第40話 ふわふわシフォンケーキタイム
「リュカ殿下、あと一月後にはシルヴェストル殿下のお誕生日パーティがありますね」
専属医術士のセドリックが話しかけてきたのは、朝の定期健診のときのことだった。
「そうなの?」
「ええ、この調子であればもちろんパーティには参加していただいて構いませんからね」
「わーい!」
シルヴェストルお兄様の誕生日パーティに出られる。
なんと素晴らしいのだろう。
そういえばぼくがほとんどパーティに出た記憶がないのは、病弱だったからなのかな。
「殿下はどんどん元気になっておりますね。一年後には、わんぱくに庭を駆け回っているかもしれませんね。いえ、一年と言わず数ヶ月後にでも」
「ほんとう? やったー!」
病弱じゃなくなるなんて、素晴らしい!
それにしても、なんで急に元気になれたんだろう。スイーツをたくさん食べて幸せだからかなあ。
それからぼくは新たなスイーツを持って、シルヴェストルお兄様の部屋に遊びに行った。
卵黄だけプリンの副産物である、シフォンケーキだ。
シフォンケーキはパウンドケーキよりもたっぷりと卵白を入れて、かつパウンドケーキとは違ってバターは使わないのだ。
そうすると、ふんわりふわふわシフォンケーキになる。
「おにいちゃまー!」
「リュカ!」
部屋に入るなり、ぼくはシルヴェストルお兄様に抱き着いた。お兄様はぎゅっと抱き締め返してくれた。
「わっ!」
ひとしきりハグを堪能したあと、お兄様の部屋の様子に気がついて驚いた。
たくさん人がいる!
護衛騎士らしき人が三人も壁際に控えていて、側仕えらしき人が四、五人で忙しく立ち働いてお茶会の準備を手早く整えていた。
あっという間にシフォンケーキは切り分けられ、カップからは紅茶の湯気が上がっていた。
「これぜんぶおにいちゃまにつかえているひと?」
母親になんとかしてもらうと言っていたが、一気にこんなに増えるなんてびっくりだ。
「これですべてではない。交代制だからな。オレに仕える者は全部でこの三倍はいる」
「ひょえ」
ぼくも部屋の掃除とか服を着替えさせてくれる使用人はたくさんいるけれど、「ぼく専用の使用人」とはっきり決まっている人はステラぐらいしかいないんだよね。
もっと大きくなったら、護衛とか側仕えを自分で決められるようになると聞いている。
ぼくは長椅子に座らせてもらい、お兄様とのお茶会が始まった。
フォークを手に取り、シフォンケーキを一口分ぱくりと食べた。
うーん、ふわふわ! 軽い!
素晴らしいスイーツに仕上がっていた。
まだショートケーキは食べられないけれど、いろいろとスイーツは食べられるようになった。なんと素晴らしいことだろう。
諦めずにがんばってみるものだね。
「シフォンケーキ、だったか。これも美味いな。リュカはどんどん新しい美味なるものを思いついていくな」
シフォンケーキを口にしたお兄様が褒めてくれた。えへへ、これからもスイーツ作りがんばっちゃおうかな。
「スポンジケーキを作れなくっちゃいけないからね。スポンジケーキは、パウンドケーキとシフォンケーキの間くらいのケーキなんだよ」
軽さや味の濃さが、ちょうど中間くらいなのだ。
「スポンジケーキとは、ショートケーキに必要なものだったか?」
「うん!」
相変わらず、クリームを作る見通しは立っていない。
たしか、遠心分離機で牛乳をぐるぐるぐる~ってしてクリームとそうじゃないものに分けるのだ。
遠心分離機なんて中世みたいなこの世界にあるわけないし、どうしよう。
「ところで、おにいちゃまって来月おたんじょうびなの?」
「ああ、そういえばもうそんな時期だったか。そうだ、来月はオレの誕生日がある」
「ぼくね、おにいちゃまのおたんじょうびパーティにでてもいいって、セドリックにいわれたよ!」
「ん? セドリック?」
「セドリックはね、ぼくのせんぞくいじゅつしだよ」
「ああ、そうか医術士の名か。医術士から許可が出たのだな。リュカがパーティに来てくれるなら、オレも嬉しい」
シルヴェストルお兄様は、柔らかく微笑んでくれた。
お兄様がぼくを歓迎してくれていると知り、胸の内が暖かくなる。
「あのねあのねそれでね、ぼくはこれからどんどん元気になっていて、わんぱくになるんだって!」
「体調がよくなると言ってもらえたのか? それは素晴らしい! お祝いをしなくっちゃな!」
「わっ」
お兄様がぼくの身体に手を回すと、ぼくを抱き上げてしまった!
ビックリしたけれど、お兄様のテンションの高さが伝わってきて、こっちまで嬉しくなってしまう。
「リュカ、食べたいものはあるか? パーティを開こう!」
「おにいちゃまのパーティもあるのに、パーティだらけになっちゃうよ~」
おかしくなって、クスクスと笑った。
「いいじゃないか、リュカは今まであまりパーティに参加できなかったのだろう? 今までの分、二倍も三倍もパーティを開けばいい」
「ええ~?」
なんて楽しい計画だろう。先のことを考えると、楽しくてたまらなくなってしまう。
「じゃあ、ぼくのおたんじょうびパーティにおにいちゃまもきてほしいな」
「もちろん、行くに決まっているさ」
シルヴェストルお兄様は、ぼくの身体をそっと膝の上に下ろした。お兄様の膝が温かくて柔らかい。
「それで、パーティでは何を食べたいんだ?」
最初の問いに戻ってきた。
「うーんと、スイーツ」
「今も食べているじゃないか」
「えーとじゃあ、特別なスイーツ!」
「特別なスイーツか。わかった」
わかったって返事してくれたけれど、お兄様がスイーツを作ってくれるのかな?
ふわふわ幸せなシフォンケーキタイムだった。
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