第六章 後始末 その①
八月三十一日、夕方。
夏休みも今日で最後。明日からは高校二年生の二学期が本格的にはじまる。
セミの抜け殻みたいになった夏を無意味に消化するのにもやっと慣れたというのに、時間というか世間は、もう次のステップへの準備をしろと私にせっついてきやがります。
本気でやれやれです。
あの夏休み初めに起きた事件から一ヶ月と少し。
たったそれだけなのか、もうそんなに経ったのか。私には判断ができませんが、ただ私はあれから自分の生き方というものを見つめ直す時間とそれに付随するその他諸々にこの夏を費やしました。
花の女子高生の二年生の夏休みをそんな哲学的思考に割いて良いのかと自分自身疑問に思わないでもないですが、それ以外にやれる事がなかったので仕方ありません。
そんなわけで私はこうして夏休み最後の夕日を、自宅の窓から無感動に眺めているだけなのでした。
────私の幼馴染で……彼氏だった鬼島令はもういない。
でも私はまだ生きている。
私の
無慈悲に、残酷に、そして当たり前に。
私はずっと彼氏であった鬼島令を想い続け、自らが死ぬ最後の瞬間も令との甘い時間を思い出して息を引き取る────そんな私の人生。
なんて純愛。これぞ悲劇のヒロインに相応しい物語の終わり。
………………でもそんな人生が、果たして正しいのでしょうか。
故人を大切に思い続け、人生を捧げるのは難しいからこそ尊いし素晴らしいもの。
でもそれだけ。
言ってしまえば自己満足以外の何ものでもない。
まぁ結局人生なんて自己満足を追及するのが本質ですから、本人が納得していれば最終的に周りにとやかく言われようが関係はない。人生自己満足できるならそれにこしたことはないのです。
「……………………………………」
けど、こうも思う。
果たして私のそんな人生を、
死んだ人間が何かを思うことなど最早ないですが、人間は想像する生き物なので、どうしても考えてしまう。
もし
「……………………………………………………………………………………わかっていますよ」
考えずとも。直感で。
絶対に令は喜ばない。それどころかみっともなく泣いて己を責めるでしょう。
アイツはそういう男です。
だから私の人生の自己満足を追及する上で、ソレは見過ごせない重大案件。
「だから結局、私はやっぱり令を忘れないといけない」
生半可ではダメです。令のことは悲しくも良き思い出だったと切り替えるなんて絶対に無理な私は、『鬼島令』に関するあらゆる記憶を消し去らなければいけない。
やるなら徹底的に。
脳の片隅にさえ令に居場所を与えてはいけない。
与えてしまえば、きっと私は結局鬼島令の為に生きてしまう。引きずり続けてしまう。
いや、それならまだいい方だ。
もっと踏みはずせば、きっと私も────
「……それだけは、やっちゃいけませんよね」
頭を振って、脳に湧いた形の無い雑念を丁寧にくびり殺す。
「はぁ、まったくとんだ後始末を残してくれたものですよ」
私を残して死んだ令。
令を殺した令。
私以外の女を愛した令。
でもそれでも大好きな令。
理屈じゃない。
幼馴染とは呪いの同意語。
私、佐藤恵梨香と鬼島令の関係は、ドロドロのぐちゃぐちゃに交わって溶け合っている。
「……愛憎とはよく言ったものです」
私は鬼島令を愛していると同時に、同じくらい憎んでもいて。
だから私に残された選択肢は────『魔法』というインチキを使って、鬼島令という存在そのものを都合よく忘れるしかない。
「レモン令の言う通りにするのは癪ですけどね」
鬼島令を……鬼島令とそれらに関する『特別』を全て忘れろ。
それはレモン令にも言われた
これから『普通』の人生を歩むしかない私。
その為には、日常を犯す『特別』を忘れて彼らとの因果を絶つ必要がある。
『普通』である私が平穏無事に人生を謳歌するには、『特別』である彼らは毒でしかない。
生きる世界の違う私達は、悲しいくらいにすれ違い続けるのだから。
まさしく現状がソレを証明している。
だから忘れる。
そうすれば全ての辻褄が合う。
種が地面から芽を出し、いずれ花を咲かせてまた種を残すが如く。
世界に秩序が戻る。
私は『普通』の世界で生き、彼らは魔法が跋扈する『特別』な世界を生きる。
きっちり棲み分けさえすれば私も世界も、きっと彼らも平和なのです。
だから………………………………………。
「じゃ、そろそろ行きますか」
辻褄を合わせに。
鬼島令というモノの全ての『後始末』の為、私は返り血のような赤で染まった街へと繰り出した。
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