閑話その⑤ 鬼島檸檬の孤独と孤高とお兄ちゃんから愛されなかったそれだけの人生

 どうしてこうなのか、どうしてこうなってしまったのか。


 あたし、鬼島檸檬の人生はいつもその疑問がつきまとうくだらないものだった。

 あたしがものごころ付いた時には既に、自分はまわりの人間とは決定的に違う存在だと自他共に認めていた。

 これは自惚れでも誇張でもなく、あたしはまわりの人間より『特別』だったのだ。


 ──人から無条件に愛される体質。


 それがあたしの『特別呪い』。

 ちょっとした具体例としてあたしの体験談を一つ出すなら、ある日幼稚園で突発的にあたしは、何も悪くないただ隣にいただけの子を殴ったことがあった。どう考えてもあたしが悪い。


「「「「」」」」


 しかし周りも、先生も、その子の保護者も、それどころか殴られた本人さえ何故かあたしに詫び、許しを請うた。


「「「「ごめんなさい。レモンちゃんに殴らせるような事をさせてしまって」」」」


 そして最後に、


「「「「だからこれからはもっともっとレモンちゃんを『愛』するね!」」」」


 こんな言葉を吐かれた時には、苦笑いを超えてもう本気で笑うしかなかった。

 ただ嫌われたくて叱られたくて

 そんな我儘で殴った自分に謝り愛を囁くなんて、狂っているとしか言いようがない。


 …………勿論どちらが狂っているのかは言うまでもなく。


 笑顔笑顔笑顔

 貼り付けたような笑顔が日常を覆う毎日。

 右を向いても、左を向いても笑顔

 おぞましいとすら思える笑顔養殖場パワースポット


 それがあたし、鬼島檸檬というナニカ。


 ────無条件に人から『愛』される。


 それは普通の人間からしたら羨ましいと思われるかもしれないが、実際に体験するあたしからすればどうしようもなく疎外感を伴うもので。

 何故なら当たり前に供給される『愛』は最早愛ではなく。

 例えるなら、ダイヤモンドが道端にゴロゴロ転がるようになれば、誰もダイヤモンドを有り難がることをやめるのと同じ。

 ダイヤモンドが特別なのはその希少性からであって、希少性という価値が値崩れしてしまえば、ダイヤモンドは途端にただの石炭以下の石ころに成り下がる。

 希少で中々手に入らないからこそ、特別は特別足りえるのだ。

 だから『特別』を無条件にかつ簡単に手に入れられるあたしにとって……愛はただの石ころだった。

 故にあたしはいつもまわりから石を投げつけられていたに等しい不快感に襲われていた。

 勿論本物の石を投げられるよりはマシなのだろうけど、でもあたしにとっては実際に痛みを伴うものだったから。

 それは身体のどの部位でもなく、たぶんココロというヤツが痛みを訴えていたのだろう。


 あたしは日々痛みを抱えて生きていた。


 誰にも理解されない痛み。

 それは孤独であり、孤高だった。

 日々積み重なるは、まるで塔のようにあたしをより高みへと登らせ、誰にも理解されない高みへと押しやってしまう。


 まるで「お前は私達とは違う生き物だから」とこの世界から追い出そうとする人間の無意識の迫害抵抗のように。


 ラプンツェルの塔よりも尚酷い迫害と追放の石塔。

 ……しかしそんな外来種あたし特別視迫害しない馬鹿な人間が一人だけいた。


 それが鬼島令。あたしのお兄ちゃんだった。


 お兄ちゃんがあたしに向ける感情はまわりとは違うもので。

 なんというかこう……雑だった。

 嫌悪と好意の中間……たぶんあれがいわゆる『普通』というものだったのだろう。

 お兄ちゃんはあたしに兄妹として『普通』に接し、ムカつくくらい邪険にする時もあれば、驚くほど優しく接してくれたりして……。

 あたしが求めてやまなかった『普通』を、お兄ちゃんだけはあたしにくれた。

 もはやあたしにとって『普通』が『特別』だった。

 そうして、こんなあたしに当たり前に『普通』をくれる彼のことを、一人の男性として意識するのにそう時間はかからなかった。


 お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん。


 あたしの『普通』のお兄ちゃん。

 あたしだけの『特別』な恋しい人。


 恋は病に似ている。熱に浮かされまともな判断力を奪って、とんでもない奇行を敢行させるから。

 でも恋は病と違ってお手軽な治療薬が無いから救いがない。

 恋を完治させるには、ソレを成就させるか、破綻させるかの難解な二択しか用意されていないのだから。

 つまりこの『特別恋心』をお兄ちゃんに知らせなければいけないということ。

 ……こんな歪んだ特別なあたしでも、実の兄に恋慕するのが異常だってくらいはわかる。


 いや、そもそもこの恋は破綻している。


 お兄ちゃんに恋心をぶちまけ振られたら、兄妹という今までの『普通』な関係は終わるだろう。

 ……けどそれだけならまだいい方だ。

 もし、もしこの恋が叶ってしまったら……お兄ちゃんがあたしに向ける『普通』は、きっとまわりと一緒の『特別(愛)』に成り下がる。


 それだけはあってはならない。絶対に。


 なんて矛盾だろう。

『特別』を嫌悪している癖に、『特別』を求めるなんて。

 だから結局どちらの結末を迎えるにしても……あたしの恋がハッピーエンドを迎える可能性は無いのだ。


 笑ってしまう。あたしはどうしたって壊れる運命だったのだ。


 日々の痛みと身を焦がすを抱え続けるしかない、孤独と孤高とお兄ちゃんに愛されないだけのあたしの人生。


 ────もしソレが終わる破綻するとしたら、それはあたしがどうしようもなく壊れた時なのだ。


 そんな風にあたしは人生を諦めていた。

 けどそんなあたしの感情を無神経に逆撫でする存在が、いた。


 そう、佐藤恵梨香だ。


 ……無邪気に、傲慢にお兄ちゃんに恋するあの幼馴染が憎くて憎くてたまらなかった。

 妹であるあたしより、お兄ちゃんと長い付き合いのあるあの女。

 あたしと違って、誰にはばかる必要もなくお兄ちゃんを素直に慕える幸福を持つ女。

『特別』をそのままの意味で享受できる『普通シアワセ』な女。

 それら全部をあの女は持っていて……なのにソレを上手く活用するでもなく不器用に空回り続ける傲慢と余裕。

 嫌わない理由が皆無だった。

 まぁお兄ちゃんの手前、いい子ぶって表面上は仲良くしてやったが……内心はマジで嫌いだった。顔も見たくないレベルで。


 ……。



 けどあの女とお兄ちゃんの関係を邪魔する権利はあたしには無い。

 あってはならない。

 それをすればお兄ちゃんに嫌われるし……

 だからあの女とお兄ちゃんが結ばれるのをただ観ている傍観者であたしは居続けるしかない。


 だって孤独と孤高とお兄ちゃんに愛されないだけがあたしの人生だから。


 そうでなければいけない。あたし自身の為。なによりお兄ちゃんの為に。


 ────でも、それが崩れた。

 お兄ちゃんが吸血鬼になった。

 いや、そんなのはどうでもいい。

 重要なのは、吸血鬼の真祖でお姫様な女の婚約者になったことだ。

 意味がわからない。

 まるでお兄ちゃんが好きなラノベみたいな展開。

 ……認められるわけがなかった。

 ポッとでの女のくせに、何故お兄ちゃんの女面をするのか。

 その場所はお前じゃない。


特別化け物』がお兄ちゃんの横に居座るな!


 あたしが恵梨香あの女を曲がりなりにも認めていたのは『普通』だったから。あたしが持っていないものをあの女が持っていたからだ。あの女は……あたしじゃお兄ちゃんにあげられない幸せ普通をあげられる女だったから認めていたのに……。


 だがあの血吸いの化け物は『特別』だ。

『普通』じゃない。


 ならあたしでいいじゃないか。

 お兄ちゃんの『特別恋人』はあたしでいいじゃないか!


 ……そんな憤怒があたしの辛うじてもっていたバランスを崩し始めた。

 そんなところへ、また違う『特別』がのこのこと着払いでやってきた。


 今度は美少女ロボットメイド。


 ふざけるな!

 なんだそのオナホみたいな設定の女は?!

 男に媚び売る為だけみたいな設定しやがって!

 ……朝と夜にキスが必要なロボットって、ふざけるのもたいがいにしろ!


 もう、我慢の限界寸前だった。


 そこへ最後のダメ押しとばかりに……あたしのがやってきた。

 異世界の天使の軍団があたしを攫いに来たのだ。

 そこであたしとお兄ちゃんは、あたしの出生の秘密を知った。

 あたしの正体は異世界の大天使と勇者のハーフなのだと。

 それを知った時、やっと今までの疎外感に納得諦めがいった。

 あたしの孤独と孤高はやはりただの事実で、そもそもあたしはまわりのニンゲンとは違う生き物で、違う世界の住人だったのだ。

 この世界の住人はあたしを無条件に『愛』し、それと同時に別物のように取り扱うことで異物あたしを無意識に区別排除しようとしていたのだと。

 ……けどそんな衝撃(笑)の事実はもうどうでもいい。だって仮説が真説になっただけ。絶望という塗り絵に色がついただけの話。

 そんなことより、何より重要だったのが……お兄ちゃんとの血の繋がりがないというその一点。

 それはあたしを辛うじて縛り付けていたお兄ちゃんへの恋慕の枷が、また一つ無くなってしまったことを意味していて……。

 でも悲劇はそれだけで終わらなかった。


 例の予言だ。


 あたしとお兄ちゃんの子供がやがてまた異世界を救うであろうという……事実上の子作り宣告のアレである。

 アレを聞いた時、お兄ちゃんは困惑していた。けどあたしの内心の狼狽に比べたらカワイイものだ。

 あたしが全力で抑えていた恋慕を鼻で笑うかのような……強制子作り宣告。

 恋も愛もキスもセックスもスキップした結論。


 もう笑うしかない。


 あたしの努力は無意味だった。


 あたしが必死に守ろうとしていたお兄ちゃんとの『普通』の関係は、あたしが壊れる前に外野からのたった一言で跡形もなく壊れてしまうものだったのだから。

 でもまだ悲劇……いやここまでくれば喜劇か。ソレは終わることはなかった。

 お兄ちゃんとあたしは結ばれる未来が確定した。

 けどお兄ちゃんには問題があった。

 お兄ちゃんには婚約者の血吸いの化け物がいて、それから毎日朝と夜にキスを必要とするオナホロボットを使っていて……それから幼馴染のあの女がいた。


 そうして決断を迫られた優しいお兄ちゃんは……全部を選んだ。


 異世界の神様の力で四人に増えることによって、全てを手に入れたのだ。


 つまり……あたしだけを選んではくれなかった。





 ねぇお兄ちゃん。『特別』は希少だから特別なのに、四つも増えちゃったらそれはもう『特別』じゃなくて『普通ガラクタ』だよ?

 アハハ! 確かにあたし『普通』が大切って言ったけど…………こういうことじゃないから!!! 女心を舐めないで! これじゃあさ、あたしだけ大切なものを失くして意味の無い関係が残ってバカみたいじゃんねぇ!? ねぇあたし重いかな? 頭おかしいかな? 矛盾してるかな!? うん、知ってる! でもでもこんな仕打ちはあんまりだよお兄ちゃん!!! やっぱりあたしは愛されたいの!! お兄ちゃんのただ一人の『特別普通』でいたいの!! 違うちがうチガウそうじゃないそうじゃないそうじゃないいや合ってるでも違くてやっぱり合っててでもでもでもでももでmどえmどえd────


 ナニカの壊れる音がした。


 アハハはははははハハはハハハハハハハハハハははハハはハハハハはハハハハはハハ!!


 ……優しいお兄ちゃん。

 そしてどうしようもなく残酷で卑怯なお兄ちゃん。

 あたしはこんなに傷ついて、大切なものを横から壊されて、最後とどめにお兄ちゃんから尊厳を殺されたのに……お兄ちゃんは全部を手に入れるんだね。


 もうあたし、どうしていいかわからないよ。

 どうしてこうなのかな? どうしてこうなったのかな?

 わかんない。もうなにもわからない。それにもう……疲れたよ。

 だから、ね?

 

 ……………………………………………………………………もう、いいよね。


 あたしは、頑張ることをやめた。

 壊れたあたしはまず初めに快楽に従った。

 お兄ちゃんとセックスする。

 お兄ちゃんとドロドロにまぐわってこの身体も心、あたしの全てをお兄ちゃんにぶつけたかったから。

 でも…………お兄ちゃんに初めて関係を迫った夜、お兄ちゃんはあたしを拒んだ。


「まだ早い」


 とかなんとか言われたっけ?

 だからついかっとなって…………殺した。


 半裸でお兄ちゃんに馬乗りになりながら首元を絞めあげて、「どうして」みたいな顔をするお兄ちゃんの首をそのままねじ切った。


 …………流石の吸血鬼でも首が切れたら死ぬみたい。


「どうして」じゃないよお兄ちゃん。ここまで何もかもを失ったあたしのささやかな願いまで断ち切るなんてそんなの────赦せるわけがないんだよ?


 ……………………………………………………うん、だからこれは復讐、いや天罰なんだ。


 天使のあたしが言うんだから間違いない。

 そうだよ。あたしだけが、みんなに罰を与える資格がある。

 そうに違いない。

 だってそうじゃないと辻褄が合わないじゃないか。

 どうしてあたしだけがこんなに不幸な目に遭わないといけないの? 


 ……救いがないの? 


 幸福が……憎い悪い

 天罰が、必要だ。

 それだけが、世界に均衡をもたらせられる。


 だから次に選んだ天罰の対象は……あの『普通』の女を選んだ恵梨香令に決めた。

 だってあのカップルが一番罪深いから。一番あたしが望んでいた幸せを手に入れたあの二人。どれだけあたしが望んでも絶対に手に入らない幸せを手に入れた憎い悪い二人。


 あたしはまず、レモン令殺しの罪を恵梨香令に打ち明けた。

 そして隠蔽工作に手を貸すよう涙ながら訴えた。

 勿論ウソ泣き。

 女の涙は男には無敵でも、実際のところは無価値なただの塩辛い水に過ぎないっていつになったら世の男共は気付くのだろう。

 そして例に漏れず馬鹿なお兄ちゃんはあたしの涙なんかにコロッと騙されて、甲斐甲斐しくもお願いを叶えてくれちゃった。

 あたしの殺人をそもそも無かったことにする為に、恵梨香令にもう一度増えてもらい、増えた片方の恵梨香令の記憶を弄って、レモン令に改造する。

 そんな馬鹿げたお願いを、お兄ちゃんは叶えてしまったのだ……。


 


 そうして恵梨香令お兄ちゃんはまんまとあたしの罪の片棒を担いで、幸せの絶頂から転落した。

 自分の妹が自分と同じ存在を殺し、あまつさえその犯罪の隠蔽に自分も手を貸す。

 どう考えても不幸のどん底だ。


 ────でも罰はまだ足りてなどいない。


 次の標的は恵梨香あの女だ。

 カップルなら不幸も分け合わないと、ね。


 そしてあの作戦を思い付いた。

 お兄ちゃん入れ替わりドキドキセックス大作戦。 

 記憶操作と洗脳の魔法『ロボトミー』で屑に仕立て上げたレモン令(元恵梨香令)を唆して、秘密裏に他のお兄ちゃんと入れ替わり他の女を抱かせる作戦。


 アハハ、もう絶対に上手くいかない作戦。

 ま、本命は勿論別で、恵梨香令抹殺計画が本当の狙い。

 あたしの罪を知る恵梨香令を消せて、あの女も不幸のどん底に叩き落とせる一石二鳥の作戦嫌がらせ


 そうしてあの事件は起きた。


 結果は上々。

 お兄ちゃんに相応しい、四分割に切断されての死。

 こうして秘密を知る恵梨香令は死に、あの女も珍しく取り乱して泣きながら絶叫していた。

 あたしがそれを聞いて裏でほそく笑んだのは言うまでもない。

 あとは消化試合みたいなもの。

 あの女が事件解決に動くとは思わなかったけど、どうせこの事件の犯人はレモン令なのだ。精々勝手に頑張ればいい。

 行き着く先は別の地獄が待っているだけとも知らずに。


 とはいえちょっとしたお遊びで、レモン令をもう一度増やして死んだ恵梨香令が蘇ったみたいな展開を披露して場を搔き乱したりしちゃったけど。

 勿論理由はあの女がより傷つくから。上げて落とすは嫌がらせの基本だからね。

 けどまぁそれがヒントになって事件はあの女によって上っ面だけは解決されてしまった。

 お遊びで足元を掬われる経験なんて初めて。

 でもあの時のあの女の悲惨さは観ていてやはり痛快だったから、やって正解だったのは間違いない。

 そうしてあの女への天罰は大方完了し、あたしは残った奴らへの天罰を下す準備を始めた。

 お兄ちゃんという戦力を秘密裏に増やし続け、ライラとマナ、そしてライラ令とマナ令、彼らを皆殺しにする。


 あのカップル共は恵梨香達とは違う方向で罪深く、一刻も早く無惨に殺したい。

 とはいえ強敵なのは間違いないから、ここは無駄に趣向を凝らさず粛々と天罰を執行しなければ。

 彼女らを殺せば、やっとあたしの天罰復讐は完了する。

 辻褄が合わさる。

 世界が均衡になる。

 ……あたしは救われる。


 その…………はずだったのに。


 どうしてこうなのか。どうしてこうなったのか。

 夏休み最後の日。

 あの女に呼び出された。何でもお兄ちゃんに関する記憶を消したいとかどうとか。

 あたしはその言葉にまんまと騙され、おびき出されて────


 結果、見るも無残な敗北。

 あたしの罪は暴かれ、力でねじ伏せようとしたら見事な返り討ち。

 まさかあんな隠し玉を持っていたとは。……この時点でのライラとマナの両方とのバトルは予想外だ。

 お兄ちゃん達は瀕死の重体。あたし自身もなんでまだ生きているのか不思議な状態だ。


 ホント…………どうしていつもこうなのか。


 あたしの人生はこんなのばっかりだ。

 そもそも消化試合だったはずの計画天罰に狂いが生じ出したのは、お兄ちゃんの増加に制限があると知った時からか。

 恵梨香令の殺人事件がひと段落し、異世界でまた秘密裏にお兄ちゃんを増やそうとしたら、神様からお兄ちゃんを増やしていた原理を唐突に説明された。

 …………まさかお兄ちゃんを増やす原理が、魂の分割だったなんて。

 ある程度の魂の強度と密度がなければ、魂を分割したところで霧散する。

 つまりある一定回数しかお兄ちゃんを増やすことはできない、と。 

 そしてあたしのもとにいるレモン令と偽令は、それぞれもう一回ずつしか増やすことができないほど魂の強度と密度が落ちているのだと、そう告げられた。

 どんなものにも限度はある。

 考えればわかるようなものだけど、あたしには盲点だった。さながら昔の童話の愚か者みたいで、我ながら滑稽だ。

 そして童話の愚か者の末路は決まって碌なものじゃない。


 それを証明するように、今あたしとお兄ちゃん達は石ころみたいに地べたに転がっていて。

 既にあたしの結界魔法は解け、元の場所である神社の境内に戻っている。


「………ぁぁ」


 夜空が見えた。

 仰向けにぶっ倒れていたあたしはもう指一本動かせないけど、瞼だけは開くことができた。

 開いて、閉じて、また開く。

 その僅かな自由だけが、あたしには何故かこの上なく嬉しかった。万能ではなく不自由こそが、きっとあたしには必要なものだったのだ。


 ふと、昔お兄ちゃんと見上げた夜空を思い出した。

 都会故に決して満天の星空ではなく、辛うじて一つの星が見えるくらいの穢れた空。

 …………けどそこに輝くたった一つの星は、ダイヤモンドのようなキラキラとした輝きにあたしには見えて。

 今日の夜空もそれと一緒だった。たった一つの星が、孤独(孤高)に負けず声なき光を放っている。

 だから人生最後の景色としては悪くないと、あたしは安堵ともつかない覚悟を決められた。

 この景色は、あたしそのもので、あたしだけのものだ。


 ────なのに、


「レモンちゃん、アナタは死なせませんよ」


 あの女の顔が、孤高孤独に光る星の輝きに割り込んで寄り添ってくるのだった。

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