第43話 安心したいな
「ねえ、アラン」
自室で一人で時間を潰していたとき。
ぼくは、傍らにいる護衛騎士に話しかけた。
「おにいちゃまは、だいじょうぶだよね?」
ぼくの口から出たのは、いろいろな意味の詰まった「だいじょうぶ」だった。
「……俺もシルヴェストル殿下のことは、信じたいと思っています」
アランの言葉からも、信じたい気持ちと不安な気持ちとが滲み出ていた。同じことを考えているのだ。
「殿下の考えてくれたスイーツが、故郷では飛ぶように売れているようなのです。殿下に感謝の言葉を伝えてくれと、手紙が来ましたよ」
アランは嬉しそうに報告してくれた。
「故郷の状況が改善されてきています、殿下には感謝してもし切れません」
「それはよかったね」
スイーツを作れる人は、何人いてもいいからねと頷く。
「ですから……もしもシルヴェストル殿下かリュカ殿下かを選ばねばならない局面が訪れたならば、俺はリュカ殿下を選ぶでしょう」
「……ありがとう」
そもそも選ばなきゃいけないような場面が訪れてほしくないんだけどな、と思いながら返事した。
ぼくとシルヴェストルお兄様は無二の仲良しで、ぼくより母親を選ぶなんてありえないと思っていた。ついさっきまで。
けれどもアランの言葉を聞いて、普通は家族は大事なものなんだなと気づかされた。
ぼくがお兄様と仲良くなってから、まだ一年も経っていない。血の繋がりを抜きにすれば、ぼくはお兄様にとってよく絡んでくる近所の子供のような存在かもしれない。
お兄様チョロいなんて思っていたけれど、あれはぼくが無邪気にじゃれつくから、仲良くしてくれていただけかもしれない。
だって、お兄様は当初思っていたよりもずっと大人なひとだ。ぼくが手玉に取れるような相手じゃない。
シルヴェストルお兄様がぼくよりも母親を選んだのなら、悲しい。お兄様の一番はぼくじゃなきゃ嫌だから。
いつの間にか、お兄様の存在はぼくの中でとても大きなものになっていた。
そのことに、ぼくは気づかされたのだった。
「おにいちゃま……」
こんなに心細いのは、初めてだった。
午後からは、オディロン先生の授業があった。
「どうされましたか殿下、ご気分がすぐれないのですか?」
様子のおかしさはすぐに気取られてしまった。
なので、先生にたずねてみることにした。
「ねえオディロンせんせー、せんせーのうらなったぼくのみらいでは、ぼくとおにいちゃまはなかよしだった?」
「シルヴェストル殿下とリュカ殿下がですか?」
意外な質問に驚いたかのように、彼は目を丸くさせた。
「ええ、それはもう仲がよろしかったですよ。お二人で玉座についていたくらいでございますから」
「ええー、ふたりでぎょくざにすわったら、せまいよー」
「いえいえ違いますよ、二つの玉座が並べられていて、お一人ずつ座られていたのでございます」
「なーんだ」
勘違いをくすりと笑われてしまった。ちょっと恥ずかしいけれど、ぼくは元気が出た。
二人で玉座に座っていたということはぼくたち二人とも王様になったに違いない。
それなら、派閥争いだのなんだのに発展するわけがないのだ。
気分が明るくなってくるのを感じた。
不意に、前世の記憶の一部が蘇った。
この世界のゲームであるFETについてだ。
FETには印象深いNPCがいた。
とある山奥のステージの小屋を訪ねると、出てくるNPCがいる。そのNPCには、NPCには珍しく名前が付いていた。その名をオディロンという。
オディロンという隠者然とした老人NPCは、かつて宮廷占術士であったこと、そして自分が占術の結果を隠してしまったばかりにFETのラスボスである悪の皇帝リュカを生かしてしまったことを懺悔するのだ。
ゲーム世界のオディロン先生は、リュカが悪の皇帝になる未来を見ていたのだ。
いや、あるいはこの世界のオディロン先生もその未来を見ているのではないだろうか。そしてゲームの中と同じく、なんらかの理由によってそれを隠しているのではないだろうか。
「ねえねえせんせー、みらいってかわることがあるんだよね?」
「はい、その通りでございますよ」
「ぼくのみらいって、もしかしてあかちゃんだったときからかわった?」
「……なぜ、それをご存知で?」
やっぱり、そうなのだ。
この世界でもぼくは悪の皇帝になる運命で、それが変わったのだ。
ぼくの中に極道の跡継ぎのお兄さんの魂と記憶が転生してきたから、変わっちゃったのかなあ。
うん?
どこかに違和感を覚えたが、正体を掴む前にオディロン先生の言葉で気が逸れた。
「たしかに殿下がお生まれになったとき、宮廷占術士として私は殿下を占いました」
オディロン先生は、絞り出すように告白した。
「ぼくがおにいちゃまをたおすみらいだったんでしょ。おにいちゃまがいってた」
弑するとか簒奪とか、難しい言葉を使ってたお兄様が懐かしい。
「それでご存知だったのですね。ですが、その
オディロン先生の話に、ぼくは無限に枝を伸ばす大樹を想像した。現在から未来へと向かう道筋が、オディロン先生には大樹から伸びる枝のように見えているのだろう。
「だからどうか、ご安心くださいませ」
「うん、わかった!」
少し心が落ち着いて、ぼくはオディロン先生の授業を受けることができたのだった。
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