第11話 おにいちゃまだいすき!
ふんぞり返ってドヤ顔でぼくを庇護してくれると宣言した、シルヴェストルお兄様。
チョロいお兄さまを攻略……もとい、尊敬するお兄様と仲良くなれたぼくは、作戦を次の段階に進めることにした。
「あのねおにいちゃま、ぼくね、りょうりにんにつくってもらいたいものがあるの」
ぼくの突然の発言に、シルヴェストルお兄様は怪訝そうに眉をひそめた。
「うん? 勝手に命じて作らせればいいだろう、そんなもの」
「ぼくのオリジナルレシピだから、だれもつくってくれないの」
しょんぼりとうなだれ、同情を誘ってみせた。
「オリジナルレシピだから? 四歳児が一体どんな料理を考え出すというのだ。面白い、聞かせてみせろ」
シルヴェストルお兄様はニヤリと笑ってうながす。
ぼくはパッと顔を輝かせた。これは上手くいくかもしれない!
「じゃあかみとペンをちょうだい。レシピ、かいてあげる!」
「何、もう文字を書けるのか⁉ って、四歳なら書けてもおかしくはないか。お前が小さすぎて、つい何もできない赤子のように見えてしまう」
「ぼく、あかちゃんじゃないもん!」
ぼくはぷくっとほっぺを膨らませた。
ぼくが文字を書けるのは、別に前世の記憶は関係ない。王族の基準で言えば、四歳にはもう基本的な読み書きはできていなければならない。
なのに赤ちゃんに間違われるのは、沽券に関わる。ほっぺの膨らみでせいいっぱいに威嚇した。
「ぷっはは、なんだその顔は。完全な球体じゃないか、可愛いな」
シルヴェストルお兄様が、ぼくの顔を見て噴き出した。
笑っている彼の顔は、初めて年相応に幼く見えた。そうか、前世の世界だったら小学生でもおかしくない年齢なんだよね。
微笑ましく思っているうちに使用人が紙とペンを持ってきて、ぼくの前に置いてくれた。
ぼくはペンを手に取り、クッキーの材料と調理手順を書き出した。
材料はバターと卵と小麦粉、それにナミニの実だ。
「はい!」
ぼくは満面の笑みで、レシピを書いた紙をシルヴェストルお兄様に手渡した。
「バターと卵と小麦粉とナミニの実……? パンでも作る気か?」
「パンよりもちいさくてうすくて、サクサクするんだよ!」
「ふうん、思っていたよりもまともそうな料理ではないか。よし、オレからこの料理を作るように料理人に命じてやろう」
彼は頷いて、請け負ってくれた。
「やったー! おにいちゃまだいすき!」
長椅子と長椅子の間にテーブルがなければ、飛びついて抱き着いていたくらいの喜びだった。
「だ、大好きだと? ふふん、まあオレは懐の深い男だからな。お前が敬愛したくなるのも無理はない」
シルヴェストルお兄様は口角をにんまり上げながら、せわしなく前髪をいじり出した。指に巻かれた前髪がくるくるになっていく。
「それでこの料理はなんという名前なんだ?」
「クッキーっていうんだよ! おにいちゃまにもたべさせてあげるね!」
「クッキー……か。軽やかな響きの名だな」
「そう、このせかいでさいしょのスイーツなんだからね!」
「すいーつ……? まあいい、これから料理人に作らせるから、工程を見に行くか?」
「いいの⁉」
シルヴェストルお兄様の提案に、ぼくは目を輝かせた。
ところがそのとき、ステラが口を開いた。
「申し訳ございませんが、リュカ殿下の体力がもたないかと思われます。こんなにも長く部屋の外に出たのは、回復されてからは初めてなのでございます。この上厨房にまで行くとなれば、リュカ殿下のお身体に障ります」
「あう……」
今の自分がどんなに体力がないか、ぼくは思い出した。
興奮して忘れていたけれど、たしかにちょっと身体がだるくなってきたかもしれない。
「そういえば、そうであったな。ならば、クッキーとやらが完成したら、リュカの部屋に届けさせよう。それでいいな?」
「う、うん……」
不安だ。紙に書いたレシピだけで、料理人は作り方を理解できるのだろうか。
勘違いされて間違った方法で作られて、「やっぱり子供の適当に書いたレシピなんて相手にするべきじゃないな」なんて判断されたら、もう二度とスイーツを食べられないかもしれない。
「なんだリュカ、不安か?」
シルヴェストルお兄様が、ぼくの顔を覗き込んだ。赤い瞳に、ぼくの不安げな顔が映り込んでいた。
「よし、ならこうしよう。明日……明日でなくてもいい、お前の体調がいい日を選んで二人で厨房に行こう。お前が料理人に好きなように命令できるようにな」
「いいの……?」
彼にとっては、ひどく面倒なことなのではないだろうか。本当にわざわざ時間を作ってくれるのだろうか。
「このオレが、お前を庇護してやると言っているのだぞ? ワガママの一つや二つ、叶えられなくてどうする」
「おにいちゃま……!」
ニヤリと笑うシルヴェストルお兄様の顔が、この上なく頼もしく見えた。
流石はぼくの兄貴分だ。我慢しろなんて言わない。むしろ、ワガママを叶えてやると言ってくれる。
ちょっとくらいチョロくても、彼は尊敬すべき兄だ。こういうところを好きになったのだ、と再認識した。
「ふっ」
ぼくの尊敬の眼差しを受けて、彼は再び得意げに前髪をいじり出した。前髪が人差し指に巻かれすぎて、くるくるくるりんとカールしていた。
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