第七章 バッドエンドのエピローグには女子会ぐらいが丁度いい その②
「鬼島令を結果的に二人も殺し、そして鬼島令の尊厳までをも踏みにじったコヤツは処刑するしかあるまい」
夜の神社に、吸血鬼の姫から冷酷な判決が告げられる。
「いいえ。日本の司法機関に任せるべきです」
けれど私は畏れ多くもその判決に上告する。
「甘い! 記憶を操作され、人格を歪められた令の誇りはどうなる? 殺された令達の無念は? 残された者の悲しみは?! それらを晴らす方法は復讐しかあるまい。そして復讐は死を持ってしか完結せん」
「それについてなんですが、ずっとライラさんに言いそびれていました。すみません。実は私、そもそも復讐なんて望んでいません。私はただ……『後始末』をしたかっただけです」
「ナニ?」
私の裏切りとも呼べる発言に、ライラさんの目の色が変わる。けれど怖気づいてばかりはいられない。ここがこの事件最後の正念場。
絶対にレモンちゃんをこの場で殺させなんてしない。
「……そもそも私の彼氏、恵梨香令が、レモンちゃんが一番初めに犯した罪の隠蔽に加担したのがどうしようもない過ちだったのです。恵梨香令が初めにしっかりレモンちゃんの罪に正しい形で向き合っていたら、ここまで悲劇は拡散しなかった。恵梨香令はレモンちゃんの罪に加担した時点で、だだの被害者にはなりえない」
「しかし……それでもだ。鬼島令という存在がここまで玩ばれ、貶められる道理はない。そして今の理屈だけでは、一番初めに殺された本物のレモン令の無念は晴れぬ。復讐は、やはり必要だ。でなければ帳尻が合わぬ」
「でも鬼島令という人間は、絶対に復讐なんて望みませんよ」
「何故わかる?」
「
「どういうことだ」
「レモンちゃんに言われて考えたんです。私はまだ重要なナニカを見落としている、致命的な勘違いをしていると。そうしてある可能性に……いえ、本当に辿り着くべき真実にやっと気付いたんです。恵梨香令が最後に残した『愛しい人』というダイイングメッセージ。私はこれを
もしや『愛しい人』という言葉にしか改竄できなかったのではないのかと。
あまりに強い魔法な為に、はじめに残された内容を自在に改竄するのはレモン令でも不可能だった。レモン令にできたのは、せいぜい残されていた文の内容の意味を置き換えること。そうして元の内容から言葉だけをぼかして置き換えられたのが、例の『愛しい人』という意味深なダイイングメッセージだった。
では『愛しい人』と改竄される前の真のダイイングメッセージとは結局何だったのか。事件の裏側を知り、真犯人にたどり着けた今でなら予測はつきます。
鬼島檸檬。鬼島令にとって『愛しい人』とも呼べる相手。それこそが本来殺された恵梨香令が残した本当のダイイングメッセージだったのです。
きっと妹である鬼島檸檬の罪の隠蔽に加担した恵梨香令は、レモン令(元恵梨香令)に殺される寸前にレモンちゃんが事件の黒幕であると気付いた。だから恵梨香令は最後の力でダイイングメッセージに真の黒幕である『鬼島檸檬』の名を残したのでしょう。しかしソレは正しい意味が伝わる前にレモン令に非情にも改竄されてしまった。けれど同一存在であるはずのレモン令でさえその内容を完璧に改竄するのは不可能で、同じような意味にしか変更はできなかった。せいぜい『愛しい人』なんていう曖昧なものに改竄するのが関の山で……。
これこそがレモンちゃんが言っていた私の『勘違い』の正体。そして恵梨香令が残した、いえ、令達が本当に伝えたかったメッセージではないでしょうか。
例え犯罪に手を染め、口封じの為に殺されても、恵梨香令は最後までレモンちゃんのことを愛していた。『愛しい人』なんて言葉にしか改竄できないぐらいには……。そして『メッセージ』を見て自分の正体、それから自身が操られていると半ば気付いたレモン令(元恵梨香令)も『メッセージ』をレモンちゃんの為に改竄して、最後まで全部の罪を被った。愛しい人の為に。……そして一番初めに殺された本物のレモン令も、きっと今でもレモンちゃんへの愛は変わっていないことでしょう。なにせ同じバカですからね。……ええ、ホントバカですから。呆れるくらいに」
……お人好しすぎるんですよ、アイツは。
「だから……そんなバカに免じて、どうか、レモンちゃんにチャンスを与えてはもらえないでしょうか」
「チャンス、だと?」
ライラさんの眼光が刺さる。
「彼女の罪の精算は日本の司法に任せる、ということです」
「だからそれがどうチャンスに繋がる」
「……そもそも独断で人を裁くというのが間違っています。一応犯行も法治国家である日本で起きた事件で、殺されたのも殺したのも日本で生まれ育った人達。なら日本の法律で裁くのが一番的確な処置と言えるでしょう。そして現代の法では、罪と罰の意味、その関係も昔とはかなり変わっています。そもそもなぜ罪人を裁き、刑務所に入れるのか。罪人を懲らしめる為? いいえ違います。罪人を更生させる為です。罪を犯した人間を更生させ、社会復帰させる。それが今の刑罰の理念なのです」
「だがそんなものは所詮理想論だろう。罪人がそう簡単に心を入れ替えることはない。もし入れ替えられたとしても、社会が元罪人を受け入れることなどできはしない」
「ライラさんの言っていることは正しいのかもしれません。実際再犯率の高さは問題になっているし、しかもそれは本人だけの問題だけではなく、社会に彼らの居場所がないのも原因だとは聞きます」
理想と現実はいつだって熟年夫婦並みに仲違い中。上手く嚙み合うケースの方が稀というもの。
「けどそんな現状を打破しようと頑張っている人達だっているのもまた確かなことです」
でも言い換えれば、時に通じ合うこともあるのもまたどちらも一緒だと私は思います。夫婦も、理想と現実も、時には手を取り合える。
だからその奇跡を信じて私は賭けることにしたい。
レモンちゃんもいつか罪を償い、更生し社会復帰するその瞬間を。
喉が枯れるのも厭わず、私は話し続けた。少しでもレモンちゃんの更生のチャンスをもぎ取る為に。
「……なんだそれは。青い。そしてやはり甘い。甘すぎる。結局最後は理想論ではないか」
しかし断頭台のような切れ味の言葉がすぐさま私の
「………………………だが、令がここにいたのなら、同じようなバカを言うのだろうな」
けれど最後に呟かれた言葉には、呆れるような、懐かしむような響きが込められていて。
彼女もまた、青く甘い、その局地とも呼べる男に恋した女の一人。
結局同じ穴の狢なのです。
「それが、恵梨香の言う『後始末』か……?」
「はい」
「…………………………………………………………」
ライラさんは身じろぎせず、ただ私の目を見つめ続けました。それは永遠とも思えるような重圧で。
「良い。恵梨香の案に乗るとしよう」
重圧に、打ち勝った。
「本当ですか!?」
「何をそんなに驚いておる」
「だ、だって……あんなに処刑を推していたのに」
「ヒトを処刑狂いのように言うでない。我はただ……殺された者や辱しめられた者の未練に誠実でありたいだけだ。故に恵梨香の想像通り、殺され、貶められてもまだ令が妹を愛していると言うのであれば……最早我は何も言えん。勿論我自身完全には納得いっておらぬがな」
鼻息荒く、彼女は髪をかきあげる。
「ありがとう……ございます」
「礼など要らぬ」
彼女はそう言って踵を返してしまった。
……嫌われてしまっただろうか。
「ほんの少し、残念ですね」
せっかく仲良くできると思ったのに。
小指ほどの痛みが、胸に去来する。
私は一度頬を叩き、心を切り替えさせます。
「というわけで、マナさんも異論はありませんね」
「グランドマスターである恵梨香様が望むのであれば」
目を伏せ、マナさんも私の意見に賛同する。そこに含むものを感じなくもないが、今は私の我儘を優先させてもらおう。グランドマスター権限、所謂役得というヤツです。
「……ふぅ、やれやれです」
顔を上げ、この数時間で身体に溜まった疲労を空へと解き放つ。後腐れないよう念入りに。
「それにしても」
事件の帳は下り、後始末は無事果たされた。
「暗いですね、ココは」
その日見上げた夜空は、いつかの砂浜で令と見上げた満天の星空とは比べようもなく、涙で滲んだかのように暗く濁っていたのでした。
──とはいえそのままレモンちゃんを警察に突き出しても、なんのこっちゃで追い出されるのが関の山なのは目に見えています。もとはといえば、魔法が絡んだトンデモ事件が原因で警察の手を借りられなかったわけですし。
けれどここは逆に考えれば良い。
魔法のせいで日本の法律で裁けないなら、こちらもまたそれ以上のインチキの力を使って日本の法律で裁けるまで辻褄を合わせれば良い、と。
故に私達はほんの少し細工を施すことにしました。
概要としてはこうです。
まず恵梨香令とレモン令が双子の設定で私の高校に通っていたのを覚えておいででしょうか。実はその件を詳しく調べてみると、それはただ口から言った出まかせレベルの設定ではなく、しっかりと戸籍から完璧に偽装していたことが判明したのです。……そこで思いつきました。
この際だから新たに増えた令達の戸籍も用意してしまおうと。
そこからは早かったです。レモン令(元恵梨香令)は双子設定のまま実行犯として出頭させ、この事件でまたしても増えてしまった合計三人の令達。彼らも元は実行犯であるレモン令(元恵梨香令)から分割した存在。パーソナリティや過去は同じ、つまり同一存在なわけです。ですので罪は同等。だからそのまま実行犯として出頭……させたいのですが……流石に同じ
戸籍偽造。完璧犯罪のインチキ。
それにはマナさんが支配するイタリアンマフィアの力に頼りました。
まず新しく増えた令達三人の顔を、マナさんの伝手を頼って探し出した凄腕の闇医者によって別人へと整形手術。
別人の顔になった彼らには戸籍を秘密裏に発行。
そうして新たに三人の人間を戸籍上に誕生させ、そのまま鬼島令殺害の共謀犯という形で全員出頭させたのです。
最後にレモンちゃんをこの事件の主犯として出頭させればインチキ完了。
つまりレモンちゃんが主犯、レモン令達(合計四人の元恵梨香令)は実行犯という形で、鬼島令を殺害した罪で警察に出頭したわけです。
……それからレモンちゃんには余罪、というかそもそもの発端、一番初めに本物のレモン令を殺害した罪も先程と似たような辻褄合わせで体裁を整え、最後はレモンちゃん自身の口から警察に自白してもらいました。
最後まで懸念だったのはレモンちゃんがこちらの要求に素直に従ってくれるかどうかでしたが……。
けれど事件解決後のレモンちゃんはまるで憑き物でも落ちたように、私達の要求に素直に従ってくれました。
勿論従わなかった場合は今度こそライラさん達に殺されるというのもあったでしょうけど。
それでも彼女は、そんな脅しが無くてもきっと全てを自白したと思います。
だってそれぐらい、最後に見た彼女の後ろ姿は────
こうして魔法によって狂った事件は、様々なインチキによって無事普通の事件として処理されたのです。
因みに警察が把握している事件の情報は、纏めるとこうなります。
まず一番初めに殺された本物のレモン令ですが、彼には別人の戸籍を設定して、その人物をレモンちゃんが殺害した。そしてそれの隠蔽に恵梨香令が協力した。だが後に不安に思ったレモンちゃんは、双子の兄設定のレモン令(元恵梨香令)やその仲間達(新たに分裂した個体達)を諭して、恵梨香令を殺させ口封じをした。
これが警察に明かされた情報というわけです。
…………わかりやすく纏めたつもりでしたが、なんだか余計わかりづらくなってしまいましたね。
やはりこの事件をわかりやすく纏めるのは不可能なようです。
まぁとりあえずの体裁さえ整っていればそれで……ヨシ!
そしてここまで来れば、あとは警察と検事と弁護士と裁判官のお仕事。
彼女達が起こしたこの複雑怪奇な事件も、本職である日本の司法機関がなんかいい感じに裁いてくれることでしょう。
まぁつまり、やっぱり面倒くさがりの私は、一番面倒くさい部分をよそ様に丸投げしたわけです。
因みに今レモンちゃん達は事実確認やらの為に拘置所にて身柄を拘束中。そして令達は精神分析にもかけられていたりと、色々あって裁判はまだ開かれてもいないそうです。
そもそも裁判って長引くものらしいですし、一体いつになったら彼女達が真に裁かれるかは誰にもわかりません。
……とはいえ死刑になることはないでしょう。
かなり凶悪な殺人事件ではありますが、レモンちゃん達は未成年。日本の法律では十七才以下が死刑になることは極々稀です。
……補足ですが、これらのレモンちゃん達の顛末も、やはりライラ令とマナ令はまだ知りません。
全て私達ヒロインズが秘密裏に進めたので。
ライラ令とマナ令は今もレモン令が全ての元凶で、異世界ではレモン令と偽令だけが幽閉され、それにレモンちゃんが健気に付き添っているだけと思っていることでしょう。
彼らが事件の真実を知るのは……まぁ、もう少し後にするつもりです。具体的に言えば彼らが死に瀕する間際とかそれぐらい。
つまり明かすつもりはない、という事です。
全く過保護なのか残酷なのか、我ながらどっちなのかわかりませんね。
「はぁ……となると一体私の記憶を消すのはいつになるのやら」
目下の問題はそこです。
こんな色んな問題を抱えて、私だけ鬼島令に関する全ての記憶を消して新しい人生を再スタート!とは流石の私も割り切ることができません。
すべてとまでは言わないまでも、せめてレモンちゃん達の判決を見届けるぐらいはしないと格好がつかないでしょう。
そんなわけで私は、未だに死んだ彼氏の面影を追う薄幸の美少女に努めなければならないのです。
やれやれですよ全く。
後始末も楽じゃない。というか一番しんどいまである。
そう切に訴えたい私です。
……でもま、私自身もう少しだけ、この
だからきっとこれが一番良かったのでしょう。
幸い、退屈だけはしなさそうですしね。
だって今の私には、秘密を共有する女の親友が二人もいるのですから。
「それより恵梨香よ! いい加減ソナタが令の童貞を奪った日の事を語るのだ!」
「そうです恵梨香様。隠し事はワタクシ達の間には無しですよ!」
「……いや、退屈はしないですけど鬱陶しいのも困りものですかね」
「なんの話しだ? というか鬱陶しいとは我のことか? いいのかそんなことを言って? 泣くぞ、我泣くぞ? エンエン泣いてしまうぞ? でもそんな冷たい恵梨香も我はしゅきぃ」
「だからチョロ可愛いの化身かよ」
いい加減そのデカイおっぱい揉みますよ。
もう今のテンションでライラ令に迫れば、あんな童貞なんてイチコロでしょうに。
「やはりこうなったら恵梨香様の脳を摘出して、記憶データをワタクシのハードウェアに同期させるしか……」
「発想が
わめきたてるポンコツヒロインズ達にもみくちゃにされながら、ふとした妄想が頭をよぎる。
「……」
──もし、もっと早くにこんな風に皆で馬鹿をやれていたら、もしかしたらここに彼女もいたのでしょうか。
そんな儚い妄想。
イフを考えればキリがないけれど、それでもやっぱり私は考えずにはいられなくて。
やがて妄想は過去へと繋がり────警察に出頭する前の、レモンちゃんと私が最後に交わした会話を思い出させるのでした。
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