第9話 すごいこと閃いちゃった

 春が来た。

 ついにフルーツを生で食べられる季節がやってきたのだ。


「殿下、ついに待望の生の果物でございますよ」


 待ちに待ったその日、ステラがフルーツを載せた皿を恭しく運んできてくれた。

 以前から予告されていた通り旬のフルーツ一番乗りはただただ酸っぱいだけのシーニュの実だが、それでも久方ぶりに瑞々しいフルーツを味わえることにぼくは胸がときめいていた。


「はい、どうぞ。シーニュの実でございます」

「わあ!」


 目の前に置かれたフルーツを見て、ぼくは目をぱちくりとさせてしまった。

 生のシーニュの実は、イチゴそっくりだったからだ。


 赤くて手の平大の大きさで、逆三角形だ。イチゴと違うのは、表面に種がついてなくてつるりとしているところと、イチゴより一回りくらい大きいことだけだ。へたは取り除かれているが、へたがついていたらきっともっとイチゴそっくりに違いない。


 イチゴに似た見た目に、ぼくは期待した。

 生で食べれば、ちょうどいい甘酸っぱさなのではないかと。スイーツの呼ぶに相応しい果物なのではないかと。


 心臓がどきどきと高鳴る。


 慎重な手つきでシーニュの実を手にすると、自分の小さな口に運んで、先っぽに齧りついた。


「しゅっぱい!」


 あまりの酸っぱさに、ぼくは顔をしわくちゃにした。瑞々しいフルーツさはあるけれど、酸っぱすぎる!

 イチゴ味を期待していただけに、余計酸っぱく感じられた。


「あら殿下、大丈夫でございますか? 実はもう一つ、持ってきたものがございます」

「もうひとつ……?」


 ステラは押してきたワゴンカートからもう一皿取り出し、ぼくの前に差し出した。


「ナミニの実でございます」


 皿に載せられたフルーツは、まるでガラスでできたトマトのような見た目をしていた。


「これが、ナミニの実?」

 

「ええ、本当ならナミニの実の旬はもう少し先なのですけれど、運よく手に入ったのですよ。殿下がナミニの実を好きなのを知っていて、王妃殿下が手を尽くしてくださったのです」


「お母様が!」


 お母様は忙しいらしいけれど、合間を縫っては何度も会いに来てくれる。それにこうして、好物をくれるのだ。お母様のことは大好きだ。


 ぼくはナミニの実を手に取った。

 透明なガラスのような実は、角度を変えると虹色にキラキラと光った。まるでナミニの実の中に、プリズムが閉じ込められているかのようだ。


「きれい……」

「ナミニの実は、見た目まで美しいですよね。そのままでは食べづらいですから、切り分けて差し上げますね」


 ステラが果物ナイフを取り出したので、ぼくは一旦実を皿の上に置いた。

 果物ナイフの刃先が、透明に見えるナミニの実の中に沈んだ。刃先が見えなくなった。ナミニの実は透明に見える色なだけで、本当に透明なわけではないのだとわかった。

 

 彼女はナミニの実を、八切れの三角形に切り分けた。

 ナミニの実の中身が見えた。中身も透明なガラスのように透き通っていて、ぷるりとゼリーのように震えた。

 これが干されると、灰色でじゃりっとした食感になるとは。

 

 ゼリーのようにぷるぷると果肉が震えているのがいかにもスイーツらしい外観で、美味しそうに見えた。

 ぼくはにこにこしてナミニの実を一切れ手に取り、口に運んだ。


 やっぱり甘すぎる。

 果肉を噛み締めると出てくる果汁まで、甘すぎる。


 けれどもじゃりっとした不快な食感がない分、いつもより美味しく感じられた。見た目と同じく、ナミニの実の食感はぷるぷるとしていて、つるっと喉を通ってくれた。


 甘すぎる問題も、解決策がある。

 まだ一口しか手をつけていないシーニュの実と、交互に食べるのだ。そうすれば、口の中がちょうどいい甘酸っぱさになると知っている。


 ぼくはシーニュの実をもう一口食べた。


「うん、おいしい!」


 にこにこしながら、交互に二つのフルーツを食べた。

 この甘酸っぱさ、かなりスイーツを食べているという感覚が湧いてきた!

 工夫次第では、この世界でもスイーツっぽいものを食べられるのではないだろうか。


 たとえばシーニュの実と、ナミニの実を一緒にすり潰して、ソースを作ってみるとか。そのソースを何にかければいいのかは、わからないけれど。


 待てよ、すり潰して混ぜる――――?


 ぼくの脳内に、天啓が降ってきた。

 ナミニの実を、砂糖代わりに使えるのでは?


 これだ、いける。

 きっと砂糖の代用品として、使えるはずだ。

 上手く加工できれば、ナミニの実から砂糖そのものを精製すらできるのではないだろうか。


「……!」


 このアイデア、使える。

 ぼくは確信した。

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