第五章 幼馴染という名の呪い その②
「ここからは私の憶測と僅かな状況証拠だけで話を進めさせていただきます。
さて、レモンちゃんは神様に恵梨香令の蘇生を断られた後どうしたのか。……わかっているのは、生き残っている令の三人の内の誰かを使って、鬼島令をもう一度増やしたこと。一体なぜそんなことをしたのか? 令が死んだという悲劇を無かったことにする為? それとも死んだからまた新しく補充すればいい、みたいなサイコパスな発想? いいえ、どれも違うでしょう。真相は……事件を有耶無耶にしたかったから」
全く悪魔的発想です。常人には理解できない思考回路。
「では私の推理が正しいのだとすると……レモンちゃんがこの事件の犯人なのでしょうか?」
もう一度レモンちゃんを観察します。
犯人の容疑をかけられても、未だに何一つ反論せず俯くばかり。
それは犯人の姿というよりは……まるで誰かを庇っているかのような姿で。
「……多分ですが、レモンちゃんは犯人ではないでしょう」
妹であるレモンちゃんが令を殺す動機は考え付きませんし。それにあのレモンちゃんですよ。みんなから愛される超絶完璧美少女天使のレモンちゃんが人殺しなんてありえません。
疑うのも失礼なレベル。
「それは何故でございますか恵梨香様? レモン様を容疑者から外す具体的な根拠はありますでしょうか?」
「──え?」
しかしここで意外なところから反論を受ける。
ああ、なるほど。あまりレモンちゃんとの付き合いがないマナさんからすれば、レモンちゃんも充分容疑者ということですか。
とはいえ確かに事件の捜査に個人的な感情を持ち込むのは御法度……ではある。
「それは……ですね……」
頭の中が妙にモヤモヤする。言いようのない違和感。口内の親知らずが不意に痛みだす不快感に似た苛立ち。
「恵梨香様? どうかされましたか?」
「……いえ、なんでもありません」
突如沸いた形の無い衝動をなんとか押し殺し、私は頭の中の考えを整理するのも兼ねて話し続けることにしました。
「まずレモンちゃんが犯人なら、こんなリスキーな方法は取らない、というのが主な根拠です」
「どういうことだ?」
今度はマナ令がそう言って疑問を提示します。
「まず私達は誰が令を生き返らせたかと伝え聞きましたか?」
「それは……レモンが生き返らせたと、そう聞いた」
「そうです。……ほら、考えてもみてください。もしこの噓がバレれば、真っ先に疑われる立場に自ら犯人がおさまると思いますか? 私なら保険として、別の誰かが生き返らせたことにしますよ」
「確……かに」
マナ令は目尻を指で搔く。
「さて、では結局誰が犯人なのか? レモンちゃんにここまで協力させ、今なお黙秘せざるをえないような相手。まぁそんなのは限られています。ズバリ言いましょう。それは……」
「ちょっと待てよ」
私が視線をその人物に向けようとしたその時、ソイツは自ら声を上げた。
「さっきから黙って聞いていれば……あまりにも憶測と飛躍だらけじゃないか。それで誰が犯人か当てるなんて、こんなの推理とは到底呼べないレベルだ。妄想も大概にしろよ」
「レモン……令」
レモンちゃんの彼氏である、『レモン令』。
────私が犯人であると疑っている存在。最重要容疑者。
思えば怪しい箇所はいくつもありました。
まるで狙ったかのようなハワイ旅行という名のアリバイ。そしてイタリアでの不自然なはぐれ方。それから……彼が犯人であれば、あの例の謎も解消できるかもしれない。
しかし私の疑いをよそに、レモン令はやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。
「そもそも、だ。なんで生き返った恵梨香令が偽物だって決めつける? 本当に生き返ったかもしれないじゃないか」
「だからそれは」
「童貞を捨てた日を覚えていないから、か? ……そんなの俺だって覚えてねぇよ」
「は?」
「いや何間抜け面晒してんだよ。童貞卒業記念日……なんてわざわざ記憶に残さねぇって言ってるだけだろ。何でも記念日にしたがるめんどくせぇ女みたいな発想、正直聞いてて恥ずかしかったぜ恵梨香」
お茶らけた口調の中に、明らかに敵意と嘲笑を交えた語尾がレモン令から匂い立つ。
「…………それでも、です。他にももっと問い詰めていけば、色々と齟齬は出てくるはずで」
しかし私の反論は一蹴されてしまう。
「だからさ。もうちょっと労わってやれよ自分の彼氏を。死んで生き返ったんだぜ? なら記憶の混乱ぐらいしてもおかしくないだろ。現に殺された時の記憶はあやふやだってさっき言ってたじゃないか」
「そんなの噓だからに決まっています」
「それが噓だっていう証拠は? ……ないだろ? 世の中には『推定無罪の原則』っていう尊い現代法があるんだぜ。それを無視されちゃ生き返ってまでお前に会いにきた恵梨香令があまりに可哀そうだろ」
「……なるほど。あくまでアナタは偽令が生き返った恵梨香令、本物だとそう主張するのですね」
「当たり前だろ?」
「では先ほどのレモンちゃんの反応は? 見るからに狼狽え、こちらまで気の毒になるほどのあの姿をどう説明するつもりですか?」
「あんなの恵梨香からの脅迫が怖かっただけだろ。現にレモンは一言もそいつが偽物だとは言っていない。それに脅迫での証言は証拠にはならない。これも現代法での常識だ」
「くっ……」
痛い所を突かれました。確かにレモンちゃんは黙秘するばかりで、決定的な一言を漏らしてはいない。
勢いで犯人を追い詰められると思っていましたが、そこまで甘くはなかったようです。
……やはり証拠が、いる。
犯人を追い詰める為には。
「………………………………………」
「どうした恵梨香。黙っちまって。……やっぱお前には探偵役は荷が重かったか? まぁ気にするな。もともとお前には何も期待してなかったから」
「え?」
「いやなに驚いてんだよ。当たり前だろ。…………だってお前、マジでただの人間じゃん。ただの人間に、殺人犯なんて捕まえられるワケないって。所詮恵梨香は特別なナニカもない『普通』の人間。さいしょっから誰もお前には何も期待なんてしていない」
その言葉は毒のように苦く、じわじわと私の心を殺すのには充分な容量でした。
「ちょっと……まって、くだ、さい」
それが例え真実であっても……真実だからこそ彼から直接言われたくはなかったのです。
特別なナニカもない『普通』の人間。
そして何より。
────お前には何も期待なんてしていない。
たぶん、この地球で誰よりも、その言葉は彼から聞きたくなかった。
本当に……覚えてない、のですか。あの日交わした約束未満の、けれど確かに交わした『取り決め』を。
……後始末。
ただそれだけの、子供の戯れ。
けど私にとっては、なにより大切な誇りのようなもので。
絆だと……思っていたのに。
なんだかんだ言っても、彼はずっと覚えていてくれていると思ったのに。
「…………」
目の前が真っ暗になる。
末端が痺れて身体がふらつく。
いつもみたいに何倍もの毒舌で言い返してやりたいのに、私は情けないくらい俯くばかりで。
「……おい。それ以上恵梨香を貶すなら、たとえ俺でも赦さねぇぞ?」
そこへマジで切れた時しか出さない低い声で、令が……マナ令がレモン令の襟首を締めあげ睨みつけていました。
「……おいおい。そんなに怒るなよ
「ああ、だから余計怒っている。鬼島令(俺)が恵梨香にそんな戯言を吐くなんて状況に、心底頭にキてる……!」
「へぇ……でもお前も思ってたろ。恵梨香は『特別』じゃない、なんの取り柄も無い役立たずの『普通』の人間だって」
「お前ェ……!」
「ハハハ」
ブチギレてるマナ令に、あくまで余裕の態度を崩さないレモン令。
…………もう、なんですか。
ホントなんなんですか。
好きな男に死なれて、その同じ男に馬鹿にされて、それを同じ男がマジギレしている状況。
はぁ、頭が変になりそうです。
……でも。
でもお陰で調子を取り戻すことができましたよ。
……バカ令。
「ストップですよ、バカ二人とも」
「恵梨香!? けど
「いいんですよ。吠えたいなら吠えさせておけば。どうせ今から厭きるほど吠え面をかく羽目になるんですからこの男は」
「ほう。なんだ、まだなんちゃって探偵を演じるつもりか恵梨香?」
「ええ。いくらでも演じますよ。それがあの時交わしたものの為に必要なら、私はなんだって演じ、泥を被り、煮え湯を飲み下しますとも」
ええ、そうです。
だって私にはもうこれしか残っていないから。
────後始末。
例えソレを交わした相手が亡くなり、または忘却されていようとも……関係ない。だって、私がまだ覚えているから。
魂の奥深くに刻まれた、あの日の取り決め。それが暗い
亡き彼氏に贈れる最後の餞。
これだけは……果たしてみせる。
「はぁ……。興ざめだってわかんねぇかな。これ以上お前の妄想の垂れ流しを聞く気分じゃねぇんだよ」
「何故妄想と決めつけるので?」
「そりゃあお前の推理(笑)には、証拠が何一つねぇからだよ」
「では証拠を提示しましょう」
「は?」
レモン令は私の言葉に面白いくらい固まりました。
「証拠って……そんなのあるわけが」
「何をそんなに驚いているんですか? ああ、『俺様の魔法を使った完全犯罪に証拠なんてあるはずない!(キリッ)』って息巻いていたのに、証拠があると言われて梯子を外されてしまった気分なんですね」
私の明らかな挑発に、レモン令の眉毛が斜めに盛り上がり始めます。おお、怖い怖い。
「いいぜ。じゃあ今すぐ提示してもらおうか。その証拠とやらを」
よし!です。また私のペースに引き込むことができました。これでまたチャンスが巡ってきましたよ。
犯人を追い詰める、そのチャンスが。
ふふふ、それでなんですって?
証拠ですか? 証拠を提示しろと?
…………証拠。
しょうこかぁ。
「……」
ええ、そんなものありませんよ。
大体情報を纏めて整理し、考える時間も碌に取れていないんですからね私。
事件の捜査を開始してこの一日……雪山で遭難してイタリアで射殺されかけピッザを食べそこなって……そんなことぐらいしかやっていません。
それで事件を解決に導くとか、デスワークにもほどがあるでしょう。なんですか。RTAにでも挑戦しているですか私は。
……いけません。
調子が戻ってきたのはいいですが、愚痴が止まりません。
ふぅ、落ち着くのです私。
落ち着いて、噓八百を並べ立てるのです。
ぶっつけ本番。さも知ってしまったとばかりに出まかせとハッタリを並べて…………絶対に犯人を追い詰める。
「ではまず────」
さて、ここからが肝心。
この目の前の犯人を追い詰める為には、まず初めに度肝を抜くような証拠を提示する必要があります。
…………仕方ありません。
ここはずっと引っかかっていた、あの謎についてから責めてみますか。
「死んだ恵梨香令が残したダイイングメッセージ、あの謎から解き明かしていきましょう」
「ダイイングメッセージって……確か魔法で残されてたやつだろ?」
レモン令に憤っていたマナ令ですが、少し落ち着いたのか今は私を守るように私の横に付いていてくれています。しかもいつの間にか手まで握っていてくれて。
…………ありがたくは、あるのですけどね。
私はそっとマナ令の手を離しながら、会話を再開させました。
「ええ。『メッセージ』という、自分以外の誰かが触れて初めて発動する魔法、と聞いています」
「……『メッセージ』か。それはまた随分強力な自己魔法だな。確かその魔法を仕掛けたら術者本人にさえ解除するのは不可能。そして内容を書き換えることも本人にしかできない。実際その絶対さから裏世界ではよくダイイングメッセージだけじゃなく遺言書としても使われているらしい。……でもそれがどうかしたのか?」
どうやらマナ令はまだ違和感に気付いていない様子。
「いえ、考えてもみてくださいよ。今回の『メッセージ』に残されていたのは遺言書でもラブレターでもなく、ダイイングメッセージです。そしてその内容は────」
「愛しい人、でございますね」
マナさんは未だに忠実に気絶した偽令を捕縛しつつ、気まずそうに首を少し下げる。
「そうです。つまり令の彼女の内の誰かが容疑者。そこから吸血鬼である令を殺害する術を持つライラさん、マナさん、レモンちゃん、この三人が容疑者に残りました。けれど……おかしくありませんか?」
「おかしい……ってだから何がおかしいんだよ」
やはりというかなんというか、疑うことを知らないお人好しのマナ令はここまで言われても、まだ違和感に気づいていないようで。
「いやだって、そんな大層な魔法を使ってまで残したダイイングメッセージが、どうしてそんなあやふやな内容なんですか」
「あ……」
マナ令がハッをした顔を浮かべます。
「確かに……普通ならもっと具体的に、それこそ個人の名前を残す」
「でも実際は『愛しい人』なんていう曖昧な言葉だけしか残されていませんでした。だからおかしいと言っているんです。何故こんな謎なダイイングメッセージを恵梨香令は残したのか?」
さて、ここからがハッタリの見せ所です。
憶測をさも当然の如く、まるで事実のように喋らなければ。
お腹に力をありったけ込めます。
「答えは簡単。恵梨香令が残したダイイングメッセージを犯人が書き換えたからです」
「──なんだって?」
その場にいた全員が息を飲む。
「い、いや待て待て。それはおかしいだろ。強力な自己魔法である『メッセージ』は術者本人にしか内容を書き換えるのが不可能で…………いや、まさか」
マナ令が何かに気付いたかのように目を見張ります。
「ええ。ですから本人になら、内容を書き換えることが可能なのです。つまり恵梨香令と同一存在であるアナタ達ならそれが可能なのですよ」
いや知らんけど。
そんな大阪弁みたいな枕詞を内心でだけ付け加えます。
だって私、魔法になんて全然詳しくなんてありませんから。そんなバグ技みたいなことが本当に可能かなんてわかるわけないじゃないですか。
でもそんなのはおくびにも出しませんし言いません。
だって勢いが大事ですから。
そもそも常人が推理劇なんて茶番、勢い無しでなんてやってられるもんですか。
只今絶賛黒歴史を作成中な私です。
「…………そうか。だから『愛しい人』なんていうあやふやな言葉しか残されていなかったわけか」
ふむ、
「ま、待て! 本当にそんなことが可能かどうかわからないじゃないか」
だからこういう茶々を入れてくる
「そうですか。なら実際に試してみます? まぁ私の言う通りの現象が起きるだけでしょうが」
内心ドキドキしながら挑発してみます。もしこれで違ったらどうしましょうかね。
事前準備無しのぶっつけ本番推理劇は心臓に悪い。
「……いや、いい」
おや? しかし意外なほどあっさりとレモン令は引き下がります。もっとごねると思っていたのですが……。
ど、どうやら私の推理は当たっていたようですね。
……ふぅ。寿命がゴッソリと減った気がしますが、はじめの賭けには勝ちました。
そうやって内心で一息ついていた私に向かって、即座にレモン令が反撃の一撃を叩きこんでくる。
「だが『愛しい人』というダイイングメッセージに書き換えられる
ぐ。またまた痛いところを突いてきやがりますね。
そう、この謎が解けても、まだ犯人に至る為のピースは揃っていません。
「勿論もっと決定的な証拠がありますよ」
けど自信満々に言ってのけてやりましたとも。女は度胸です。
でも例の如くそんな都合の良い証拠なんてありません。
あ、慌てるんじゃあない。こ、こここここは落ち着いて素数を数えるのです。二、三、五、七…………いや素数なんて数えている場合じゃありません。今は推理。
何としても完璧な証拠をでっち上げねばここで終わりです。
「恵梨香様、大丈夫でございますか?」
私の脂汗を検出でもしたのか、マナさんが気絶中の偽令を羽交い締めにしつつも私の汗を拭いたそうにうずうずしています。
やはり彼女はメイドの鏡ですね。思えばマナさんは本当に優秀なメイドです。今日だって危ないところを色々と助けてもらいましたし。
…………いや、待てよ。
瞬間、私の海馬に沈没していた記憶が叫び声をあげた。まるでこれこそが追い求めていた獲物だと。釣竿をしならせる漁師の如く私はその記憶を水底から引き上げる。
そういえばあの時、マナさんはなんと言っていましたか?
「………………」
ああ、やはりそうだ。彼女はあの時当然のようにその単語を口にしていた。
ということはつまり……。
それに彼女ならライラさんのあの意味深な呟きの問題点も突破できる。
よし、いけますよこれは。もし私の考えが正しければ、このピンチを乗り切るどころか一気に真相に近づくはずです。
「少し事件を整理しましょう。まず私の彼氏である恵梨香令が殺害されたであろう死亡推定時刻は、三日前から今日の朝にかけて、ですね?」
レモン令に改めて確認を取ります。
「ああ。俺とレモン、それに恵梨香。この三人が恵梨香令を直接見かけたのは三日前の一学期の終業式が最後。そこから俺とレモンはハワイ旅行に出かけて、帰ってきたら恵梨香令が死んでいた。この三日間、恵梨香令と恵梨香は昨日の夜までラインのやり取りはあったらしいが、恵梨香令と直接会った人物は誰もいない。……だがそれが今更どうした? 時間稼ぎのつもりなら無駄だ。いくら考えたところで、証拠なんてものはそう都合よく出てくるはずがない」
「時間稼ぎではありませんよ。この確認は
「なに?」
「さて今彼が言ったように、この三日間恵梨香令と直接会った人間は今の所いないということになっています。…………そして他の令達全員に一応のアリバイがある。しかしここで問題になってくるのが『ワープ』という魔法の存在です。これがあれば実質アリバイが無効になります。お陰で結局全員が容疑者のまま。困ったものです」
するとレモン令が一匹狼みたいにがなり立てます。
「だから言ったろ。この事件に解決する手段はないって」
「ではアリバイを真に証明する手段があるとしたら?」
「な……そんな方法あるわけが!」
ゴール直前でこけたリレー選手のように、レモン令の顔に緊張と絶望が奔る。
「どうしましたそんなに慌てふためいて。別にやましいところがなければ、ここは喜ぶところですよ? だって無効になっていたアリバイが有効になるわけですからね」
「……お、お前が変に勘ぐっただけだろ」
「おお、それは失礼しました。ですがご安心を。これで事件はスッキリ解決万歳愉快です。ハァー、有能すぎて辛い。流石は私、オタクに優しいインテリギャル幼馴染なだけありますね」
口先でペラペラと話す裏で、私は先ほど気付いた情報を猛烈な勢いで整理と組み立てを行っていく。所謂並列思考、というやつです。
脳ミソが沸騰寸前で正直死にそう。とはいえ人間死ぬ気になれば、それなりの無茶はできるものなんですね。新たな人生の教訓ゲットです。
「……と、話しが少々脇道に逸れてしまいましたね。それではお待ちかね、令達のアリバイを証明する方法をご提示致しましょう」
場の空気が重くなる気配、とでも言いましょうか。明らかに皆の緊張が高まっていくのを素人の私でも感じます。
「その方法ですが…………それはマナさん、彼女の存在です」
私はこの事件のカギそのものであるマナさんに手を向けます。
「……恵梨香様。ワタクシがアリバイを証明できると仰っられますが、それはどういう意味でしょうか?」
「そうですね。今からご説明します」
マナさんからの助け舟を頂いて、本筋へと話しを進めます。
「では一つマナさんに伺いたいのですが…………もしかしてマナさんは、令の……いえ、令達全員の居場所を随時検索する方法をお持ちではないのですか? それもまるで発信機を取り付けたかのように正確に」
「────」
マナさんは私の目にもわかるほどフリーズしてしまう。
「な、どういうことだよ?!」
そしてやはりこの事実を、現ご主人様であるマナ令でさえ知らない様子。
やはりマナさん、このことは内緒にしていたかったのですね。
……しかし彼女はあの時、私にそれを誤って漏らしてしまった。
「いえ、今日イタリアで色々とごたごたがありましたが、その際に彼女がした『とある発言』が気になりまして」
「とある発言?」
「それはですね。えーっとあれは確か私が
あの発言はどう考えても、マナさんには令達の居場所を瞬時に把握する術があると言っているようなものです。
マナさんは観念したのか、フリーズを解き一度だけかぶりをふりました。
「……恵梨香様の推察通りで御座います。ワタクシには、マスター登録された方の位置情報を常に把握できるようプログラムされております。……ですので令様が……例え増えたとしても全員が本人であるかぎり、プログラムの使用上常に全ての令様の居場所を把握することが可能なのです。……皆様、黙っており申し訳ございませんでした」
「マナ……」
マナ令は気まずそうに首の後ろを掻くばかりで、それ以上の追求はしないようでした。
何故この事実を彼女が黙っていたのかと追求するのは……この場では控えておきましょう。
まぁ気持ちはわかりますし。
だって、ね?
ホント馬鹿みたいにモテモテな彼氏の居場所を内緒で常に把握したいという気持ちは、地球上の全彼氏持ちの女性が抱く願望でしょうから。
マナさんに罪は無い。悪いのはやはり全部バカ令。この事実は揺るぎないのです。
さて、ではここからが本題、いえ今日何度目かもわからない博打の時間です。
私の予想が正しければ、これで令達のアリバイを証明することが可能になる。
「それではロボットであるマナさんに改めて質問です。……もしかして過去の令達がどこにいたのか、それを履歴のようなもので残していたりしますか?」
これが、打開の為のカギ。
ロボットである彼女の特性を信じたこの事件の
ロボットは人間と違って勝手に忘れることはない。もしメモリーがいっぱいになってもクラウドにでも保存すれば事足りるのだから。
もしこれでマナさんがこの三日間令達がどこにいたのかを遡って調べることができるのなら、令達のアリバイを証明することができる。
即ち彼らの内の誰が噓を付いているのかもこれでハッキリする。
自身の身を潔白する為のアリバイが、逆に犯人を追い詰める剣となるのです。
吸血鬼の真祖にして姫様であるライラさんでさえ不可能と判断したアリバイ証明。
しかしそれもロボットであり、
あらゆる情報を随時正確に保存し続ける事ができる機械ならではの強みと、スケコマシ吸血鬼の
それらが合わさって初めて、不可能を踏破できる条件が整う。
故にこんな反則は今まで容疑者がマスター登録されていないヒロインたちでしたので使えませんでした。
けれど真の容疑者が令の内の誰かだと明らかになった今ならば使うことができる。
魔法というインチキを使った殺人ならば、こちらも同じかそれ以上のインチキを使って犯人を追い詰める。
化け物には化け物をぶつけるんだよ的な理論です。
……ですがこれらはまだあくまで私の憶測。
全てはマナさん次第。
マナさんが令達の居場所の履歴を残していなければ、逆にこちらが詰み。
これ以上犯人を追い詰められる証拠は出てこないでしょう。
けれど私は確信にも似た自信がありました。
何故なら。
────女の執念というのは、それほどに深く恐ろしいものなのですから。
「どうです? マナさん?」
「…………恵梨香様の推測通りで御座います。私には令様達の居場所の過去の履歴が全て残されています。ですのでこの三日間令様達どこにいたのかも、お調べすることが可能です」
────勝った。
私は、賭けに勝つことができました。
喜びの衝動が全身を駆け巡っていくのをヒシヒシと感じます。
「な……そんな……犯罪じゃないか! こんなのはそう……プライバシーの侵害だ!」
とうとう追い詰められた犯人……いえレモン令が取り乱す。
口から唾を吐き、髪は乱れていつものあの優しくもどこか間の抜けた顔は……見る影もありませんでした。
悲しいほど。
……………………………………………………ここまで、ヒトは変わる生き物なのでしょうか。
賭けに勝ったことの余韻も消え失せ、ただ心に穴が空いたかのような虚しさだけが私に残される。
そしてその心の穴を埋める補修材は、残念ながら朝方亡くしたばかりで。
「おい! 聞いているのかお前ら! 俺はそんな犯罪紛いで掴んだ証拠なんて認めないぞ! 断じてだ! 大体もし犯人を突き止めたとして、一体誰がどうやって裁くつもりなんだ? 俺達が裁くってか? っは! こんな子供にそんな資格も能力もあるわけない。だから」
「────何を戯けたことを言っているのだレモン令よ?」
重い、まるで地の底から響いてきたかのような一声でした。
レモン令の背後にいつの間にか音もなく現れたのは、ライラさんとライラ令の二人でした。
「な……」
レモン令は陸に打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせます。
「罪を裁く資格と能力、と言ったな。案ずるな。ソナタらにソレらがなくとも、王族である我には資格も能力も充分に備わっておる。それはレモン令、お主もよお~く存じておるであろう」
泣く子も黙る迫力を身に纏い、レモン令に有無を言わせぬ圧をかけるライラさん。
おお怖い。
流石処刑大好きお姫様は違いますね。
「遅くなって悪かったな恵梨香よ。ソナタから連絡を受けて急いで来たつもりではあるが、色々と準備をしていたら思ったより遅くなってしまった」
「いえ、寧ろこれ以上ないくらいナイスタイミングでした。ありがとうございますライラさん」
「そうか……。それで今はどういう状況だ?」
「今から犯人を追い詰めるところですよ」
「ほう。もうそこまで話しが進んでおったか」
ライラさんは僅かに驚き小さく息を吐く。
「おいおい。俺達は死んだ令が生き返ったって聞いて飛んできたっていうのに……一体全体どう転んでそこまで話しが進むんだ?」
相変わらずくたびれた風のライラ令が眉間を揉みながら、周囲に目をやります。そこにはマナさんに羽交い締めされた気絶中の偽令とそれを悲痛に眺めるレモンちゃん。そして私とマナ令に対峙するように、レモン令が独り顔を青くしている状況。
ライラ令は一度頷くとまるで思慮深い賢者のように目を閉じました。
「…………なるほどな。ま、この状況を見る限り、大方の予想はできてくるな」
「ふむ? 我が夫よ。何かわかったのか?」
「とりあえず死んだ恵梨香令が生き返ったって話は噓みたいだ」
「ほう」
ライラ令はさり気なくレモン令からライラさんを庇うような態勢に変わります。
「ま、待て。それも噓と決まったわけじゃない!」
やっと言葉を発したレモン令は、そんなあんまりにもな苦し紛れの発言をかまします。
「そうなのか?」
ライラ令はそれほど驚いた風もなく、けれど身体はしっかり戦闘態勢のままレモン令に再度問いかけます。
「ああ、そうだ。ただ恵梨香がいちゃもんを付けているだけだ」
「…………そうか。でも俺も生き返ったって話を聞いた時から、ずっと疑っていたからなぁ」
「なんだと?」
「いやなに。
「な……いつの間にそんな話を!?」
「ま……色々思う所があってな。少し前に俺一人で異世界へ行って、神様に確認しに行ったことがあるんだ。けど幼稚で儚い夢だと一蹴されたよ」
「ぐ……」
「おいおい。何で
ライラ令はあくまで平静に語りかけていましたが、それが逆にレモン令の逆輪に触れたようです。
「う、五月蠅い! そんな噓に騙されないぞ。そ、そうか。みんな、ライラ令が犯人だ。そうに違いない! 早く捕まえろ!」
「────いいえレモン令様。犯人はアナタ様で御座います」
しかしそこへ、とうとう最後の宣告がマナさんからも下されました。
……あ。しまった。普通こういうのって曲がりなりにも探偵役だった私が決めるところですよね。うっかりです。
………………ま、そんな最後の犯人の名指しなんてものに拘るつもりもありませんが。
だって面倒ですしなんか格好つけているみたいで恥ずかしいですしそれに………鬼島令に人殺しの犯罪者と告げるのはやっぱり、少し辛かったですし、ね。
例え格好がつかなかろうと、やらないで済むならそれに越したことはありません。
本当に。
……寧ろごめんなさいマナさん。嫌な役を押しつけてしまって。
「な、俺が犯人って……じょ、冗談でも面白くない、ぞ。マナ」
「いえ、先ほど確認致しましたところ、確かに昨日の午後十時頃、レモン令様はハワイからこの東京にある自宅に移動した履歴が残っておいででした。それから一時間もの間、この家に滞在しておいでです。レモン令様、一体この一時間、この家で何をしておいでだったのですか?」
「…………………………………………………………」
とうとう、ですね。
言い逃れできない証拠が……提示されました。
レモン令に言わせれば犯罪スレスレどころか、たぶん何かしらの罪状に問われるであろう方法で取得した証拠ではあります。が、事実は事実。
レモン令がいないと言ったはずの時間に、死んだ恵梨香令と一時間もこの家で過ごしている。
その事実はどうしようもないほど………彼が犯人だと告げています。
……とはいえこのままマナさんに全部任せてしまうのは流石に悪いですね。
「では改めてこの事件を整理していきましょうか」
黙ったままのレモン令を無視して私は……私自身の為にもこの三日間に何があったのかの推理を披露することにしました。
「まず
「…………………………………………………………………………………………………………」
レモン令はやはり不自然なほど沈黙を貫き通し、顔を俯かせ続けます。
けれど最早そんな態度だけで言い逃れできるような状況ではないことは、彼だってわかっていることでしょう。
それを証明するように、この場にいるレモン令以外の皆の視線が彼に注がれています。
「……全部、話してくれますね」
だからこそ、このまま無駄に黙られていても話しが進まないだけなので、イヤイヤながらもレモン令からの自白を促します。
……そう、自白です。
噓や言い逃れなんて、もう聞きたくはありません。お腹いっぱいです。もう一生分頂きました。なんなら来世分も。
だから。
お願いだから。
これ以上、醜い悪足搔きはやめて。
それが私の、噓偽りのない本心でした。
「…………………………………………………………はぁ。全部、か」
するとこのお葬式のような沈黙を破り、やっとレモン令はその重たい口を開きました。
「なんかやっぱり」
しかしその割には彼の声音は死骸にたかる羽虫のように軽く。
「………恵梨香、やっぱお前うぜぇわ」
「え?」
そんな言葉を、彼は私に向かって吐き捨てました。
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