閑話その④ 鬼島令が四人に増えた直後の頃の話
むかしむかし……いや別にそんな昔でもないですけど、大体令和入ってすぐくらいの日本の東京の国分寺市に、平凡で普通な女子高生がいました。
その女子高生はクラスで一番カワイイというわけでもなく、人気者でもなく、成績も普通、クラスの端っこで趣味に耽るのが日常の本当に普通な女子高生でした。
因みにその女子高生には、幼馴染がいました。
あとその幼馴染は最近吸血鬼になりました。
それから……………………………………色々あってその幼馴染は私の彼氏になりました。
いやもうビックリですよ。
異世界から帰ってきたと思ったら、なぜか令が四人に分裂していて、それからその内の一人が私に突然告ってくるわで……本当に大混乱でした。
あまりの混乱ぶりに、誤って一度令の告白を断ったレベルです。
……勿論その晩死にたくなるぐらい一人で反省会をしました。
千載一遇のチャンスを逃した大馬鹿者を罵る言葉には事足りましたからね。
けれど翌日も令は懲りずに私に告ってきてくれて………私は渋々ながらもそれにオーケーを出しました。
晴れてカップル成立です。ヒュー、ヒュー。
ええ、まぁ、ここまで来たら認めますよ。
私、佐藤恵梨香はずっと昔から……誰よりも早くに鬼島令という男の子に、恋をしていたんです。
でも最近は色々あって……本当に色々あって令との距離は絶望的なまでに開いてしまっていたので、この初雪より甘く脆い恋の成就は半ば諦めていたのが本音でした。
その癖……幼馴染を言い訳にしてズルズルと決定的な別れだけは回避し続けて。
ほんと、我ながらめんどくさい。
しかし棚から牡丹餅……いえ奇跡が起きて、なんと向こうから私に告白してくるとは。
いやはや誰にも予想できなかった展開。
私の脳内は逆転ダンクでブザービート状態でした。
そうして色々ありましたが、晴れて令と恋人同士となった私はバラ色の高校生活を満喫……できませんでした。
現実って厳しいですね。いえ知ってましたけど。
まずなんと言っても私というヒネクレ生物にとって、彼氏彼女というキラキラした関係を謳歌するのが絶望的に向いていませんでした。悲しい現実。
まずカップルとなってからの初めての学校生活初日。
前日はただ手を繋ぐ作戦を一晩中考えて一睡もできず、で結局朝学校に一緒に登校する段階になって、急に顔を見るのも恥ずかしくなって一人で登校してしまい、いざ挽回の為にお昼ご飯を一緒に食べようとしたら弁当を家に忘れている始末で、便所で独り泣きこもって新たな学校の怪談作成へと邁進。その日の放課後は死んだ魚の目で下校(勿論一人で)しました。
………ええ、マジで出だしは盛大に失敗しました。これ以上ないくらい、寧ろ笑っちゃうレベルで。
そんな感じで、その夜も一人反省会。
家で頭にキノコを生やしていたら……令が我が家を訪ねてきました。
衝撃です。もしや早くもカップル解消を言い渡されるのではと戦々恐々しつつ、私は玄関へと向かいました。
「ああ、あの、な、なんのご用件でございましょうか?」
玄関前でもじもじしながら、そんなテンパった挨拶をする私。
「いや、なんか今日変だったから。心配で様子を見に来ただけだけど。ほら……一応俺ら付き合ってるんだし」
「つき!」
そんな言葉だけでカチコチに固まってしまう私に、令はさらに続けます。
「……やっぱり、な」
「やっぱり?」
何か訳知り顔で、令は乾いた笑いを頬に浮かべます。
「今日の恵梨香の様子見てたらさ。思ったんだよ。……実は告白したの、迷惑だったんじゃないかって。現に一回断られたわけだし」
私は直ぐに令の愚かな勘違いを否定しようとしましたが、緊張と衝撃のあまり口がパクパクするだけで声が出ませんでした。仕事しろ声帯!
「急に告白とかしちまって、恵梨香にはたぶん意味わかんなかった、よな。だから今更ではあるけど、改めてお前と……もっと落ち着いて色々話しがしたくてさ」
「そ、それは私も、はい。話しは、したい、です。色々、沢山、山盛りに」
「よし。じゃあ今から出かけられるか?」
「大丈夫、です」
「ありがとう。それじゃあ手、繋ぐぞ?」
「え?」
手を繋ぐというのは、つまり手を繋ぐということですか? そ、そそそそんな大それたことを、そんな簡単に……!? 私が一晩掛けて練った作戦でも不可能だったアレを!?
けれど私の葛藤をよそに令は何でもないことのように私の手を握ると、ニッコリ笑って「ワープ」と口にしました。
すると私は淡い光に包まれ、気がつけばどことも知れない、星々が目を覆うほどに輝き放ち、夜空を幻想で染め上げる夢のような砂浜に二人で立っていました。
「え?」
……………………………………ここ、どこです?
あの頃の自分はまだ魔法というのもよくわからない正真正銘の一般人。突然の物理現象を超越した体験に頭が付いてきませんでした。
「ふー、ここなら落ち着いて話せるな」
けれど私を玄関からどこぞの砂浜に攫った容疑者は、それを説明する気はさらさら皆無で。
「それで話しの続きだけど、俺がお前に急に告白したのはさ────」
「いやその前に私をどこに連れ去ってるんですかこのバカ令!?」
「え?」
だからあの時の私は、もう色々と限界でそんな大声を張り上げたのです。
「あ~……もう! そうでした! アナタはいつもそうやってやることなすこと、大雑把で配慮に欠けるダメダメ男でした」
「な……ダメダメ男ってなんだよ?!」
「自覚無しとか救いようがありませんね。思えばいつもそう。アナタが起こしたトラブルの後始末をいつもいつも私がして。その度に私がどれだけ大変な思いをしたか。今回だって突然こんなわけのわからない場所に連れてきて、これじゃあ誘拐と変わりませんよ」
「いや今回はちゃんと許可は取っただろ!?」
「だ、れ、が! ちょっと今からコンビニ行こうぜ的なノリで、謎の夜の砂浜にいきなり瞬間移動しますか! 全然普通じゃないですよ!」
「ふ、普通がなんだよ。別に普通じゃなくたっていいだろ。俺はもう普通の人間じゃないんだし──」
令は顔をハッとさせ、思わず自分が言ってしまった言葉に、ゼロ点の答案用紙を丸めたような皺を顔面に作り上げました。
「…………そう、ですね。アナタはもう私と違って『普通』の人間じゃない。吸血鬼になって、沢山の、とっても綺麗な女の子達に囲まれて。ラノベやアニメみたいなラブコメして。……それで最近は異世界を救った救世主にもなったんでしたっけ? まさしくアナタが憧れていた『特別』な存在、主人公というヤツです」
私は星明りが照らす海岸の砂を蹴り上げながら、視線を水平線へと投げ飛ばします。
「……それなのに何で、私みたいな何の特別でもない普通の女の子に告白なんてしたんですか?」
結局話はそこに辿り着きます。
なんの取り柄もない普通な女の私。ただ鬼島令と幼馴染だっただけの存在。
ヒロインレース(この言葉嫌いです)なら真っ先に脱落する枠です。だって私は令が繰り広げていた特別な物語の蚊帳の外の存在だったのですから。
プロローグにしか居場所がない、本編には決して登場することができないキャラ。
それが私。佐藤恵梨香。
それなのに令は、そんな私に告白した。
勿論経緯は知っています。
鬼島令という存在が、異世界の神様の力によって四人に分割した。
そして令が増えた理由は……積み上げてきたフラグが爆発寸前になったから。
……なんだここは地獄か?
そして厄介なことにヒロインの半数はハーレムとかするぐらいなら皆殺し上等の唯我独尊我儘乙女。
だから令は増えることによって、すべての爆弾をなんとか処理したのです。
……色々言いたいことはありますが、まぁいいでしょう。
令和という新時代ですし、奇抜で自由な恋愛も受け入れましょう。
けれどだからこそ、疑問は残る。
何故令は四人に増えたのか。
別に四人に増えなくても、三人でも良かったはず。
ライラさん、マナさん、レモンちゃん。この三人と結ばれさえすれば、令が乱立したフラグの問題はとりあえず解決し、みんな幸せになることは可能だったのに。
……私になんて告白しなくても、令達は幸せを掴むことができたのです。
寧ろ私は余分で、要らないトラブルを招きかねません。
だって私普通ですし。
やっぱり後になって普通の価値観とか持ち出して、折角上手いことまとまったフラグ問題を瓦解させないとは言い切れません。
他にも……私が彼らの関係に加わることで、どこか思いもよらないところで新たな問題が発生する可能性もある。
彼が作り上げてしまったものは……とても歪な関係、砂上の楼閣です。
だからこそ関わる人数は少ない方が絶対に良い。
それは彼もわかっているはずです。
佐藤恵梨香という余分を抱えるリスクにリターンはまったく釣り合っていない。
私はその事実に内心怯え、でも直視するのも怖くて、なぁなぁで令の告白を受けてしまった。
「「……………………………………………………」」
誰もいない夜の砂浜に、囁くような波の音が響きます。それは本来なら耳に心地よい音で、けれどだからこそ今二人の間に生まれてしまった沈黙を埋めるには役不足で。
「……なんで告白したのか、か」
やっと口を開いた令は、私と同じように視線を遠い水平線へと向けます。
けれど決して交わることのない二人の視線は、永遠に平行線をたどって彼方へと消える。
「俺にとって、恵梨香は憧れだったんだよ」
「あ?」
予想外の言葉に、私は思わずオッサンみたいな音が喉からまろび出てしまう。
「なんだよその反応? 気づいてなかったのか。俺、恵梨香のこと尊敬してて、ついでにその……めっちゃ頼りにしてた。男なのに情けないけど。最低最悪に困ったことがあった時はいつも恵梨香が……俺にとってのヒーローだった」
「私が、ヒーロー? いやいや寧ろ逆でしょう。アナタの方が毎日偽善活動に精を出して……それこそヒーローみたいだったじゃないですか」
「あー、それはだな。あれだ。俺の普段の行動は全部、恵梨香みたいになりたくて、恵梨香の横に自信を持って立てる自分になりたくて、やってたことだよ」
「は────」
私は意味が分からなすぎて、水平線に向けていた視線を令の顔に向けます。
令の顔は夜にもかかわらず、吸血鬼のくせに真っ赤に燃えて太陽のようでした。
「だから! その、お前にいい所を見せたくて、俺は頑張ってたんだよいつも!」
「い、いえ。ちょっと待ってください。そもそも私が……いつそんなに憧れてもらえるほど格好良いことをしましたか? 別人と間違えてませんか」
「散々な言い草だな。……はぁ、お前自身もさっき言ってただろ。俺が起こすグダグダの後始末を、いつだって解決してくれたのが恵梨香だ。俺はその姿を、カッコイイと思ってたんだよ」
「マジですか」
「マジだ」
衝撃の事実です。
確かに令の後始末を昔からイヤイヤながらも担ってきましたが、まさか令の目には私がそんな風に映っていたなんて。
「……馬鹿ですね。私がアナタの後始末をしてあげていたのはそもそも……私がアナタのことを好きだったからなだけなのに」
もう全部馬鹿らしくなって、私にしては珍しく本音で返してあげました。
「え。お前、俺のこと好きだったのか」
「なんで意外そうな反応なんですか。どう考えてもわかるでしょ!」
「わかんねぇよ! いつものお前の俺に対する態度じゃ、精々嫌われてないかな程度にしか思ってなかったわ!」
「な……そんな程度の好感度の男の為に、私が毎朝起こしたり、よそ様の家事を手伝うわけないでしょうが!」
「いやでもお前の態度は悪意濃縮百パーセントだったぞ!」
「悪意の裏に宿る甘酸っぱい好意もちゃんと感じてくださいよ! アナタの大好きなツンデレですよ!?ありがたがれ!」
「お前がツンデレとか百年早いわ!」
「鈍感男!」
「傲慢空回り女!」
「はぁ!?それを言ったら戦争でしょうが!」
「上等だ開戦だゴラ!」
「「×○■▽;●!?!」」
……………………………………ええ、それから小一時間ぐらい、誰もいない砂浜で喧嘩してました私達。
本当に誰もいない夜の砂浜で良かったです。
あんな知能指数マイナス会話を誰かに聞かれでもしていたら……軽く死ねます。
私にも、それに令にもそれなりのプライドはありますから。
まぁそれぐらいみっともない喧嘩を繰り広げたのですよ、バカ二人は。
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
気付けば私達は、砂浜に仰向けで息も絶え絶えにぶっ倒れていました。
凡そ十六年間ぐらいで溜まりに溜まった互いの鬱憤をぶちまけ合ったのですから、こうもなります。
「……………………………………で、結局アナタは私のことが大好きだった癖に、他の女にもちょっかいをかけてフラグを乱立しまくった、と。……控えめに言って屑では?」
「いや別に憧れていただけで好きでは……」
「好きでは?」
「めちゃくちゃ好きでした……。はい、俺は最低の屑野郎です」
「よろしい」
何だか今の言葉だけで、これまでの鬱屈とした想いが晴れるようでした。
私も大概チョロイもんです。
めちゃくちゃ好きとか言われただけで、このバカを許してあげてしまうんですから。
「はぁ……なんかスッキリしました。変に気負っていた私が馬鹿みたいです」
「その、恵梨香は。……こんな俺でも、まだ好きでいてくれるのか?」
「はぁぁ……」
「あからさまな溜息!?」
「いやだって、今更そんな確認いります?」
「だ、だって気になるだろ!」
「……………………………………好きですよ。今でもめちゃくちゃ」
ああ、顔が熱い。どうして私は満天の星空の下、こんなこっぱずかしいセリフを吐いているのか。アオハルですかそうですかごめんなさいね。
「……ありがとう、恵梨香。こんな俺を好きでいてくれて」
どういたしまして。そう言ってこのままこのこっぱずかしいやり取りを終わらせようと思いましたが、意地悪な私はここで少し我儘を言うことにしました。
「そうです。寛大な私に感謝しなさい」
「へいへい」
「だからですね。今から言う私の我儘に付き合ってください」
「我儘?」
私は一度大きく海味に染まった空気を肺に取り込み、心臓をドクンと波立たせます。
「これから私と付き合うに当たって、アナタも私に合わせて『普通』に生きてください。吸血鬼の使命だとか、世界の危機だとかは他のアナタに任せて、私の彼氏であるアナタは今まで通り、街中で困っている人をお節介にも助けたりするぐらいの、小さな街のヒーローとして活躍してください。それが私とこれからも付き合っていく絶対条件です」
それは本当にどうしようもない、私の我儘。
人間らしい、『普通』の女の子だからこそ湧き出てしまう我欲を、私は敢えて言葉にして令の楔にしました。
好きな人が私の知らないところで、命がけで頑張ってなんて欲しくない……なんて綺麗な我儘じゃありません。
このスケコマシが、これ以上私の知らない所で女を作らないようにする為の……そんなどうしようもない女の嫉妬を拗らせた我儘なのです。
だって私、束縛系グラビティ彼女ですので。それも十六年も熟成させた年代モノです。
「……………………………………わかった。恵梨香がそう望むなら、俺は『普通』に生きる」
でもこのバカは、そんな汚い私も受け止めてくれたのでした。
「ホントに……アナタはバカですね。私なんかの為に折角手に入れた『特別』を手放すんですか?」
「恵梨香の隣に立てるなら、特別なんて惜しくない」
「……そんなに、私のことが好きなんですか?」
「ああ、大好きだ」
「……私、本当に普通で。精々オタクに優しいインテリギャル幼馴染ぐらいの属性しかありませんよ?」
「逆になんだよそのとりあえず盛れるだけ盛りましたみたいな属性は?ラーメン二郎か?」
「五月蠅いですよ」
ラーメン二郎美味しいじゃないですか。
「……ま、別に普通も悪くないだろ。だって俺と恵梨香が積み重ねてきたこの十六年間の『
「……そうですか」
「そうなんだよ」
「…………わかりました。じゃあこれから作る『
「はは、それは楽しみだな」
「ええ、楽しみです」
そしてどちらともなしに、私達は面と向かって誓いの言葉をもう一度唱えました。
「「ずっと好きでした。改めてどうかこれからも、末永くよろしくお願いします」」
いつの間にか、夜の浜辺に満ちていた波の音は聞こえなくなっていました。
きっとその原因は、波の音を掻き消すほどに心臓の音がうるさかったから。
波の音も沈黙も今はこの場になく、ただ二人の鼓動が鳴り響く。
無数の星が輝く夜空。星々の輝きに惹かれるように
宙と海。そこに最早境界線はなく、一つの世界を形作っていた。
決して交わるはずのない世界が交わる、特別で普通な夜。
そうして私と令は、やっと自他共に胸を張れるカップルとなったのでした。
……………………………………まぁそれからの一ヶ月は、それなりにいちゃいちゃというか、ええ、世間一般で言うバカップルを演じていたんじゃないですかね、いや知りませんけど。
手を繋いだり、キスをしたり……その先も、なんてここで言うことじゃありませんね。
とにかく私と令は、何の特別もない普通のカップルとして、日々を重ねていったのです。
────
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