体像に視線を走らせていたイドラはなにかに気がついて、とある部分を指さした。

 それは方位記号。ではなく――良く見ると、記号の東の方角のやや右上に小さな丸が描き足されている。

 その丸が示すのは方角? それとも順番?

「その方角にある町の名前を最初に読む、みたいな話?」

「そうだとしてもどう次の町へ進むのかわからないだろう。わたしはもう、暗号がなになのかはわかったぞ」

 と、彼は得意げにほほ笑む。

 そりゃ、イドラより先に暗号の謎が解けるとはちっとも思ってなかったけど、少し悔しい。今も僕には見当がつかない。世界地図に、丸く囲まれた五つの町の名前、方位記号の近くに描かれた丸。

「頭文字をつなげるのではなくて、町の位置を線で結ぶんだよ。方位の丸のついた方を上にして」

 言われた通りに想像する。ひし形に、一本の線が下へ延びる。矢にも似てるけれど羽根はないし――槍、だろうか。

「なるほどな」

 脇で眺めていたサギリさんが感心したように言う。

「そういう仕掛けになっていたか。まったく興味がないから仕掛けがあること自体、今日知ったが」

 彼女、本当に箱の中身に興味がないんだな。

「開けるぞ」

 イドラが箱の留め金の玉石に手を触れる。

 暗号は別に声に出す必要はないらしい。唐突に、ガチャ、と音がした。続いて簡単に蓋が向こうへ引き倒される。

 中身は、半分は白い袋に詰められた色も大きさもさまざまな宝珠。二〇個近くはあるんじゃないだろうか。僕の目にも、それらが魔力を帯びているのは視える。

 その横。箱のもう半分の側に積まれているのは三本の巻物だ。内容が記された表題が紙に書かれ、巻物本体を包むようにしながら紐で縛られている。

 なかなか癖のある字体だけど……〈目録〉、〈研究記録〉、〈伝承と伝聞〉だろうか。

「ほう、久々に父が溜め込んでいた宝珠を見たな」

 サギリさんの表情が緩む。

「それで、目的のものはありそうか?」

「ああ」

 応じてイドラが手に取ったのは〈伝承と伝聞〉。

「他も興味はあるが、用があるのはこれだろうな」

 手慣れた仕草で紐をほどき、巻物を広げる。紙の代わりによく使われる薄い植物の葉を干したものに、羊毛紙を貼り付けてそこに毛筆で書きつけたような構造だ。

 それはいいけど……大陸共通語は横書きだけど、そこに描かれている文字は縦書きのうえ、見覚えのない言語に見える。

「それ、読めるの?」

 脇から覗く。イドラの目は文章をちゃんと追っているようだ。

「ああ、これは魔法研究で使われる魔法言語の一種だよ。一般人が知ると悪用される可能性があるものには、ある程度この分野の知識ある者だけが読める言語が使われる。悪い魔術師や研究者みたいな相手には無意味だが」

「悪い魔術師って、イドラみたいな」

「わたしは闇の力は使うが悪ではないだろう。ただ少し、人間社会の規範からは外れていることがあるだけだ」

「それは人間社会から見ると悪かもしれないけど……」

 話しているうちにかすかな物音に気がつく。サギリさんが二つの窓の上に備え付けれらていたすだれを下ろす。

 外からはしとしとという水音。雨か。

「探すのに時間がかかるかもしれないし、居間に戻らないか。昼食くらいならご馳走しよう」

 彼女のことばに、僕とイドラは賛成した。

 僕は食事はいらないし、イドラが立ったまま読み続けるのは一苦労と判断した、ということだろうけれど。

 山の天気は変わりやすい。それでも雨避けの魔法があるしそれほど不都合はないのだけれど、お昼の時間なのは確か。

 それにしても、食事はどういうものなんだろう。天狗は霞を食べる、なんて話もあったけれど……でも、娘さんは人間か。

「ああ、忘れるところだった」

 居間に戻って食べ物を見て思い出したか、イドラはふもとのアスカベンで購入した三種類のものを土産として渡す。

「これは気の利いたものを。しかし焼き菓子は食べ切れないだろうから、食後にお茶といただこう。先に断っておくが、食事はまともなものは出せないからな」

 そう言われると少し怖いけど、僕は食べないので高みの見物。イドラはというとテーブル脇の椅子に座り、巻物を読み進めるのに夢中。

「〈青砂の白宝珠〉……これか」

 サギリさんが火を炊いたかまどで鍋を熱して中身を煮込んでいる間、巻物を半分くらいまでほどいて読み進めていた大魔術師は一瞬手を止める。

「どれ? なにが書いてあるの?」

 思わず覗き込むものの、そうだ、僕には読めないんだった。

 イドラが内容をかいつまんで読み上げ始める。

 太古の昔、ここから南の遠くにある現在でいうガボドック砂漠の辺りに、いがみ合うギモヴとイスリスという二つの国があった。戦力を増強するために二つの国は優れた魔法文明の知識と技術を結集し、何種もの魔法兵器を開発したと伝えられている。

 〈青砂の白宝珠〉は砂漠に埋もれたそれらの国の遺跡から出土したものらしく、それを手にした者は遺跡へ導かれるらしい。だが、多くの者がそこに辿り着くことができず、道中で命を落とすという。数百年前に、ある旅の魔術師の手に渡ったという報告があるが、以後の行方は知れない。

「旅の魔術師、というのがあの洞窟で亡くなった人かな」

「さあ、どの程度の期間で遺跡に導かれるのかもわからないからな。それにしても、遺跡か」

 彼の顔には、なにかを企んでいるような不敵な笑みが浮かぶ。

「ガボドック砂漠で遺跡が発見されたという話は聞いたことがない。なにせ、砂嵐に毒虫や猛獣、さらには邪神の残党が潜んでいるかもしれないとすら噂される場所だ。手つかずの遺跡には遺物が残されている可能性が高い」

 うわあ。いかにもイドラが考えそうなことだ。

「その砂漠って遠いの? 近いならもう行ったことありそうだけれど」

 イドラは長年旅をしているんだし、その間に行ったことがあれば遺跡にも気がつきそうなものと思わないでもない。

「どこかへ向かう折に通過するような場所でもないし、特段立ち寄るべき情報も無かったから行ったことはないな。ここから馬車でも南へ十日以上はかかるが、魔法を併用しながらなら三日くらいで着くだろう。もっと速くも移動できるが、急ぐこともない」

 話してる間に、昼食が完成したらしい。サギリさんは木製のトレイに料理がのった器を並べて、イドラとその向かいの側の席の前に置く。

「口に合えばいいけどな」

 と、彼女は向いの席に座った。

 トレイに並ぶのは、山菜ときのこの入ったリゾットにチーズと数種類の木の実をあえたもの、カブのピクルスらしいものとマドレーヌ、そして緑色のハーブティー。

 見た目は美味しそうには思える。

「では、遠慮なくいただくとしよう」

 木のスプーンを手に、イドラはリゾットを一口。そして。

「……なんだか、身体に良さそうな味だな」

 随分と遠回しな表現。

「薬草みたいな味、苦みがあるとか?」

「そういう訳じゃないのだけれども」

 向かいの方では、平然とサギリさんがスプーンを口に運んでいる。

「町の食堂などで出る料理に比べれば、かなり味が薄いんだろうな。そこに塩があるから足していいぞ」

 と、彼女が示すテーブルの端の方にはいくつか小瓶が置かれていた。

「いや、いい。わたしは薄味はそれほど苦手じゃないぞ」

 やせ我慢ではなさそう。いや、そういえばイドラも山奥の村で育ったとか言っていたような。では、彼にとってそういう味は馴染みあるものかもしれない。

「それなら良かった。ところで、遺跡の遺物を欲しがるくらいなら、あの宝珠と巻物も持って行かないか?」

 あまりに太っ腹過ぎる提案。

 いくらお金に興味がなくても、父の形見だし必要になることが起きるかもしれない、とは思わないんだろうか。

「サギリさんは、要らないの? お父さんのものを手もとに残したいとか、あれば便利な能力の宝珠がありそうとか」

 そう尋ねても、彼女の表情は眠たげなものから変わらない。

「父の形見は別に譲り受けたし、そもそも、この住居自体がそうだからな。そして宝珠の能力はほぼ法術で再現できる」

 イドラが彼女と最初に出会ってから百年くらいは経っているという。しかし彼女はせいぜい二〇歳前に見える。当然、法術は修めているわけだ。

「わたしも、宝珠の方は別にだな。巻物の方が気になるが、今見てしまうと砂漠へ行く前に別の気になる対象を抱えることになるかもしれない。今は保管しておいてもらいたい」

 確かに、好奇心旺盛な彼のこと。天狗が一生を賭けて好奇心をそそられ追求した宝珠の研究記録なんて読んだら、それに触発されて同じ分野の謎に好奇心をくすぐられてしまう、というのは大いに有り得る。

「ただでさえ、今でもいくつも気になることは抱えているからな。ナスコの洞窟の沼を創った邪神とはどういうものか、ゼリスター王国の古戦場の正しい歴史とか、この山に天狗が住むことになった理由とか」

 イドラは初めてのものを見るたびに気になるものが増えそうだ。

 食事を終えたところだったサギリさんがそれに応じて口を開く。

「詳しいことは聞いたことがないが、父は前にいた山で火事があって引っ越してきたと言っていたな」

 どうやら、謎のひとつが解けたようだ。

「なるほど……まあ、いくらでも気になることはあるけれども、宝珠の新たな情報でも。宝珠が導くというのなら、なぜ大量の魔力と生命力を消費させるのか」

 確かに。天狗もそういった性質まではわかっていなかったようだけれど、持ち主が道中で命を失うというのは、そういう理由だろうし。

「まるで、本当は辿り着いて欲しくないみたいだね」

「もしくは、辿り着く者の振り分けを行っているのかもしれないな」

「振り分け……ってとことは、ある程度以上の魔力と生命力を持った人物だけが辿り着けるようにしたい、ってこと?」

「そういうことだ」

 マドレーヌを口にして、イドラは満足げにほほ笑む。

 その向かいでサギリさんはすでに食器を片付け始めている。そうしながら、こちらの話も聞いていたようだ。

「詳しいことは知らないが、普通は命を落とすほどの吸引に耐えられる魔力や生命力を持つのが条件なら、辿り着いた先でも相応の役割が与えられるのだろうな」

 確かに、高い能力が必要ということになる。強力な何かと戦うことになるとか、強力な魔法を使わせられるとか?

「まあ、キミなら大丈夫だろう。少し、百年ほど前の毒竜退治のときのことを思い出した。違う部隊だったので直接は見ていないが、ほぼ一人で壊滅させたと聞いたはずだ」

 そりゃ、毒竜の群れもイドラに容易い相手だろう。

 イドラは平然と。

「退治した数が多いほど報酬も増えるという案件だからな」

 相変わらずがめついことを言う。

「なにが起きるか、いくつか想像はできるけれども……まあ、行ってみてのお楽しみだ。残る巻物については、いつかまた訪ねてみるかもしれない」

「わたしが留守でも玄関に鍵がかかっているわけではないからな。いつでも好きなときに来ればいいさ」

 サギリさんのことばは一瞬、不用心だなあ、と思えたけれど。

「どうせ、惑わしの術が通じないものなど排除できないしな。する必要性もないが」

 そうだった。ここまで訪れるためには川を越えて幻術や方向感覚を惑わせる術を無効化して抜けてくる必要がある。滅多な不審者なんて侵入できない。

 それを容易く抜けるのは異常なことなんだろうけれど、イドラと一緒にいると異常なことが日常に変わっているので、思わず忘れてしまう。

「留守、っていうことはサギリさんもどこか遠くに出かけるの?」

 彼女ひとりで、ずっとここで暮らしていくのは寂しい気がする。盛大に余計なお世話だけれど。

「しばらくしたら、見聞を広げるために旅に出るつもりだ。しかしまあ、人里を渡り歩くにはある程度蓄えが必要だからな。溜まった石を換金するなり、準備を終えてからだ」

 彼女はふもとで買い物をする際、珍しい鉱石や薬草を売って対価を得ているという。

「たぶん、キミたちが戻るくらいにはまだいるだろう」

「ああ、戻ってきて、他の巻物に触れるのを楽しみにしていよう。それにしても……」

 それから、となりの僕にだけ聞こえるくらいの小声でつぶやく。

 彼は妖精竜の耳がいいことは知っているけれども、意識して僕にだけ聞かせているわけでもなさそう。一人旅が長いせいだろうか、独り言は彼の癖のひとつのようだ。

「宝珠が遺跡へ導くものということは、これは古代の二つの国が開発したような魔法兵器ではなさそうだな。それなら、あの三人娘は一体、なんのために存在しているというのか……まあ、行けばわかることだが……」

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