最終話 雛乃に贈る最高のラーメン
一か月の修業を終えて帰宅した俺――味元和樹は朝から厨房に立っていた。
定休日ではあるが、松華ラーメンにいる理由。
それは、雛乃に最高の一杯を食べさせるためだ。
彼女と一緒に隣町のラーメン屋に行ったときに思ったことがある。それは純粋に美味しいと思わせるラーメンを食べさせたいという気持ちだった。
その気持ちに今は、別の思いも乗っている。あの純粋箱入りお嬢様に支えられて救われたから、現在に、未来に希望を持って生きている。その恩返しをするのだ。
その手段として俺が選んだのが、最高に美味しい一杯を食べさせることだった。
もしかして、この程度の、たかが美味しいものを食べさせる程度では足りないののかもしれない。
だけど、ラーメン屋の倅として……いや、味元和樹という人間として、ラーメンで竹宮雛乃という女の子に気持ちを伝えたいのだ。
まずはスープ作りからだ。
鶏ガラ、もみじ、丸鶏を寸胴に入れて、沸かせていく。灰汁を取り除いて、鶏油を入れて、程よく水を足しながら炊いていく。ある程度煮詰めていくと、水はもう足さない。
ここで一旦置いて。数時間待つ。
また煮詰めていき、濃度が一定に達するとスープを濾す。
これでスープが完成する。
時計を見ると18時になっていた。
雛乃には19時に松華ラーメンに来て欲しいと頼んでいるので、あと一時間といったところ。
一息をつこうと、思ったら、裏口が開く音が。
誰だろう。父さんが心配して見に来てくれたのだろうか。
「久しぶり! 和樹くん、元気だった」
そこにいたのはうちのバイトの後輩であり、同級生であり、俺にとって凄く大切な女の子――竹宮雛乃だった。
「え? 来るの早くない」
「だって、和樹くんに会えると思ったら体が言うことを聞かなくって! ……それにしても、和樹くんちょっと変わったよね。背がおっきくなったのかな? それとも匂いが……?」
「たぶん、背は伸びてないと思うけどなあ」
強いて言うなら頭は丸めた。修行先の店主に言われたからだ。でも、心もすっきりしたように感じていて、悪くはないと思っている。
匂いって言われるとちょっと怖い。もしかして、俺、臭い?
そんなこんなの会話をしつつも竹宮さんは店内に入ってくると、事務所でカーテンを引いて、着替え始めた。着替えを終えて出て来た彼女は、松華ラーメンのTシャツに腰エプロンして、鉢巻を巻いていた。
その格好ってことは――。
「今日、営業日だと勘違いしてる?」
「違うよ! 流石にそこまで天然じゃありません」
「じゃあ、なんで?」
「私も和樹くんに作ってあげたいものがあるからだよ! 修行してたのが自分だけだと思わないでね!」
雛乃も何かしらの料理を憶えてきたらしい。
「なに作ってくれるの?」
「チャーハン!」
『チャーハン』という雛乃から出てきた言葉に驚きを隠しきれなかった。チャーハンは味付けはまだしも、作り手の技量が問われる料理だ。重くて扱いが難しく、熱々の中華鍋を振るうのに慣れるのは、大変なはず。
それを雛乃は成し遂げてきたのか。
「じゃあ、今から俺のラーメンと雛乃の炒飯で、ラーメン炒飯セット、作ろうか」
「うん!」
雛乃は中華鍋を加熱し始めた。
一方で、俺は松華ラーメンで使っている中太麺を茹でる。どんぶりに煮干しと節類、2種の淡口醤油を合わせたかえし、鶏油、ネギを入れる。
そして、麺が茹で上がる直前にスープを注いで、この日のために買ったミルクフローサーで混ぜる。
そこに茹で上がった麺を入れて、麺線を整える。
トッピングは松華ラーメンで使われているお手製のメンマ、チャーシューを乗せて完成。
ちらりと雛乃の方を見ると、軽々と中華鍋を振るっており、卵を帯びた金色のご飯が宙を舞っていた。
す、すごい……。
そちらも出来上がったようで、綺麗に丸くチャーハンが盛り付けられていた。
俺と雛乃はそれぞれにどんぶりと皿を持って、客席に座った。
「なにこれ!? すごい白いスープだね! 食べていい?」
眼をキラキラさせて、俺の作ったラーメンを見つめている。ちょっとだらしない顔をしているようにも見えるが、そこまで興味を引けているのは嬉しい限りだ。
「いいよ。雛乃のために作ったんだから」
「わあ、やった! いただきます!!」
俺が作ったのは鶏白湯ラーメン。どうも雛乃はウチのラーメンは、贔屓目(?)で見てる節があるので、それに一切左右されないものが作りたかったのだ。それがウチのメニューにはなかった鶏白湯だった。
「ん! すごい美味しい! 濃厚で鶏のうま味が強いスープにキリっとしたかえしの魚介が香ってる。今まで食べて来た松華ラーメンの味とは全然違う。麺とも良く絡んですっごい美味しいよ!」
雛乃は夢中と言った様子でラーメンを啜っていた。始めたラーメンを食べたあの時は泣いていたが、それとは違って本気で楽しんでいるようだった。
そうだ、これが見たかったのだ。
作って良かった。
しかし、そんな雛乃の姿を見ているとこっちも腹が減って来た。
「……俺もチャーハン食べて良い?」
「ん、んぐ。食べて食べて」
麺を啜りながらも、許可を出してくれる雛乃。
「いただきます」
口に運んだだけで分かった。これは逸品であると。完璧な味付けに、パラパラのご飯たち、文句をつけるところなんて一つ足りともなかった。
「……どう?」
雛乃はラーメンを食べるのを止めていた。どうにも不安そうに、俺の答えを待っているようだった。だから俺は精一杯、今の感情を伝える。
「途轍もなく、美味しい! 父さんが作るチャーハンにも負けず劣らない。最高のものだったよ!」
「ほんと! よかった~」
彼女は安心したように胸を撫でおろしていた。
それから俺たちは二人でお互いを褒めながら、ラーメンとチャーハンを食べた。
◆ ◆ ◆
雛乃が食べ終わったのを見計らい、俺は立ち上がった。
「竹宮雛乃さん! お話があるんだけど……いいかな?」
「あ……うん、わたしの方も言いたいことがあるんだけど……」
「俺から、言わせてもらっても良い?」
「え! やだ! 私から言いたい!」
俺はその雛乃の言葉に、シンパシーを感じてしまった。
もしかして、考えていることが一緒だったりするのか……?
「俺から言いたい」
「私から!」
「俺から!」
「私から!」
そう言えば、お嬢様って割と頑固だったな……。お互いに譲り合えなさそうなので、こんな時は。
「じゃあ、同時に言う?」
その提案に雛乃は少し悩んだようだが……頷いてくれた。
「「せーの!」」
「お付き合いしてください!」「結婚してください!」
『お付き合いしてください!』が雛乃で、『結婚してください!』が俺だ。
考えていることは同じようなことだったが、俺の方が更に一歩進んでいた。
「結婚してくれるの……?」
「う、うん。まだ法律上は無理だけどね……本当は一緒のお墓に入って欲しいだったけど、重すぎるから……だったら、その前にある結婚でいいよねってなって……」
「とっても、嬉しい……抱き着いても良い?」
雛乃はちょっと泣きそうになっていた。涙がこぼれ落ちそうだった。
「うん。いいよ」
こぼれ落ちそうになっていた涙を自分で拭って、スーパーノヴァみたいなどんな遠いところにでも届きそうなくらいに輝いている笑顔を見せてから、勢いよく抱き着いてきた。
「私、和樹くんが大好き! こうやって抱きつくと良い匂いがするし、何しろ心が温まってくる。そんな貴方とずっと一緒にいられるなんて嬉しすぎるよ。大大大好き!」
そんな風に言って頭をこすりつけてくる雛乃を抱きしめながら、俺も言うのだ。
「俺も雛乃のことが宇宙一好きだよ」
「うん!」
そうして、俺たちは今後もずっと一緒にいることを決めた。この純粋箱入りお嬢様……竹宮雛乃さんとなら、どんな困難も乗り越えていける。毎日、笑って生きていける。そんな気がする!
そんな根拠のない自信を現実に変えていこうと思うのだ。二人で。
==========
あとがき
最終話までご覧いただきありがとうございました。
読んで下さった方々には本当に感謝しています。
応援をくれる方や、星、レビューをくれた方、とても励みになりました。
和樹と雛乃たちが紡ぎ出した物語を少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです(作者としては鳥飼さんも好き)。
最後によろしければ、★評価や、レビューをいただけると嬉しいです。
またいつか皆様と別作品で出会えたら素敵だと思っております。
因果の交差路でまたお会いしましょう!
ラーメン屋バイトの新入りが、ラーメンなんて興味なさそうな学校一純粋な箱入りお嬢様だった。 綿紙チル @menki-tiru
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