第41話 おにいちゃまのお誕生日パーティ

 一ヶ月後、ぼくはきらびやかに着飾っていた。

 もちろん、シルヴェストルお兄様のお誕生日パーティに出席するためだ。


「ふっふん」


 ぼくは鏡に写る自分の姿に、胸を張った。

 ふわふわの金髪と同じ色のリボンタイをつけてもらったのだ。なんて立派な格好だろう!


「よくお似合いでいらっしゃいますよ、殿下」


 ステラが褒めてくれた。


「ええ、本当に素敵よリュカ」


 声の主が、優しい手つきでぼくの頭を撫でてくれた。

 ぼくを撫でてくれているのは、お母様だ。今日はお母様も一緒なのだ!


 この機会に、シルヴェストルお兄様とお母様が仲良くなってくれないかなと思っている。


「じゃあ、一緒に行きましょうね」

「うん!」


 手を差し出されたので、ぼくはお母様の手を握って歩き出した。


 お母様と手を繋いで一緒に歩けるなんて、滅多にあることではない。

 ぼくはるんるんで、パーティ会場までの道のりを歩いた。

 後ろからはステラやらお母様の側仕えやらが、大人数でずらりとついてきているよ。

 仰々しいねえ。


 パーティ会場に近づくにつれ、音楽が聞こえてくることに気がついた。まさか楽団に演奏させているのか。なんて豪華なのだろう!

 ぼくのわくわくは最高潮に高まった。


 扉の前まで来ると、お母様が立ち止まったのでぼくも立ち止まった。

 お母様の側仕えが前に出てきて、恭しく扉を開けた。


「わあ!」


 豪華絢爛なパーティ会場に、ぼくは歓声を上げた。


 キラキラ眩しいシャンデリアの数々。生演奏を響かせる楽団。豪華な装いに身を包んだ人々。場内を包み込む品のある笑い声。

 夢のような光景だ。


「おとぎばなしみたぁい」


 ぼくは目を輝かせて、パーティ会場を見回した。


「あら、あなたのお父様のお誕生日はもっとすごいのよ? 王都をあげてのお祭りになるんだから」


 お母様がおかしそうにくすくすと笑った。


「ふーん」


 ぼくとしてはよく知らないお父様のお誕生日パーティが豪華だろうが、お祭りをやっていようがどうでもいい。街に行ったことないし。国王陛下のお誕生日はすごいね、はいはい。


 パーティ会場に入ると、お母様に話しかけてくる人がいた。

 ぼくは教えられた通りに、礼儀正しく自己紹介していく。


「ぼくのなまえはリュカといいます。よろしくおねがいします」


 どうだ、やろうと思えば敬語くらい使えるんだからな。


 お母様は何人もの人に挨拶され、ぼくも何人もの人に自己紹介した。誰と話して誰と話していないのやら、途中でわけがわからなくなってきた。

 王族って、これ全員顔と名前を覚えなきゃいけないの? 大変だなあ。


「はあはあ」


 もう飽きた。お部屋帰ってスイーツ食べたいよう。

 思わずめげそうになっていたときだった。

 

「リュカ、よく来てくれたな」

「おにいちゃま!」


 シルヴェストルお兄様が現れた。

 ぼくはすぐさま抱き着いた。お兄様はぼくの身体を受け止め、頭を撫でてくれた。

 ああ、癒される~。


「シルヴェストル王太子殿下、いつもリュカと仲良くしてくださっているそうで、ありがとう存じます」

 

 お母様がにこやかに挨拶した。


「あ……これはセレノスティーレ王妃殿下」


 お兄様の顔に緊張が走る。やっぱり、ぼくのお母様のことは苦手なのだろうか。

 セレノスティーレとは、お母様の名前だ。


「こちらこそ、いつもリュカ殿下の存在が支えとなっています。仲良くしていただけて、こちらこそ礼を言いたいくらいです」


 おお、貴重なお兄様の敬語だ。

 王太子よりは王妃の方が偉いのかな。


「あら、これはこれは」


 その時、横合いから女性の声が聞こえてきた。気の強そうな声だ、と感じた。


「セレノスティーレ第一王妃殿下、ご機嫌うるわしゅう」


 真っ赤な羽飾りのついた扇をゆっくりと扇ぐ、毒々しいほどに真っ赤なドレスを着た女性が現れた。髪と瞳の色まで赤いのを見て、誰なのか予想がついた。

 シルヴェストルお兄様の母親だ。


「……ローズリーヌ第二王妃殿下」


 ローズリーヌというのが、シルヴェストルの母親の名前のようだ。


 お母様は柔和な笑みをローズリーヌに向けたが、眼光が鋭いように感じられた。

 うう、互いに笑みを向け合いながらバチバチと火花が散っているのが見えるようだよ。怖い怖い。

 

「恐れ多いことながら、リュカ殿下にうちのシルヴェストルは好かれているようで。先日も新しいスイーツを食べさせていただいたそうですの。セレノスティーレ殿下は、何か新しいスイーツを召し上がっていて? あら、その顔色ではまだみたいですわね。おっほほほほ!」


 ローズリーヌは扇を派手に扇いで、高笑いした。

 完全に勝ち誇った笑いだ。

 いいね、悪人っぽくて親近感を覚えるよ。


 それからローズリーヌは、ぼくに視線を向けた。


「ねえリュカ殿下、せっかくですから今度一緒にお茶会をいたしませんこと? もちろんシルヴェストルも一緒に、家族三人で」


 家族三人でというのは、ぼくとシルヴェストルお兄様と、ローズリーヌの三人を表しているようだ。

 あからさますぎる誘いに、思わず笑いが零れてしまった。それが友好的な表情に見えたようで、ローズリーヌは笑みを深める。

 はいはい、要はぼくを取り込みたいのね。


「あのね、まちがってるよ。ローズリーヌしゃまはぼくのかぞくじゃないよ?」


 にっこり。

 幼児の純真無垢な笑みで言い放ってやった。


「お……おほほほ、決してそういう意味で言ったのではなくってよ殿下。わたくしとシルヴェストルは家族ですから、ええ。そういう意味で言ったのでございますわよ」


 ローズリーヌの顔はめちゃくちゃ引きつっていた。

 あはは、面白いなあ。


 ぼくが「うん」って頷いていたら、「リュカ殿下は実の母親よりも、わたくしの方を家族だと思っていましてよ」とかなんとかあちらこちらに吹聴するつもりだったんだろうなあ。


 ぼくは別に、ローズリーヌ派閥に取り込まれてもいいんだけれどね。

 でも、こんなの絶対に蹴った方が反応が面白いに決まってるじゃん!

 ちょっとぼくのワルワル王子の素質が出ちゃったかな。ふっふん。


 そっと、ぼくの頭に触れるものがあった。それはお母様の手だった。

 なんだか「ありがとう」と言われている気がして、ぼくは得意な気分になったのだった。


「やあ、お元気そうでなによりでございます」


 バチバチな空気に、呑気な声が割り入ってくる。


「あ、セドリック! セドリックもパーティに来てたんだね!」


 見慣れた専属医術士の姿に、ぼくは笑顔になった。


「リュカ、そんな口の利き方をしてはなりませんよ。セドリック殿は遠縁ではありますが、王族の血を継ぐ方です」

「え、セドリックってぼくの親戚なの⁉」


 公爵だとは聞いていたが、そんな偉い人だったなんてと目を剥く。


「いいのでございますよ、リュカ殿下の好きな呼び方で。毎朝顔を合わせているのですから、今更でしょう」


 セドリックは鷹揚に笑う。いい人だなあ。


「リュカ」


 シルヴェストルお兄様が、こっそり近づいて耳打ちしてくる。


「このパーティでもスイーツが出ているんだ。食べに行かないか?」

「うん!」


 お兄様の誘いに、二つ返事で頷いた。

 派閥争いなんて、大人たちに任せておけばよいのだ。


 ぼくらはこっそりその場を離れてテーブルにつき、側仕えやステラにスイーツを持ってきてもらって堪能したのだった。


 クッキーにパウンドケーキにシフォンケーキにプリンを食べて、にこにこになった。スイーツ祭りだ!


「おにいちゃま、おたんじょうびおめでとう!」

「ありがとう、リュカ」


 お兄様はくしゃりと顔をしわくちゃにして笑ってくれた。


「でもおたんじょうびといえばあれだよね、やっぱりバースデーケーキがないと」


 パウンドケーキを食べながら零す。


「バースデーケーキ? それはパウンドケーキやシフォンケーキとは別物なのか?」

 

「ううん、バースデーケーキはケーキのしゅるいじゃないの。あのね、ケーキの上に年のぶんだけろーそくを立てるんだよ。それでへやをまっくらにして、まわりのひとがはっぴばーすでーとぅゆーって歌って、歌のおわりにたんじょうびのひとがふーって、ろーそくの火をけすの。それがバースデーケーキ」


 ぼくはバースデーケーキのやり方を説明した。

 それから「はっぴばーすでーとぅゆー」と口ずさんで、歌を教えてあげた。


「へえ、それはおもしろそうだな。リュカの誕生日はバースデーケーキをやるか!」

「えへへ、バースデーケーキかあ」


 バースデーケーキの提案に顔を綻ばせる。

 蝋燭を立てるのは、ショートケーキじゃなくてもできるはずだし。

 ショートケーキが食べられなくても、特別な感じがしていいかなと思ったのだった。


 こうして、シルヴェストルお兄様の十三歳の誕生日は楽しく終わった。

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