第10話 おにいちゃまチョロい

 ナミニの実を砂糖代わりに使えば、スイーツが作れる。

 ぼくの頭の中に降ってきた天啓だった。


 ただ、四歳児のぼくが「こういうレシピで作って」と言っても、誰も真面目に受け取ってはくれない。

 すでに経験済みだ。


 ならばどうすればいいか。

 他人を動かせばいいのだ。前世の自分がそう言っていたじゃないか。


 だからぼくは翌日、ある人の部屋を訪ねた。


「おにいちゃまー!」


 満面の笑みを浮かべてぼくが訪れたのは、シルヴェストルお兄様の部屋だ。

 シルヴェストルお兄様を説得ほだして、彼に料理人へと命令を下してもらえばいいのだ。

 なんて完璧な作戦なんだろう。


「よく来たな、リュカ」


 ぼくを迎えたシルヴェストルお兄様は、怒りに笑顔を引きつらせていた。

 あれー、どうしてだろう?

 ステラに頼んでちゃんと「明日遊びに行きます」って連絡も前日に入れたのにな。


 ちなみに後ろにはステラがついてきてくれていて、傍にいてくれているよ。

 シルヴェストルお兄様の部屋には、アランと呼ばれていたあの護衛も控えている。


「いいかリュカ、今回だけ特別なんだからな。毎回オレの部屋を気軽に訪れられると思うなよ」


 シルヴェストルお兄様は長椅子に腰かけていて、足を組んでぼくを見下ろしていた。


「リュカ、お前はどうしてこうまで無防備になれるんだ? 誰か大人に、オレと仲良くしろとでも吹き込まれたのか? それを聞くために招き入れただけなんだからな、勘違いするなよ」


 彼はツンデレみたいなセリフを口にするばかりで、一向に席に座るように言ってくれない。

 仕方ないので、勝手に向かいの長椅子によじ登って座った。


「こら、勝手に座るな! 部屋の主から許可が出るまで座ってはいけないという、基本的な礼儀も知らないのか!」

「だってぼく、あしつかれちゃった……」


 ぼくが足をぷらぷらさせると、ステラがおずおずと発言する。


「リュカ殿下はお身体が弱いのです、ご容赦くださいませ」

「なっ、そんなに体力がないのか?」


 ステラの言葉に、シルヴェストルお兄様は驚きを露わにした。

 

「リュカ殿下はついこの間まで、死の危機に瀕しておりました。ようやく最近、部屋の外へ出る許可が医術士から出たのでございます」

「……そういえば、外に出れるようになったばかりだと言っていたな」


 シルヴェストルお兄様の赤い瞳がぼくを見たので、ぼくはきょとんと小首を傾げてみせた。


「そこまで病弱だなんて、知らなかった……。し、知らなかったんだから、謝ったりしないからな! ぶつかったこと!」


 彼は顔を赤くさせながら、実質謝罪も同然の言葉を口にした。

 生死の境を彷徨うレベルの病弱さだと知って、この間のことに罪の意識を覚えたようだ。

 まだ少年ゆえだろうか、思っていたよりも極悪な人物ではないようだ。なんだか可愛らしい人だな、とぼくは感じた。


「ぜんぜんいいよ! おにいちゃま、ぼくとあそんでくれる?」

 

「そうか、許してくれるか……。いや待てリュカ、話を逸らすな。そうやってオレに近づこうとする理由はなんだ? やはり誰かにそうしろと言われたのか?」


 シルヴェストルお兄様は、話の軌道を元に戻した。ぼくが突然部屋を訪ねてきたのが、派閥間の駆け引きか何かではないかがよほど気にかかるようだ。


「だれにもいわれてないよ」

 

 首をぶんぶん横に振る。


「では、一体なぜ」

「だってね、おにいちゃまは世界一かっこいいぼくのおにいちゃまなの! おにいちゃまがおにいちゃまで、うれしいの!」


 ぼくは渾身の満面の笑みを浮かべた。

 金髪ふわふわ幼児の天使の笑みをくらえ!


「は、はあ? オレが格好いいから? 何を馬鹿なことを言っているんだ、お前は! 感性が狂っているのか?」


 シルヴェストルお兄様は顔を真っ赤にさせながら、せわしなく赤い前髪をいじり始めた。効いてる効いてる。


「だってオレは……病み上がりのお前を突き飛ばしたんだぞ。こんなちっこいお前を、予言なんか真に受けて。そんな人間、格好悪いだろう」


 彼は前髪をいじったまま、ぼそぼそと何やら告白した。


「よげん?」

「ああ、宮廷占術士が予言したんだよ」


 宮廷占術士。たしかにそんなジョブが、ゲームの中にも出て来たなと思い出す。


「弟が将来オレをしいして王位を簒奪さんだつするって」


 後方で、ステラのものと思しき息を呑む音が聞こえた。


「しい……さん、だつ……?」


 「弑する」も「簒奪」もぼくみたいな子供には、わかんない! という顔をしてみせた。

 弑するとは目上の人を殺すことで、簒奪とは王位を奪うことだ。


「お前は運がいい、普通そんな予言をされたら殺される。お前が秘密裏に処理されなかったのはお前が病弱だったからなのと、お前の母親が正妃、オレの母親は側妃に過ぎないからだ」


 シルヴェストルお兄様は明け透けに語る。きっとぼくが理解できないと思って、言っているのだろう。


「ほえ?」


 彼の期待通り、何もわかってないふりをした。


「だからつい不安で、お前を見かける度に冷たく当たってしまっていた。まあ実際にはお前はオレに冷たく当たられたなんて記憶してすらいなかったし、第一こんなアホが成長したからって、オレを殺せるわけがなかったな。占術なんて深刻に捉えていたオレが、一番アホだった」


 シルヴェストルお兄様は溜息を吐きながら、長椅子に深々と身を沈めた。

 これは彼なりの懺悔なのだ、とぼくは受け取った。


 同時に、ゲームのストーリーを思い出してきた。

 宮廷占術士の予言のおかげで、リュカは幼い頃からシルヴェストル本人とシルヴェストル派閥の人間から冷遇を受けてきた。

 冷遇を受けてきたリュカは憎悪を募らせる。なにより愛しい母をシルヴェストル派閥の嫌がらせから守るために、王になることを決意する。

 そんな幼少期のエピソードがあったはずだ。


「だから、まあ、なんだその」


 長い溜息を吐き終わったシルヴェストルお兄様は、視線を右往左往させながら言葉を選ぶ。


「この国のルールでは、母親の地位に関係なく生まれた順に王子の継承順位が決まることになっている。だからお前が生きていたところで、オレの地位が脅かされることはない」


 シルヴェストルお兄様の言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。

 

「それどころか、お前が自身の意志でオレに擦り寄ってくるなら、オレがお前を庇護してやろう。オレはお前の兄なんだからな」


 彼はドヤ顔でニヤリと笑った。

 どうやら思いの外、ぼくのおにいちゃま攻撃が功を奏していたようだ。

 

「ぼくのおにいちゃまになってくれるってこと?」

「ああ、そうとも。お前みたいな雑魚、排除するまでもない。オレが守ってやる」

「やったー!」


 やっぱりチョロ……げふんげふん。

 本人の同意もあって、ぼくたちはアニキと弟分になれたのだった!

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