第五章 幼馴染という名の呪い その③
「なんだよその顔。全部話せって言ったのは恵梨香だろ? これが俺の全部。本心だ。幼馴染って関係だけでずっと一緒にいたけど、お前のそういう傲慢なところ、マジでウザかったんだよな。いつも思ってたよ。コイツは何様のつもりだって。幼馴染じゃなかったら、お前みたいなクソ女とここまで一緒にいることもなかった。……俺にとって幼馴染なんてものはさ。呪いと一緒だよ。ずっと付いて回る、拭ってもぬぐい切れない過去からの妄執だ」
羽虫も集えば重くなる。繰り出される言葉は徐々に重く、実感の込められた、呪詛のような告解へと変態する。
そこに懺悔はなく、ただ相手を弾劾する為だけの蟲が世界に解き放たれた。
「呪い、ですか」
「そうだよ」
ああ、なんだ。
やっぱりそうでしたか。
「奇遇、ですね。私も同じ意見です。幼馴染なんてものは、呪いと一緒ですよホント。切りたいのに切れない腐れ縁。……これほど残酷なものもそうはありません、よ」
それはこの春から、嫌というほど実感した。
令が吸血鬼になってから……ライラさん達と出会ってからのこの地獄の約四ヶ月間。
一体何度思ったことか。
幼馴染でさえなかったら。
きっと私はもっと早くに令との関係を諦めて、疎遠になり何でもないただの昔の知り合い程度の距離になることができた。
ありきたりな甘酸っぱい思い出にできたはず。
でも幼馴染だったから。
令のことをずっと見てきて、最早生活の一部で、嫌なところもだらしのないところもダメなところも……そしてそして格好いいところも、魅力的なところも、頼りになるところも、そんな好きで好きで堪らない全部を見てきてしまったから、離れることも、思い出に変えることもできなくて。
諦められなくて。
どんなに苦しくても、どれほど無様でも。
私の心はずっと令に縛られ続けてきた。
それがどれほど苦しかったことか!!!
だから幼馴染なんてものは……令の言う通り呪いと一緒なんです。
人を呪わば穴二つ。
私達は互いに相手を呪い合っていたのでしょう。蟲毒を産み出す儀式のように。
「ええ……だからこの結末も仕方がなかったのかもしれませんね。今回は偶々アナタが罪を犯しましたが、何か一つ違えば私の方が罪を犯していたことでしょう」
令を殺していたのか、それとも私以外のヒロインの誰かをこの手で殺していたのかはわかりませんけど。
「やっぱうぜぇ。何わかったようなこと言ってんだよ。だからそういうところがうぜぇんだってことがわかんねぇかな」
「ふふ、わかりますよ。同族嫌悪ってやつですよね」
「チッ……」
おお、とても立派な舌打ち、火打石のようにそのまま発火しそうです。
「今気づきましたけど。アニメとかではよく見る舌打ちですが、実際の日常生活で舌打ちってあんまり使いませんし聞きませんよね。だって己の感情を内だけで制御できない子供みたいなマネをわざわざ人前で披露するなんて……ふふ、恥ずかしいですもん」
「だからそういうのがうっぜぇんだわ。ああ、うぜぇ、うぜぇ。俺のことなんでも知っている気になって、俺を馬鹿にするその言動。お前はなんもわかってない。いつだって。それが証拠に恵梨香令が殺された動機もお前にはわかんねぇだろ?」
おや、何を言い出すかと思えば。
「動機? そんなのわかりますよ」
「……なに?」
レモン令の視線が、冬にゴキブリを見つけた時のような予想外と嫌悪をないまぜにした色に染まります。
「アナタの動機は……ずばり
「……」
レモン令は何も言い返してこない。お、やはり私の予想は当たっていましたか。
……勿論私も恵梨香令が殺された動機なんて最初は見当もつきませんでした。
でも事件の捜査を開始してヒロイン達の話しを聞いているうちに……私達の歪みに気づいていったのです。
一人の男を四分割して増やして、四人の女と付き合うという、この状況の歪さに。
「そもそもの発端は、アナタが四人に増えたことにあります。アナタは色んな事情が重なって、私達ヒロイン全員を幸せにする為に一人から四人に増えました。切って分裂するプラナリアみたいに。そしてアナタに好意を寄せる四人の女それぞれに、増えた四人をあてがうという、夢のような関係ができあがりました。ハーレムを超えた新時代の男女関係。ふふ、これぞ令和って感じですね。………けど本当にそうでしょうか? この解決方法は、この男女関係は果たして本当に正しかったのか?」
私はレモン令だけでなく、改めてこの場にいるライラさん、マナさん、レモンちゃん、ライラ令、マナ令、全員に問いかけます。
その内に抱えた心という、ヒトの欲望でできあがった底の知れないアビスへと。
「ふふ、そんなわけありませんよね。少なくともライラさん、マナさんから今日話しを伺った時、彼女たちはこの私達の関係に不満を抱いていました。『我の令が、例え増えたとしても自分以外の女と過ごすのが許せない』『令様が四人に増えるのは非効率的』とそれぞれの理由ではありましたが、不満を抱えていらっしゃいました。勿論私も、少なからず不満を抱いていましたよ」
私の告発に、ライラさんとマナさんは口出しせずただ見守ってくれている。
それは後ろめたいことを暴露された女の厳しい目線ではなく、寧ろよく言ってくれたとばかりの温かいような、労うような何とも言えない目線でした。
「……ではこの関係に不満を抱いていたのは女性陣だけなのか? いいえ、男性陣も不満を抱いていたことでしょう。ではそれは一体どんな内容なのか。まず考えられるのは……四人に増えてまで全員と付き合いたいと思った優柔不断な男が、果たして一人の女で満足するのかという点です。手に入るはずだった女を我慢するのは、性欲猿には拷問でしょう。ねぇ?好きなヒトを一人に絞ることさえできなかった優柔不断ゲロカス屑野郎さん達」
「「ちょっ……待て!」」
ここで流石にライラ令とマナ令からの静止が入ります。まぁ……男ってこういうところで見栄を張りたがる生き物ですもんね。
「「お、俺達はこの関係に不満なんて……。というかそもそもこれは皆の幸せの為に」」
ははは、今更キレイごとをぬかしやがりましたよこの優柔不断色ボケ共は。
「夫よ、少し黙れ」
「令様、少しお静かにお願いします」
「「う……」」
けれどそれも女性陣達の冷たい圧力の前には、嵐の中に立てられた蠟燭の火みたい簡単に搔き消えちゃいます。私はその光景に若干満足しつつ、話しを再開する。
「さて話しの続きですが。四人に増えた令達は一人の女性と付き合いつつも、他のヒロインのことを忘れたわけでは決してなかった。一人に絞ることができないほど大大大好きなヒロイン達。彼女達のことを想い、令達はいつも頭と股間をもんもんとさせていたことでしょう。そしてその想いは日に日に積もっていく。具体的に言えば『他のヒロインともイチャイチャしたいなぁ。ああ、やっぱ他の女とも付き合いてぇ』と。ですがそんな我儘を言えば四人に分裂した意味がありませんし、何よりヒロイン達に確実に殺される。そんな恐怖がギリギリ令達を踏みとどまらせていた。でも……
「「ど、どういうことだ?」」
するとそこで罠に掛かったカモのように、未だに童貞の方の令達が思わず疑問を提示します。
それはマナ令とライラ令でした。
やれやれ、
……それにしても意外です。
マナ令が童貞なのは知っていましたが、まさかライラ令まで童貞だったとは。思ったよりもライラさん、奥手だったんですね。
「こほん。童貞二人に説明しますとですね」
「「ど、童貞ちゃうわ!」」
童貞二人がそんなテンプレを返してきます。
勿論私は無視して話しを続ける。
「男っていう性欲魔人猿は……女を一度でも抱くと謎に自信を持ち、調子づく生き物なんですよ。だから童貞を捨てたばかりの男は考えちゃうんです。もっと他の女も抱いてみたい、と」
ええ、まったく困った生き物ですよ。浮気、不倫、姦淫。遥か古代から続く人間の大罪。
とはいえ進化論的にそういう考えを持つのは自然なことではあるのですけどね。
より増えて栄えた方が生き残る。そんな結果論が、私達生物の宿命でもあるわけで。
「それも好きな女を一人に絞ることもできない優柔不断助平猿なら尚更その欲は強いでしょうね。そこでお猿さんは考え付いてしまった。女性陣には秘密で、自分と別の自分が入れ替われば、他の女も抱けるのでは?と」
「「「「な……」」」」
この最低に冴えたヤり方には、流石に童貞以外の女性陣も目から鱗なのか、いえ嫌悪したのか皆さん言葉も無いと言った表情を浮かべます。
「つまりレモン令は、ソレを考え付き実行しようとしたわけです。そしてまず初めにその案を提案したのが私の彼氏、恵梨香令だった。……しかしそれは恐らく却下された。そして……計画が露呈しないよう口封じの為に殺された」
「──なんで、そう言い切れる?」
絶句の嵐の中、最初に口を開いたのはレモン令でした。
「あくまでもお前の推理が正しいなら、殺された恵梨香令も俺と同じ考えの猿のはずだ。なにせ同一存在で、そしてアイツも経験済みだったわけだからな。それなのになんで、入れ替わりの提案をお前の彼氏の恵梨香令は断ったんだ」
そう問いかけてくるレモン令の瞳は、意外なことに真摯な色に染まっていました。
まるで本当にこの謎をお前になら解けるのかと、どこか切実な思いが込められているようで。
「そうですね……。理由があるとすればそれは」
これは他のヒロインも令達も知らない、私と私の彼氏、恵梨香令との二人だけの思い出。
────もう二度と戻らない、甘酸っぱくも幸せだった日々の陽炎。
「……私の令は、アナタと違って『普通』であることを選んでくれたのですよ」
令が増えたあと、私と過ごしてくれた令だけが選んだ、これからの人生の指針。
『特別』を捨て、ただ『普通』でささやかな幸福ある人生を、彼は私の為に選んでくれた。
昔の平凡で『普通』の男子高校生であった自分に戻る。
……そんな寄り添う(ツマラナイ)生き方を。
「……なるほどな。どおりで頭が固いわけだよ。お前の『普通』な価値観が伝染しちまってたから、俺の提案をあんなに激怒して否定したのか。ほ~んと、あんまりにもうるさくわめくから────その場でつい殺しちまったよ」
レモン令は一度瞼を閉じたあとは、まるで真夏に干した洗濯物みたいにカラッとした声で…………やっとそう自白しました。
けれどそんな彼の様子は、言葉とは裏腹にほんの少し寂しげで。
元は同じ人間でも、過ごした時間によってこうも変わる。
……その事実だけは、今のレモン令とも分かち合えたただ一つの真実でした。
それにしても、私の彼氏も大真面目馬鹿すぎますよ。
なにもそんな殺されるまで意地を張らなくても良かったでしょうに。
………やっぱり幼馴染なんてもの、呪いでしかない。
これじゃあ私が原因で……死んだも同然じゃないですか……ばか……。
「では……犯人も罪を認めたことですし、そろそろ、レモン令の殊遇を決めないといけませんね」
とはいえこれでやっとひと段落付いたわけです。
思えば長い一日でしたね。
ただの女子高生である私ですが、改めて振り返ってみても結構頑張ったと思います。寧ろ頑張りすぎている。
しかもこの頑張りには時給が発生しません。ただ働きです。
まったく割に合わないにもほどがあります。
けど……。
令が起こしたごたごたの後始末を手伝う。
この『取り決め』も、もう果たせたも同然──
「おい。誰が大人しく捕まるって言った?」
「え」
レモン令が不敵に笑います。
しかし現場慣れしていない私は、警戒態勢にすら移行できなくて。
レモン令は一瞬の隙を付いて私の背後を取り、そのまま私の首を肘で絞めつつ周りを牽制。
事件解決の衝撃と余韻に浸っていた他のメンバーも、咄嗟の行動に誰も反応できませんでした。
つまり、私絶体絶命。
「こ、この期に及んでまだ抵抗する気ですか。この場にはアナタもご存知なやべぇ方々が沢山いるんですよ」
流石にテンパって三下のチンピラみたいな発言をかましてしまう私。
しかし言っていることは本当です。例えレモン令でも、私一人を人質にしてもそんなものは誤差。彼がこの場を逃げおおせられるはずがありません。
けれどレモン令は離してはくれず、戦闘態勢のまま。
レモン令の生温かい吐息が、首筋に当たって気持ち悪い。
蛇が首に巻きつくような感覚。
ああ、神様。ここまで頑張ったご褒美がこれでは流石に浮かばれませんよ。
私は早くも抵抗を諦め、このままどうにか痛い思いをしないで済むよう祈りを捧げはじめていたのですが、
「……は。冗談だよ。最後に恵梨香の焦ったマヌケ面を見たかっただけだ」
しかしレモン令はそう言って、さっきまでのことなんて何もなかったみたいに私の首を離してしまいました。
「はひ?」
私は突然の自由にその場で膝から崩れ落ちます。
「お前の言う通り、このメンツ相手じゃ例えお前を人質にしても逃げられねぇしな」
え、つまり。本当にただの冗談、ということです?
「ちょ、あ、こ、こここのバカ令!?」
何考えているんですかこのバカは? わ、私を辱しめる為だけにこんな……!
私は立ち上がり、髪を逆立てる勢いでレモン令に詰め寄ります。
「お前があまりに油断してるからだ。今回は冗談で済んだが、俺がその気なら死んでたぞお前」
「そ、それはそうですけど。いやだからって今の悪ふざけが肯定されることは決して……!」
「悪ふざけじゃねぇ。これは忠告だ。お前が今生きているのは……偶々だ。本来なら自分を守る術のない『普通』の人間が俺達のような『特別』に関われば、ここに至るまでに何度も死んでいる。……たった今日一日でそれは嫌ってほど学べただろう?」
「そ、それはそう、ですけど」
その言葉は本当に脅しではなく忠告で。山奥の猛吹雪、イタリアンマフィアの抗争、そして今の純粋な暴力。
それらを経験した今の私には、反論などできるはずもなく。
「何度も言っているけどな。とっくに、てか最初からお前の出番なんて本来ねぇんだよ。いつまで出しゃばるつもりだよお前は」
「…………………………………………つまり、ここらで私は手を引け、と?」
探偵役はおしまい。
いえ、それどころかきっと彼が本当に言いたいことは──
「もう俺達とお前じゃ住む世界が違う。……普通(つまらない)の生き方が大事なら、お前はもう二度と俺、いや俺達や他の仲間も含めて、誰とも関わるな。俺達のことは金輪際忘れろ。最初からなかったことにしろ。『
「────」
………………………………………………いや、幼馴染解消ってなんですか。
幼馴染はカップルみたいに簡単に消えるものじゃないんですよ。
幼馴染というのは過去から今まで続けてきた……いわば歴史の名前です。
歴史を無かったことになんて……。
ああ、だから忘れろ、と。思い出に変えることさえなく忘却しろと、最初から無かったことにしろと言ったのですかこの男は。
授業で習う歴史も、所詮今の権力者が都合の良いように編集編纂した物語。
だから私も都合の良いように改竄してしまえばいい。
鬼島令という存在を
「………………」
はは、なんて一方的で横暴でめちゃくちゃなんでしょう。
論理もへったくれもありません。
これだけ好き勝手した本人が言うとか、面の皮が千枚張りにでもなっているんですかね。
「……………………………………」
ああ、でも。
「……………………………………………………………わ」
きっと、彼の言っていることは、
「…………………………………………………………………………………………わかりました」
残酷なまでに正しくて、私にとってもこれ以上ないくらい都合の良い屁理屈で。
だってここで手を引けば、全部忘れてしまえば、私は
いや、そもそも無かったことにできる。逆を言えば、これ以上関われば私は『普通』の人生なんて歩むことなどできなくなるでしょう。
責任、罪悪感、喪失、失望、後悔、無念、憐憫、憎悪。そんな負の遺産は、私に『普通』の人生を許さない。
きっとこれまで通り、ズルズルと『
だから本当にここが最後の最後、ギリギリの分水嶺。
非力で『普通』な私が日常に戻れる分岐点。
「おい恵梨香! こんなヤツの言うことなんか真に受けんなよ」
マナ令がたまらずといった感じで、私の両肩をその手で掴む。
それは温かく、大きな男の人の手。そして────
「………いえ、いいんです。彼の言っていることは正しい。それはマナ令、アナタも本当はわかっているのでしょう? 非力な『普通』の人間がこの場にいるのはおかしい、と」
「……っそんなことは」
「でも実際、アナタが吸血鬼として活動しだした頃から、アナタは私が事件に巻き込まれないよう露骨に避けてたじゃないですか。アナタは上手く誤魔化せていたと思っていたでしょうが、バレバレでしたよ。残酷なくらいに。もっと上手く誤魔化してくださいよ」
マナ令が苦渋に歪む。なんて嫌味な女。そしてめんどくさい女。ああ、ホント最悪ですね。
「だからこれはそう。本当はずっと昔に、アナタが人間を辞めた時に(特別になった時に)済ませなければいけなかったことを、今、やっと果たすだけ」
「それでも俺は!」
それなのに、目の前の男はこんな女さえ見捨ててくれなくて。
「こんな終わり、認められない……」
認められないって……子供の我儘ですか。
本当昔から世話の焼ける男なんですから。
仕方ない。ならさっき気付いてしまった、自分の中の正直な気持ちもここに埋めていくとしましょうか。
「アナタの手は…………温かいですね」
「え?」
マナ令の動きが止まる。
「今私の肩に乗っているこの手は……なんですか?」
「それはもちろん俺の手で」
「そう。温かくて、大きな男の人の手。そして私の彼氏の手と同じ手でもあります」
肩に置かれていた手が、電気でも奔ったみたいに一瞬だけ痙攣する。
「これって、おかしくないですか?」
「……おかしく、なんて」
「私の彼氏はもう死んでいるのに、どうして同じ手が今私の肩に置かれているんですか」
「……」
「こんなの……まったくもって普通じゃない。歪で、不安定で、非常識の塊です」
一度正気に戻ってしまえば……いいえ、向き合ってしまえば、この気持ち悪さを無視できない。
この手は一体なに?
私の彼氏の手? 別人の手? それとも……私の彼氏を殺した男の手?
「教えてください。これは誰の手なんですか? 私の彼氏は死んだのに、どうしてまだ同じ手が今! 私の肩を! 遠慮なく掴んでいるのですか!?」
声は徐々に大きく、そして雪崩のように崩れて落ちていく。
「どうしてまだ……この手はこんなに……………………………温かいんですか」
あの時触れた私の彼氏の手は、あんなにも冷たかったのに。
「私は……この矛盾に堪えられない。いいえ、たぶん人として、堪えちゃダメなものです。もしこれを許容すれば、私は、たぶん、取り返しのつかないことをする。それは……ここにいる皆には言わなくてもわかるでしょう?」
「……」
音もなく、ついに両肩から温もりが消える。
それはぬるま湯のような呪縛からの解放と追放。
もう誰も、私を止めることはしませんでした。
「……………………………………………………………真実なんて知らない方がいい」
レモン令は最後に滲むようにそう言って、すぐに顔をそむけました。
「……はぁ」
最後の言葉がソレとか。
もっと気の利いたセリフを吐けないんですかねこの男は。ホントどの口がほざくのやら。
というか真実を知った後に言われても遅いんですけど────
いえ、もういい。こんな男のこと、なんて、もう、忘れる、の、だから。
声が震える。目の前が揺れて、景色が零れて消える。
「────幼馴染、これにて解消です」
だから私はそれだけをどうにか搾り出して、その場から走って逃げだしました。
鬼島令という私にとって何でもない男になんて「サヨナラ」の言葉さえ勿体なかったですから。もう事件なんて、殺人犯の処罰なんて知りません。だって『普通』である私には関係ありません。
これっぽっちも。
全然全く一ミクロンたりとも──!!!
玄関の扉を押し開き、そのままあてどもなく走り続ける。
外はもう真っ暗で、だから誰にも私の顔を見られる心配はない。
ああ、けど静かなのは困りもの。
ちょっとした物音も近所迷惑になってしまいますから。
でも今日だけはご勘弁を。奇声のような声を張り上げずにはいられないものでして。
夜は深く、あらゆるものを飲み込んで仕舞い込む。
無力なだけの女の負け惜しみが、闇に木霊することなく融けていく。
現実からの逃避行。
それは青春と呼ぶにはあまりに歪で手遅れな初恋の幕切れ。
二度と手に入らぬ宝物を自らゴミに変える錬金術は、朝を迎える前に完成するでしょう。
禊と呼ぶには滑稽で、あまりに人間らしい活動限界。
────こうして私の
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