第七章 バッドエンドのエピローグには女子会ぐらいが丁度いい その③
皮肉なほど晴れ渡った空の下、レモンちゃんと交番までの道を二人で歩く。
「……」
「ふん、ふん、ふふん」
その足取りは対照的で、私は地獄に向かう亡者の如く重い。かと思えばレモンちゃんはまるでこれからデートの待ち合わせにでも向かうような軽やかさで。
これではどちらが自首しに行くのかわかったものではありません。
「……っ」
レモンちゃんとこうして二人っきり、陽の下で交わす最後の時間。
なにを…………話せば良いのでしょう。
浮かぶ言葉はどれも喉元を過ぎ去る時には吐息に変わって、無価値なバラードを奏でるだけ。
せっかくライラさん達に無理を言って確保してもらった貴重な時間を、結局私は有効活用できずにいました。
「ねぇ、恵梨香ねぇ。あたしはどうしてこうなのかな。どうすればよかったのかな?」
そんな折に訪れたレモンちゃんからの何気ない問い。
それはまるで口癖でもあるかのように、自然に彼女の口から紡がれた。
「……レモンちゃんは何も悪くはないですよ。悪いのは全部…………あのバカと、私です。あのバカが誰か一人を選んでさえいれば。…………いいえ、私がもっと早くあのバカとくっついていたら、こんな悲劇は起こらなかったでしょう」
「………………………………なにそれ。傲慢だなぁ」
「ぐ、やはりそうでしょうか」
「はは、自分で言っといて凹むとか。ホントそういう傲慢と自己中と自己嫌悪のアンバランスなとこが嫌いだったよ」
彼女は両手を頭の後ろに当てながら歌うようにそう言い放つ。
そして最後に、
「……あたしに似て」
ポツリと、水面に石を投げ込むようにそう言った。
波紋は広がり、じんわりと染み込むような痛みを私に伝播させた。
そして今のはたぶん、彼女の数少ない本心からの言葉だった。
「……男の趣味も悪いところも、ですか?」
なのに私はそれに軽口で返すことしかできなくて。
「うん、そうだね。マジでつまんないとこばっか似てるねあたし達。姉妹でもないのにさ。……こんな変なところばかり似るんじゃなくて、もっと大事な部分が似ていたら、きっとあたしと恵梨香ねぇは本当の姉妹みたいに、仲良くやれていたのかもね」
マッチの火に幸福を見た少女のように、彼女は夢を語る。
クリスマスを駆ける赤いサンタクロース。
砂漠に浮かぶ蜃気楼。
湖に潜む伝説の首長竜。
そのどれもが儚い幻だとしても、人は夢を語らずにはいられない。
「それは……ええ、そうかもしれませんね」
何故なら人は
儚くても、そこに意味がなくとも、
「……そっか」
いつかこの記憶も、私は忘れる。
鬼島令の記憶と共に。
────けど欠片は残るのだ。
それは脳でもない、もっと奥深く、名残の彼方……魂の奥深くに、確かに残るのだ。
「はは、でもそうはならなかった。……だってあたしは恵梨香ねぇのことがずっと昔から」
この宇宙に、そして魂に刻まれた痛みとして。
「大っ嫌いだったからね!」
そして誰の魂にも
だからこそ彼女はこれ以上ないくらいの笑顔で、祈るように、そんな悪口を再度どうしようもなく鈍感な私に紡いでくれた。
そこに込められた真実が、今度こそ誰かに届くようにと夢見て。
──ああ、そういう、ことだったのですね。
「…………………………………私も〝嫌い〟です。大噓つきでいじわるで不器用でどうしようもなくバカな……レモンちゃんのこと」
故に私も、向けられた悪口に相応しい、当たり前で普通の返事を、やっと口にすることができた。
……思えば彼女は私に、いや誰かに嫌われたかった……もしくは𠮟られたかったのではないのでしょうか。
悪口を言えば嫌われたり、悪いことをすれば𠮟られたり。
そんな当たり前を、『普通』を彼女は欲していたのかもしれない。普通の幼子のように。
彼女の言動、態度、犯した罪。そのどれもが……本当は小さな子供の精一杯のアピールで、ただ仲間の輪に入れて欲しかっただけの子供の泣き声、だったのかもしれない。
「…………ほんとソレを今更言うとか。だから恵梨香ねぇは嫌いなんだよ」
物語は、幻想は、それで終わった。
交番は、もう目の前。
束の間の沈黙。
遅すぎた告白。
いつだって大切なものは、気付いた時には手遅れで。
だから世界には悲劇が付きまとう。
私達は間違いを犯すことでしか進めない生き物だから。
────けれど、いやだからこそ、『後始末』という贖いと救いを私達は選択できる。
それが曲がりなりにもホモサピエンス、賢い人なんて傲慢な名を自ら名乗った霊長類の意地と矜持。
きっと人類は、生粋のギャンブラーなのだ。
賞金と借金の自転車操業。その身が焦げ付くギリギリを走り続ける。
己の名に胸を張れるその日が来るまで。
……もしくは、抱えた負石の後始末を、貧乏くじを引いた
「あ、そうだ。これは忠告だけど、多分これから恵梨香ねぇはもっと大変な目に遭うはずだよ。……この事件以上に、ね」
「それはどういう?」
「あたし以上に厄介な存在に目を付けられたってこと。まぁあたしはもう脱落するから知~らない。精々塀の中から恵梨香ねぇの悪足搔きを眺めさせてもらおうかな」
いや早速今すぐぶっ倒れて、そのまま全部誰かに
「まぁ……悪足搔きでもなんでも、足が動くならいつか何かしらのゴールにはたどり着くものですからね」
仕方ない。
ここはとりあえずなんかそれっぽいこと言って、自分を励ましておくとしましょうか。
がんばれ、未来の私。超がんばれ。
「なんかそれっぽいこと言って、誤魔化してるだけじゃん。恵梨香ねぇってそういうことあるよね」
「ぐ」
けどやっぱりそんな強がりもレモンちゃんにはすぐにバレるわけで。
…………まったく締まりませんね。
「それじゃあバイバイ、恵梨香ねぇ」
そんなふざけた流れのまま、まるでまた明日も会えるかのような、鮮やかな別れの合言葉を最後に、彼女は私に背を向けた。
だから彼女の顔は、もう見えなくて。
「
だから私はわずかに震えるその肩に向かって、合言葉を返す。
それはもう、大声で。
だって強がってばかりの大馬鹿者は、この世界には結構多いみたいですから。
だからそんな不器用さんの代わりに、大泣きして、鼻水ぶちまける役を今回は私が引き受けたのです。
「ばか……」
こんなことに意味はないかもしれないけれど、でもこの別れが決して悲しくない別れにだけは、私はしたくなくて。
だから盛大に、正直に────大嫌いで、大好きな、私達の妹に、別れを告げる。
晴れた空の下、二人分の雨が降る。
「ホントに」
それは虹を描くことなく、夢のように掻き消えていく。
人がどれだけロマン主義でも、世界はどうしようもなく現実主義だから。
だから、これで、ホントに、終わり。
さようなら、レモンちゃん。
「ばっかだなぁ、あたし」
どうかこの
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