第一章 ハッピーエンドのその先は死 その③

「で、誰に殺されたんですか、レモン令」


 殺害現場、『』の自室にて、今も血の海でバラバラ状態のままの恵梨香令を囲んで私達三人頭を働かせます。


 素人の私でも殺害現場の保存は最優先だということぐらいは知っています。例え今直ぐにでも彼氏を綺麗にしてあげたくても……今はこらえるしかない。


「お、俺に聞くなよ」


 レモン令は戸惑いの声を上げます。


「同じ存在なんですから、それぐらい知っていてくださいよ。ペアリング機能とかないんですか」

「ヒトを最新家電扱いするな」

「じゃあ中古家電?」

「家電から離れろ!」

「中古の男」

「それだとなんか女に捨てられた男みたいじゃん!」

「あら、小粋なギャグで殺人現場に花を添えようと思ったのに……失敗でしたか」

「……殺人現場に花を添えるのは、全部終わってからでもいいだろう」

「……それもそうですね」


 全部終わってから。

 それが一体いつになるのかわかりませんが、必ず終わらせてみせると心の中で改めて誓う。


「やっぱり死因は全身を四分割に切り刻まれたのが原因だと思うよ、恵梨香ねぇ」


 私達が馬鹿やっている間にも、ちゃんと真面目に恵梨香令の死因を調べてくれていたレモンちゃんはやっぱり天使ですね。いや実際本物の天使なんですけどね彼女。


「では吸血鬼さんに質問です。アナタは全身を四分割にされたら死ぬんですか?」

「あ、当たり前だろ!?」


 吸血鬼であるレモン令が心外だとばかりに叫びます。


「そうですか? ラノベやゲームだと吸血鬼って不死身に近い化け物ですから、全身を四分割にされたくらいじゃ死なないと思っていました」


 吸血鬼を殺すならせめて十七分割ぐらいしないとですよね。


「言われてみれば確かに普通のナイフとかで切り刻まれてもすぐに塞がるけどさ……。でも流石にヒトを化け物呼ばわりは酷くないか?」

「充分化け物じゃないですか」


 普通の人間はナイフ一刺しで致命傷です。


「と、兎に角、今も傷が塞がってないってことはさ。この傷は普通の方法でできた傷じゃないってことを言いたいんだよね恵梨香ねぇは」


 ワタワタと手を振って、レモンちゃんが険悪になりそうな雰囲気を霧散させてくれます。

 ……いけませんね。彼氏が死んで少し攻撃的になっているのかもしれません私。さっきからギャグも滑りっぱなしです。

 一度深呼吸を挟み、捜査を再開させます。


「ならやはり犯人は普通の人間ではないと見るべきでしょうね。……心当たりとかないんですか?」


 レモン令に探りを入れてみます。こういう時、同一存在だと便利ですね。過去の後ろぐらいことも本人だから余さず知っていますから。


「心当たり……か。正直、ありすぎて困る」

「極悪人」

「人聞きの悪いことを言うな。これはだな……その、色々事件を解決していった弊害みたいなもんだ。俺はその……過去に敵対した極悪人どもに恨まれているんだよ」

「まぁ、お兄ちゃんは色んな所でやらかしてるもんね」

「おいレモン。その言い方はやめろ。やっぱ俺が悪いみたいだろうが」


 なるほど。ヒーローにもヒーローなりの苦労があるわけですか。人を救えば誰かに恨まれる。世の中は修羅の螺旋という名のメリーゴーランドで回っているんですね。

 しかしこうなると犯人の特定が難しい。


「どうしましょう。いきなり手詰まりです」


 両手を上げて困った顔を作ります。


「だから言っただろ。素人の俺達に犯人捜しなんて土台無理なんだよ」

「そこはほら。お得意の不思議なパワーで解決してくださいよ」

「不思議なパワーって……『魔法』のこと言ってんのか?」

「勿論」


 そうなのです。この世界にはなんと隠された力、魔力という謎力が満ちているそうなのです。

 アインシュタインもビックリですよ。

 そしてその魔力を操り、インチキを成立させる手段のことを『魔法』と云う。まんまですね。エターナルハンドパワーみたいな格好いい呼び名とかはないそうです。残念。


「無理だな。魔法も万能じゃない。何でも思い通りにはいかないんだよ」

「レモンちゃんも同じ意見ですか?」


 間髪入れずにレモンちゃんにも確認を取ります。


「うん。流石に無理。これだけの情報で犯人は特定できない、かな」

「なんで俺の発言だけで信じないんだよッ?!」

「だって……大着ですからねぇアナタは」

「そんなことは」

「いやお兄ちゃんは大着だよ。洗濯する時よくズボンのポケットの中にティッシュ入れたままだし、それから……」

「わかった、わかったから。悪かったなぁ大着で」

「ぐうの音もでないとはこのことですね」

「俺が役立たずだってことを骨身に染みさせたのはいいけどよ。打つ手がないって現状に変わりはないからな」

「そうなんですよねぇ……。あ、魔法で死亡推定時刻とかは割り出せませんか?」


 死亡推定時刻。ミステリーには必須情報です。


「それなら……ちょっと待ってね」


 レモンちゃんは目を閉じながら…………バラバラの恵梨香令に手を翳し、ゴニョニョと呪文らしき何かを唱えた。はた目から見たら何も起きていなかったのだが、それから数秒後レモンちゃんは瞼を開き、私に向き直る。


「わかったよ。恵梨香令お兄ちゃんの死んだ時間……」


 そこで一瞬自分の言葉に悲痛な面持ちを覗かせたレモンちゃんでしたが、すぐに持ち前の天使フェイスを取り戻し、続きを話す。


「えっとね。死んだのは今から大体四時間前。今日の午前八時頃に亡くなったみたい」

「なるほど……」


 今の時刻が大体正午。私がこの部屋に駆け付けたのが大体十時四十五分頃で。それからこの部屋で私は独りで一時間ぐらい泣き続けた。そして調査を開始して今に至る。

 …………私が恵梨香令とデートの待ち合わせ場所だった駅前に着いた時は午前十時。つまりその時には既に私の彼氏は死んでいたというわけですか。

 その事実に、意味のない無力感と苛立ちに襲われる。


「ごめん恵梨香ねぇ。実は調べといてなんだけど……魔法があればそこらへん幾らでも誤魔化しが効くから、この情報もやっぱり意味ないかも……」

「どういうことです?」

「魔法には『タイムストップ』っていう遺体の腐敗を止める為の魔法があるの。もしその魔法が使われていたら、死亡推定時刻は全く別の時間になっちゃう」


 ……これだから魔法インチキは。


「でしたら、二人が最後に恵梨香令と直接会ったのはいつですか?」


 レモンちゃんとレモン令、そして恵梨香令の三人は今も同じ家に住んでいます。故に高確率で最後に目撃したのはレモンちゃんかレモン令のどちらかの可能性が高い。

 しかしレモンちゃんは申し訳なさそうにシュンとしてしまいます。


「じ、実はあたしとレモン令お兄ちゃん、三日前からハワイに旅行に出掛けてて、恵梨香令お兄ちゃんを最後に見たのは三日前なんだ」

「なんと」

「で、帰ってきてみたら、俺が死んでいたってわけだよ」


 レモン令は頭を搔きながら気まずそうに首を振ります。


「未成年のカップルがハワイに三日間も泊りがけの旅行とか……」


 若者の性の乱れは深刻なようです。


「そこに引っかかるな! あとべ、別になんもやましいことはしてないからな!?」


 何も聞いていないのに必死に弁明するレモン令に、冷ややかな目線をくれてやります。


「と、とにかく! 結局恵梨香令(俺)が本当に死んだ正確な時間はわからない。今日の八時頃じゃなく、この三日間の間のいつかに殺された可能性も十分にあるわけだからな」

「三日間……」


 もはや魔法もアリなこの世界では、正確な死亡推定時刻を割り出すのは不可能なのでしょうか。


「因みに恵梨香が恵梨香令と最後に会ったのはいつだ?」

「私も一学期最後の……三日前です」


 レモン令の問いに力なく答える。

 実は今、私達は夏休みなのです。お忘れかもしれませんが、私と令は高校二年生。因みにレモンちゃんは高校一年生。夏休みというパラダイスタイムを満喫できるご身分なのです。

 また話はそれますが、実は四人に増えた令の内、未だに学校に通っているのは恵梨香令とレモン令の二人だけ。

 他の二人は学校にはもう通っていません。

 北欧にあるお城にこもりっきりなヒキニートの『ライラ令』。

 海外で護衛会社?なるものを立ち上げ経営しているバリバリの社会人をやっているエリートな『マナ令』。

 そんな感じで高校中退組の二人はなんとも明暗別れる感じとなっているのだとか。


 なお学校に通っている恵梨香令、レモン令の二人ですが、学校では生き別れの双子の弟が見つかって転校してきたという設定で通しています。

 無理あり過ぎな設定と思われるかもしれませんが、案外なんとかなるもんなのですよこれが。

 皆他人の家庭の事情にそこまで興味も無いし、厚かましくもなく。資本主義社会に染まり切った大人の冷め切った人間関係の温度は、現代っ子にも充分伝わってきているということかもしれません。


 それにしても、やれやれと愚痴をこぼしたくなります。

 これが普段通り学校があれば毎日顔を合わせていたのに。なんともタイミングが悪い。

 いや、これも犯人の計画の内なのかも。


「……一応昨日の夜十一時に恵梨香令彼氏と簡単なラインはしましたけど……それも犯人のなりすましの可能性もありますしね。ままならないものです」


 魔法があれば、スマホのロックくらい簡単に外せるでしょうから。


「ごめん恵梨香ねぇ。結局全然役に立てなくて……」


 肩幅を縮めて申し訳なさそうにするレモンちゃん。


「い、いいえ、レモンちゃんは悪くありませんよ。悪いのは全部役立たずでドスケベックスな事しか考えてないこの吸血鬼です」

「なんでだよ」

「未成年だけでハワイに三日間泊りがけで旅行に行ったスケベに反論できる余地があると?」

「だ、だからスケベなことなんてなんにもッ!?」

「ハイハイ。どうでもいいですけど、未成年の内は避妊だけはしっかりしてくださいね」

「お前に羞恥という概念は無いのか?!」

「しかし冗談はほどほどにしても……何か打開策を考えねばいけませんね」


 私は今も冷たい床に寝かされたままの自分の彼氏の横に膝をつきます。


「……」


 勿論身体は四分割にされたまま。

 痛ましい、なんて言葉では生温いその姿に、つい魔が差してしまう。

 私は自分でも無意識に、令の手に触れてしまった。

 現場保存の大原理も忘れて、ただ、彼の為に何かしてあげたくて。もう一度その感触を、この手に感じたくて。


 すると、


「わっ」


 恵梨香令の身体が虹色に光り出すではありませんか。

 ゲーミング彼氏。そんな色合いで輝く自分の彼氏に、ただあっけにとられてしまう。


「恵梨香ねぇ、さがって!」


 正気に戻った私は、レモンちゃんのお言葉に素直に甘えて即座にその陰に隠れながら、虹色に光る恵梨香令の身体を見つめます。

 すると光は恵梨香令の身体を離れて空中に霧散しはじめ、最後にとある文字を空間に浮かび上がらせました。


 その文字とは、


「────愛しい人」


 そんな文字が、四分割に刻まれた令の上空に輝いて、そのまま消えてしまいました。


「……えっと、今のはいったい……」


 突然の事態に困惑しつつも、とりあえず今のが何かを二人に聞いてみます。

 答えてくれたのはレモンちゃんでした。


「……魔法の一種、だよ。名前は『メッセージ』。術者の自身の身体に他人が触ったら、設定した文字を浮かべる自己魔法。単純だけど、とても強い魔法。半永久的に効果があって、他人どころか本人さえ解除するのは不可能。一度行使したら術者本人でも文字の変更ぐらいしかできないっていう徹底ぶり」


 半永久的ってことは、これから恵梨香令に触る度にゲーミングPC並みに輝くってことですか。ゲーミング彼氏爆誕。なんという地味に使い勝手の悪い魔法……いや、


「なるほど。使い勝手が悪くても、死人が使う分にはそう悪くない。寧ろ」


 私の考えが正しいことを証明するように、レモン令が続きを受ける。


「そうだ。この自己魔法『メッセージ』の最も多い使われ方は、ダイイングメッセージだ」


 ダイイングメッセージ。


「はぁ、それはまた。本格的に推理ものっぽくなってきましたね」


 呆れた声を出しつつ、内心で喜びの声を上げる。

 犯人への手掛かり。つまり活路が開かれた。


「でも、さ。『愛しい人』……ってことはだよ。つまり、だよね」

 レモンちゃんは遠慮がちに言葉を探りながら、首をすくめました。


「まぁ……『愛しい人』っていったら、そうだろうな」


 レモンちゃんとレモン令が中々言わないので、私がハッキリ言ってやりました。


、ってことですね」


 愛しい人……令が愛した人、つまり鬼島令のヒロインの内の誰かが犯人。


 ヒロインの内の誰かに、もしくは複数人に恵梨香令は殺された。

 このダイイングメッセージはそう伝えているわけです。

 鬼島令のヒロインは今現在四人います。


 今巷でブームのオタクに優しいギャルでしかもインテリで幼馴染な私こと佐藤恵梨香。

 吸血鬼の真祖にしてお姫様のライラさん。

 ロボットメイドにして元悪の秘密結社で殺戮兵器のマナさん。

 令の血の繋がらない義理の妹にして異世界の大天使と勇者の血を引き、最近自身も天使に覚醒したレモンちゃん。


 この四人が……『恵梨香令』殺害の容疑者。

 なんでしょうね、ええ。……。

 やれやれです。どうしてこうも面倒なことになってしまったんでしょうか。


 ────この事件の『後始末』、超大変そうです。

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