第42話 溢れる不安
それからぼくは平和な日々を過ごした。
勉強して、シルヴェストルお兄様に会って、スイーツを食べて。そんなルーチンの日々だった。大満足の日々だった。
「殿下はすっかり全快されましたね」
朝の定期健診で、ぼくはセドリックにお墨付きをもらった。ふっふん。
「昨年の秋に倒れられたのが、嘘のようでございます。覚えておられますか?」
「ううん、くるしかったのはおぼえてる」
「高熱を出されておられてましたからね。記憶が曖昧なのも、当然でございます」
ぼくが今のぼくになる前の記憶は、あやふやだ。
病で倒れていた最中の記憶は特に。
「もう近いうちに、このような毎朝の検診も必要なくなるのではないでしょうか」
「ほんとう?」
面倒くさい定期健診がなくなるというニュースに、ぼくは顔を輝かせる。
「ほっほっほ、そんなに喜ばれてしまうと寂しいものがございますね。ですが医術士などいらなくなるほど元気になれるのが、一番でございますからね」
セドリックは大きな腹を揺らして笑った。
「ところで殿下、ご存知ですか」
笑っていたかと思うと、急に真面目な顔になって切り出した。
「なあに?」
「最近、第一王妃派閥と第二王妃派閥とで、派閥争いが激化しているようなのでございます」
ぼくのお母様と、シルヴェストルお兄様の母親の派閥とで争いが激しくなっている?
「リュカ殿下とシルヴェストル殿下のどちらが王になるかで、どちらの派閥が隆盛するかが決まります。万が一にもリュカ殿下が王になることがないよう、殿下に危害を加える者がいるかもしれません。どうか、お気をつけくださいませ」
セドリックの忠告に、ぼくは顔を顰める。
お母様みたいなことを言うなんて。
「おにいちゃまは、そんなことしないもん」
「別にシルヴェストル殿下がそうするとは、申しませんが……」
セドリックは顔を曇らせる。
言葉とは裏腹に、セドリックはシルヴェストルお兄様がぼくに暗殺者かなにかを差し向けるとでも思っているのだ。
「機嫌を損ねてしまったのであれば、申し訳ございません。ですが私は、長年王族同士の争いを見てきたのです。ですから、思わず心配になってしまって……」
セドリックは眉を八の字に下げた。彼がこちらを心配しているのはわかる。
けれども、ぼくはぷくっとほっぺたを膨らませた。
「おにいちゃまはだいじょうぶなの!」
「そうですね、リュカ殿下がそうおっしゃるならば、そうなのでしょう」
ぼくの言葉にセドリックは笑みを返したが、納得がいっていないのはありありと感じ取れた。
本当にお兄様はそんなことしないのに! ふん、失礼しちゃう。
「それでも気をつけてくださいませ。こういう話を耳に挟んだのでございます。なんでも、ローズリーヌ第二王妃殿下が、なにかをシルヴェストル殿下に頼み込んだそうなのです」
「なにかを頼んだ?」
まさか、ぼくより母親を優先するとでも思っているのだろうか。そんなわけない。
あのローズリーヌが何を頼んだにせよ、たとえぼくをどうにかしろと頼んだとして、お兄様が首を縦に振るわけがないんだ。
ぼくはセドリックの言葉を気にせず、いつものようにシルヴェストルお兄様のお部屋に遊びに行こうとした。
こういうとき、急に遊びに行ってはいけない。使用人を連絡に行かせて、今日の予定は空いているか聞いてから遊びに行くのだ。
少しして、連絡に行かせたステラが戻ってきた。
「今日は勉学で忙しいそうで、リュカ殿下とお会いになる時間を作れないとのご返答でございました」
報告するステラが、申し訳なさそうな顔をする。
「そっか、そんな日ぐらいあるよね」
人間だもの、勉強で忙しい日くらいある。
自分に言い聞かせたものの、不安が湧いてくる。
だってシルヴェストルお兄様は、これまで一度だって勉強で忙しいからなんて理由で断ってくることなんてなかったのだ。
急に勉強する必要が出たのだろうか。実は受験シーズンとか?
なにか理由があるにしても、お兄様ならば「実はこういう理由があって、しばらく忙しくなるんだ」と事前に説明してくれそうなものだ。
顔色が曇る。
もしかしてぼくと敵対するつもりになったから、会いたくなくなったんだろうか。なんて、ありえないことを不安に思ってしまう。
そんなわけないのに。
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