第一章 ハッピーエンドのその先は死 その①

 こんにちははじめまして、私の名前は佐藤恵梨香さとうえりか。所謂ギャルというヤツです。

 もっと詳しく言うならオタクに優しいインテリギャルという令和らしい新属性持ち。そこらのギャルとは一線を画す存在ですのでよろしくお願いします。

 おっと今の話を聞いて浮ついた全日本オタク男子の諸君様、申し訳ないですが私には既に幼馴染の彼ピッピがいますので諦めて来世での順番待ちをお願い致します。

 彼ピッピ……すみませんやっぱ恥ずいですねこれ。慣れない背伸びはやめましょう。

 コホン、ええと因みに私の彼氏の名前は鬼島令きじまれい

 普通のどこにでもいる高校二年生、いやちょっと前まで普通の高校生だった生き物です。

 最近吸血鬼になったり異世界を救ったりと奔走して、主人公みたいになってしまいました。

 しかもハーレム系主人公。

 色んな女とフラグを乱立しまくりの乱れまくり。エッチでムフフなハプニング目白押しな日常を謳歌してやがりました。

 しかし令は少し他のハーレム系主人公とは違いました。

 なんとフラグを建てたヒロイン分、自分を分割して増やすという離れ技チートを成し遂げたのですよ。言うなればプラナリア系主人公。

 そんなこんなで私、佐藤恵梨香はそのおこぼれに預かり、見事令とカップルに成れたのです。


 ……しかしどういう因果か、のです。


「…………………………………………………………………………あり、え、ません」


 やはりハーレム系主人公死すべし慈悲はない。という世界の意思なのだろうか。


 朝、デートの待ち合わせである駅前で信じられない連絡を受けてから走って三十分。彼の自宅、アニメに出てくるみたいな普通の二階建ての一軒家、その二階にある彼の部屋に駆け込んでみたら────世界の終わりみたいな光景を見る羽目になって。

 頭、胸、お腹、下半身でザックリ四分割された……令が血の海に浮かんでいる。

 私は真っ赤に染まった令だったモノであろう物体の目の前で、ただ呆然と譫言をどこともなしに投げかけることしかできない有様で。


「本当に……こんなの……有り得ない、です、よ」


 割れるような頭痛、喉の渇き、動悸息切れ眩暈吐き気。

 ああ、胸の真ん中が驚くほど冷たい。

 まるで店頭で売れ残った空気清浄機みたいに、私は呼吸だけを繰り返す無意味なガラクタに成り下がってしまう。

 いやホント、ハーレム系主人公死すべしって言っても…………ですね。本当に死にやがるヤツがどこにいますか馬鹿野郎。冗談でも笑えないです、よ。


……大丈夫?」


 目に見えて取り乱す私に寄り添いながら『恵梨香ねぇ』といつものあだ名で声を掛けてくれたのは、鬼島令の妹の鬼島檸檬きじまれもん。レモンちゃんでした。


 レモンちゃんは小柄な女の子で、髪は金色のボブカット。

 優し気な目元から零れる目線は癒しの大魔法で、このくたびれた現代社会に潤いを与えるが如し。

 彼女を見れば百人中千人の老若男女が問答無用で虜になってしまう、そんな可愛いさとカリスマを持ちあわせた才色兼備の大天使。

 そして私のことを姉のように慕ってくれる子でもあり、────


 レモンちゃんから電話があったのは三十分ほど前。

 電話の内容は……凄く遠回りな言い方をされたけれど、結論を言えば彼氏が死んでいるという内容でした。

 私はソレを聞くや否や駅前で大声上げて、それから大急ぎで令の自宅に向かいましたとも。

 そして止めるレモンちゃんの静止を振り切って令の自室に飛び込み……四分割されている、私の彼氏である鬼島令と再会したのです。


 頭、胸、お腹、下半身でザックリ四分割されたその姿は、誰がどう見ても死んでいて……血の海で……酷い匂いで……生きてる頃の面影も消し飛ぶほどの光景で。


 ……バカ令。なんでデートの待ち合わせ場所にも来ないで、今度は物理的に四分割になっているのか。まるでこれじゃあ……本当に死んでる、みたい、じゃないですか。


「………………第一発見者はレモンだ。レモンの悲鳴に駆けつけてみたら、この状況だった。……もう手の施しようもなかった」


 暗い顔で、今床でバラバラなヤツとをした男がそんな言葉を隣から投げかけてくる。

 声や喋り方まで寸分違わず一緒。


 ……脳が混乱するから、今はどこかに行っていて欲しい。切実に。

 というかその言い方もやめてくれませんか、ね。「手の施しようもなかった」て、それじゃあ、本当に、令が、私の彼氏が、死んだ、みたいじゃないですか。


 ……ふざけるな。


にもこのことは既に伝えてある。もちろんライラやマナにも。今はとりあえずその場で守りを固めてもらっている。現状誰に狙われているかもわからないからな」

「……」


 いや、だから、ですね。


「ライラのところはお姫様だけあって城に住んでるから、その気になれば文字通り鉄壁だ。マナのところも今は海外にある第三アジトにいるらしいから、ここよりは絶対に安全だ」


 ────ああ、もう。


 だから、同じ顔で、そういう、今、床で、ね、寝てるやつ。が、そういう。あれを。言わないでって。なんで、わかんない。いやもう全部、意味、不明すぎて、頭が、爆発しそうで。


 だから、だからだからだから!


「……ごめん……さい……レモンちゃん。ちょっとだけ……令と、彼氏と二人きりに、してくれない、ですかね?」

「恵梨香ねぇ、それは……」

「レモン。恵梨香の言う通りにさせてやろう」


 戸惑うレモンちゃんの肩に手を置いたのは、さっきから口うるさい混乱の元凶でレモンちゃんの兄にしてでもある────だった。


 だからこの部屋には今鬼島令が二人いるわけです。

 ホントややこしいわけですよ。


「お兄ちゃん……でも……」

「いいからいくぞ」

「ちょ……お兄ちゃん!」


 抵抗するレモンちゃんを令が……レモンちゃんの彼氏でが無理矢理部屋から連れていく。

 床で今も静かに寝ているもう一人の令、と私を置いて。


 はぁ………………。

 もう、いいですよね。


「────────!!!」



 恐らく、人生で一番声を張り上げて泣いたのは後にも先にも、この瞬間でした。

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