第二章 もうこのヒトが犯人では? その③

 学校の体育館みたいに天井も面積も広いお部屋にて。

 暖炉のすぐ近くで独り毛布にくるまいながらガクブル震え続ける私、佐藤恵梨香。


 そんな私を眺める形で、レモン令、ライラさん、そしてライラさんの彼氏である『ライラ令』が右から順にデッカイソファに並んで座っておいででした。

 絵面だけ見るとライラさんの逆ハーレム状態。

 随分趣味の悪いハーレムです。


「どうだ恵梨香? 少しは身体も温まったか?」


 そこへライラさんが胡乱な眼差しで私に話しかけてきました。


「そ、そうですね。だいぶマシにはなりました。それと暖炉にわざわざ火をおこして頂いてありがとうございます」


 というかこんなに寒いのに、暖炉に火もおこしていなかったとは流石人外。

 どんだけ寒くなれば暖炉を使うのでしょうか彼女らは。

 氷河期でもお待ちで?


「良い。久しく来客もなかったのでな。こういったもてなしも時には愉しいものだ」

「はぁ……。そういえばここに来てから他の方々を見ていませんが、皆様どちらに?」


 こんなに広いお城なのに、私は未だにライラさんとライラ令しか見ていません。お手伝いさんさえいない始末。


「今この城には我と夫しかおらん」

「え、何故」

「皆処刑したからな」

「斬新な解雇理由ですね」


 この場合の退職理由って会社都合になるのでしょうか。

 来世の親ガチャにでも優遇措置があることを願うばかりです。

 でもそうでした。このお姫様、側近やその他諸侯に裏切られて復讐を成し遂げたんでしたっけ。

 でもそれでお手伝いさんまで皆処刑って……裏切り者多すぎないですか? 

 人望ってどこの世でも大事なんですね。私も気を付けましょう。


 さて、どうしてこんな呪怨もびっくりな血みどろに彩られたお城に突如レモン令と二人でお邪魔したのかというと、勿論犯人捜しの為です。


 恵梨香令の残したダイイングメッセージで、犯人がヒロインの内の誰かかもしれないということになりました。

 そして現場の状況証拠的に、オタクに優しいインテリギャル幼馴染というハイスペックな私ではありますが、正真正銘ただの人間でしかない私。

 だから吸血鬼である恵梨香令を殺害するのは不可能と判断され、ヒロインでありながら私だけは容疑者から外れました。

 というわけで私はこの事件における絶対の白。

 故に探偵役に無事就任したのです。えっへん。


 そうして探偵役である私は、とりあえず容疑者ヒロイン全員に会うことに決めました。


 そしたらレモンちゃんとレモン令が猛烈に止めてきて。

 犯人かもしれない相手に普通の人間である私が会うのは危険すぎる、と。

 正論でした。


 そこで考えた結果、私の現地までの足兼ボディガードにレモン令が任命されて、レモンちゃんは遺体と現場の保存の為にお留守番と、二手に別れる形になりました。


 そうして準備を終えた私はレモン令の魔法『ワープ』でライラさんのお城までひとっ飛び……と思いきや謎の猛吹雪(後で聞いたらお城に張り巡らされた結界の一種だそうです)に晒され死に掛けて今に至るというわけです。


「……恵梨香よ。この度は誠にお悔やみ申し上げる」

「え、あ、はぁ」


 突然、例え死んでも頭を下げなさそうなライラさんがソファから立ち上がって、私に向かって頭を下げてきました。

 あまりの事態にまともな返しもできない私です。

 しかしそんな失礼な私の態度にも不快を示すことなく、ライラさんは話しを続けます。


「我も親しい者を亡くす痛み、そして身を焼くような恨みの炎を知っている。……故に協力できることがあれば我も力を貸そう」

「ありがとう……ございます」


 ライラさんには突然の来訪理由犯人捜しはすでに伝えてあります。

 それでこんな態度が取れるなんて、ライラさんはできた方です。

 自分に殺人の容疑をかける人間にここまでできるとは。

 こんな主君を裏切るとか、処刑されても文句は言えませんね。


「ダイイングメッセージ、だったか。それで恵梨香を除く令と関係のある女性陣全員が容疑者に上がっているそうだな」

「はい」

「……難儀なものだな。力を貸したいと言うこの我こそ、恵梨香の求める復讐相手かもしれんとは。……同情するぞ恵梨香よ。復讐とは生きる理由にして、また障害呪いでもある。復讐という炎を身に宿すだけで、世界がまるで欺瞞で満ちているように感じられてしまう。我もそうであった。誰も信じられず、ただ己だけしか味方はいない、と。あれほど……惨めで辛い時間もそうはあるまい。しかし復讐を諦めるなど不可能。復讐を成し遂げることでしか、己の生に価値を認められないが故に、復讐者は足搔きつづけるのだ。憎き仇の首をはねるその時まで!」

「……」


 流石家族を裏切りで亡くした方の言葉は重みが違いますね。重すぎて胃もたれしそう。

 別に私はそんなに重くはないですよ。

 復讐とかはまぁ……できたらやる、みたいな感じですし。

 私はただあの時交わした『取り決め後始末』を果たしたいだけですから。


 全く、あんな面倒な『取り決め』するんじゃなかったですよ本当。


「え、えっとそれでですね。早速ですが事情聴取的なものを今からさせて頂いても構いませんか」

「良い。許す」

「ありがとうございます」


 ライラさんはレモン令とライラ令が座っているデッカイソファの真ん中に座り直してから、髪をかき上げる。

 銀の長髪がサラサラと舞う姿に一瞬見惚れてしまう。

 流石王族、ただの一動作だけでも気品に溢れていますね。


「では一応死亡推定時刻……この三日間どこで何をしていたか教えてもらえますか」

「三日間……とは随分大雑把だな」


 眉根を寄せるライラさんは、どこか呆れている風でもあった。


「……ですよね」


 私も思います。

 やっぱ魔法が絡む事件で探偵役は大変です。

 だって何でもありですもん。


「そうさな。まぁずっとこの城にいたのは間違いない」

「それを証明できるのは?」

「夫だ」

「……そうだな。俺とライラはずっとこの城に二人でいた。外には出ていない」


 そこで今日初めてライラさんの彼氏、いや夫か。『』は口を開いた。

 暗い城の雰囲気のせいか、私が知っている鬼島令とは違いライラ令は陰キャに拍車が掛かっている気がします。

 ヒキニートって魂も腐らせるものなんでしょうか。


「とはいえ、三日間ずっと目を離さなかったわけではないですよね?」

「流石に、な。俺とライラにだってプライベートな時間はある。その間に魔法『ワープ』で瞬間移動して、恵梨香の彼氏である『恵梨香令』を殺しに行くのは充分可能だ」

「む。夫よ。我を疑っているのか」

「勘違いするな。お前のことは一ミリも疑っていないよ。ただここで変に庇いだてするよりは、正直に言ってしまった方が探偵さんからの印象は良いだろ」

「そういうものか?」

「そういうもの」

「ふふ、流石は我が聡明にして頼りになる夫だ」

「お褒めに預かり光栄だよ我が麗しきお姫様」

「……」


 何となくライラさんとライラ令のやり取りを眺めていましたが……不思議な気持ちになります。


 私の彼氏だった令と同じ顔……どころか同じ人物であるライラ令。

  そんな人間が私以外の女と仲睦まじく聞き慣れたやり取りをして、けれど微かにどこか違ったコミュニケーションを取るこの男が不思議でなりませんでした。


 私の知らない令の一面を垣間見た……とはまた違った、本当に言語化が難しい感情です。


 私の知る令は偽善者でオタクでちょっとスケベでどこか抜けているけどよく笑う、そんな男でした。

 でも今目の前にいる男は、どこか表情に影を纏う厭人的な雰囲気です。

 さっきはヒキニートやってるせいで暗い性格になったと少し馬鹿にしましたが……それだけではない、ここで過ごした積み重ねによって培った思い出の残り香のようなものを今は感じます。


 ……これが女に染まる、というヤツですか?

 はぁ。認めるのも癪ですし気持ち悪いですが……ちょっとだけ……妬けてしまいますね。


 と、いけません。今は感傷より捜査優先です。


「そういえばライラさん。素人質問で恐縮なのですが、アリバイを証明する魔法、もしくは調べる魔法はありませんか?」

「そのようなピンポイントな魔法は無い」


 ぐ……この痒い所に手が届かないもどかしさ。

 まぁとはいえそんなプライバシー侵害魔法なんてあれば、悪用し放題ですもんね。


「……いや待て。アレを応用すれば或いは……いや、やはり無理があるな。今更手遅れであるし。何より実行しようにも紙とペンがいくらあっても足りん。……すまぬ、今のは忘れよ」

「え、あ、ハイ」


 何ですか今の意味深な呟き。めっちゃ気になりますね。

 こういうのって後に大事な伏線になるヤツ。


「それにしても……探偵役が他の女性陣ではなく恵梨香で本当によかったぞ」


 しかし私の気も知らず、ライラさんが別の話題をふってきました。


「え、えっと、どうしてですか?」

「ソナタ以外が探偵役と称して我の前に現れようものなら……その場でくびり殺していた」

「は?」

「「お、おいライラ?」」


 突然のあんまりな発言に、私だけでなくライラさんの左右に座る令達も困惑の声を上げます。


「なにを驚く? そもそも我の夫である令が……分割して増えたとはいえ他の女のモノというだけでもあの女達を殺すのに充分値する。そしてそれを気にするどころか無遠慮に我が神聖な城に土足で踏み込み、不敬にも我に疑いをかけ、あまつさえ令と一緒にいる姿を見せるつけるだと……? やはり処刑するしかあるまい」

「なるほどですね」


 ………………オイオイオイです!

 ヤバイですよこの女! 

 どんだけ嫉妬深いんですか!? 

 私のさっき感じた嫉妬がミジンコレベルに感じられちゃうじゃないですか!


 周りにいる夫とその同一人物レモン令も引いてますよ!?


「え、えっと……でもどうして、私は……セーフ判定なのでしょうか?」

「む? だから言ったであろう。復讐に燃える者に我は寛大だと」


 言いましたっけ? 


「恵梨香は自身の彼氏を殺した者を探し出し、その者の息の根を止める為にこうして自らの命を投げ売る覚悟で我のもとを訪れた。我に殺される危険を承知で、だ。なんという誉ある覚悟。称賛に値する。ふふ、昔の我の姿と重なって見えたぞ。故に恵梨香のその覚悟に免じて、我はこうしてソナタを殺さず力を貸しているのだ」

「ありがとうございますそうですね私今めっちゃ復讐したくてうずうずしていますだから力を貸してくださり本当にありがとうございますあとお城にお邪魔させていただき誠にありがとうございますいや菓子折りの一つも持ってくるべきでしたよねすみません気が回らなくてあと帰る時は勿論掃除してから帰りますのでそれから喋り方とかももっと気を付けた方がいいですよね気安すぎました本当にすみませんすみませんすみません」


 どうやら彼女の勘違いのお陰で、今私の首は繋がっていたらしい。


 ……もうこのヒトが犯人では?

 この狂人……失礼。このお姫様におかれましては、命の秤がぶっ壊れてらっしゃる様子。

 何かの拍子に恵梨香令をぶっ殺してしまったとしても不思議じゃありません。


「ふふ、そう固くなるな。我と恵梨香の間柄ではないか」


 いやどういう間柄ですか。復讐同好会とかそんな括りですかそうですかわかりましたわかりません。


 ……ライラ令がどうしてあんなに厭人化していたかわかった気がします。

 そりゃあこんな処刑大好き女と暮らせば厭人にもなりますよ。

 どうしましょう。急にライラ令が可哀そうに思えてきました。

 心なしかライラ令の顔がやつれているように見えます。


「な、なぁ恵梨香。要件も済んだしそろそろ次の場所へ向かわないか」


 レモン令が苦笑いを浮かべながら、なんとも有り難い提案をしました。

 ナイスです。


「そ、そうですね。いやぁライラさんの積極的な捜査協力のお陰でこんなにも早く取り調べが終わっちゃいました。ありがとうございます」

「む……。もう次へ向かうのか。些か性急過ぎではないか?」


 なんでちょっと寂しそうな顔を浮かべているんですかこの女。

 処刑好きで嫉妬深くて人見知りな癖に寂しがり屋とか、めんどくさい女の要素テンコ盛りすぎですよ。加減してください。


「その……私には復讐がありますので。居ても立っても居られない的なあれですハイ」

「なるほど……。ふふ、やはり我と恵梨香は似ているな」

「アハハハ」


 噓も方便。私の好きな言葉です。


「……今更手遅れではあるが。ソナタとはもっと話す機会を設けておけばよかったな。他のヒロイン共と違い、恵梨香と話すのは愉しく思う」


 ……本当にめんどくさいですね。


「何言っているんですかライラさん。私達はまだ生きているんです。ならこれからいくらでも話す機会はありますよ」

「……そう、であったな」



 ────そうです。

 死んだ令と違って、私達には未来これからがあるのだから。

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