第37話 和樹くんがいない間に(竹宮さん視点)
私――竹宮雛乃は久しぶりに早朝から和樹くんの家に来ていた。
昨日は水族館デートに行って、名前呼びもしてもらったし、ツーショットで写真も撮ったし、将来沢山色んなところに行くことを約束した。
一言で言えば、かなり関係性が進んだと思う。
初めて学校で見かけた時の印象は、私のことを助けてくれたかもしれないちょっと気になる人。それから、あの子だと確定してから、少しでも近づきたくて、できる限り頑張って、彼の心を溶かしていった。
そんな日々を経るうちに、大切な人になって、大好きな人になっていた。
昨日はそのことを伝えちゃったら、和樹くんも『最高にうれしい』と言ってくれたので、もう一回通い妻……? みたいなことをしてみても良いかなと思ったのだ。
前は無理しすぎて体調を崩しちゃったけど、今回は気をつけないと思う。そして、和樹くんのお義父様から貰っている合鍵で彼の家に侵入する。
「おじゃましまーす」
もう何回も家に上がり過ぎていて、第二の実家のようなもの。
懐かしいなあ、和樹くんのトラウマなんて忘れさせてやるって思ってから、彼の家の改造に励んだのは。
竹宮家のメイドや執事を総動員して家具や芸術品を運び込んだなあ。しかも夜中から朝からにかけて和樹くんを起こさないようにやったから、大変だった。
今日も和樹くんが起きないようにこっそりと忍び足で階段を上がるのも慣れたものだ。彼は朝までぐっすり眠るタイプなので、そこまで難しいことじゃないけど。
部屋の前で待っているのが、前通っていたときのスタイルだったが――。
もっと大胆に行こうかな!
ゆっくりとドアを開けて、彼の部屋に侵入する。
わあ、私が大好きな和樹くんの匂いがいっぱい! 思わず酩酊してしまいそうな松華ラーメンの香りが混じった彼の存在をかなり強く感じていた。
よし! このまま、布団に潜り込んじゃえ!
と思ったが、あれ……布団に誰もいない?
けど……ちょっとだけ、満喫しても良いよね……?
「お嬢様、お嬢様、雛乃! 起きてください!」
「んにゃ、和樹くん……」
包まっていた布団が取り除かれる。
夕夏が呆れた顔で私を覗き込んでいた。
「ひゃっ!」
「目が覚めましたか、お嬢様」
「あれ、私、もしかして寝てた?」
「はい。それはもうぐっすりと」
うへえ、やっちゃたなあ。しかも和樹くんの使ってた枕によだれまで垂らしちゃっているし。
やっぱり和樹くんの匂いって安心できるから、それで一瞬で意識を奪われたのだろう。怖い怖い。
「あ、それで夕夏、和樹くん見なかった?」
「見てないですね……てっきりお嬢様と同衾してらっしゃるのかと」
「どうきん? どういう意味の言葉なの?」
「……男女が一緒に布団で寝ることですかね」
「へえ、そうなんだ」
何故かは知らないが、夕夏はバツが悪そうな顔をしていた。何か今の会話に変なところがあったんだろうか。
「それで、お嬢様どうします? 味元さんいらっしゃらないようですけど……」
「とりあえず、松華ラーメンに行こう! 和樹くんのことだから、そっちにいるんじゃないかな」
「わかりました。では行きましょうか」
そうして、私たちは和樹くんの家を離れて、私のバイト先に向かった。
しかし、そこにも和樹くんはいなかった。
「一体どこに……」
「行ったのでしょうね?」
ちょっとだけ焦りが出て来たので、お義父様に聞いてみることにした。
「ああ、和樹はな……他店のラーメン屋に修業しに行ったんだ」
「修行ですって!? どうしていきなり……」
「和樹は『雛乃に俺が作った一番美味しいラーメンを食べさせたい』って言ってたな」
「私のためですの……?」
「和樹はそれだけしか言わなかったから、まあ、そうかもしれないな」
もしかして、私、昨日のデートで記憶にはないけど、とんでもないお願いをしてしまったのだろうか? それを叶えてくれるために修業に行ったのなら、あまりにも迷惑をかけてしまっている。
「雛乃さん、そんなに深刻な顔しなくて大丈夫だよ。一か月だけの予定だし、何よりも良い面してたから」
「良い面?」
「今までになく前向きな顔つきだったからさ、多分、帰った来た時には一回り成長していると思うよ」
「そう……なのですか」
「あ、あと、他店に行っている最中は学校も休むらしいからよろしくね」
学校にも行かず、私が起きる時間には既に家を出てしまっている……これでは会うことができない。
ガーン、と強いショックを受けた。
◆ ◆ ◆
放課後、バイトをしながら、このことを先輩である香織お姉さまに愚痴ることにした。
「ということなのですわ……」
「なるほどね~それで元気がなかったわけだ。アハハ」
「一か月も合えないなんて、私、辛いですわ!」
本当に一か月会えないという事実がキツ過ぎて、学校では魂が抜けた抜け殻みたいになっていた。今は仕事しなくては、と思って動いてはいるのだが。
「取り敢えず後で連絡とかしてみれば」
「もうしましたわ! けど……『ごめん、忙しくて電話も出れそうにない』って返信がきたのですのよ」
「ありゃりゃりゃ……それはありゃりゃだね。でも、雛乃ちゃんはそんなにも和樹と一緒にいたいってことなんだ」
「それは……勿論です!」
「じゃあ、付き合っちゃいなyo!」
私はお客さまが食べ終わったどんぶりを運んでいたのだが、それを落としそうになった。
「え、ええええええええ!」
「そんな動揺することでもないでしょ。君たち普段からカップルみたいに見えるよ」
そうなのかなあ。カップルなんて言ったら、手を繋いだり、抱き合ったり……あれ、それはもうしてる。
確かに実質的にお付き合いしてるのかなあ。
「……そうかもしれないですわね」
「だから和樹くんが帰ってきたら、告白しなよ。告白」
告白して結ばれる。それ自体は喜ばしいことなのかもしれない。
けど――。
「私のために修業に行っている和樹くんを待っているだけで良いのでしょうか?」
「良いと思うよ。男を信じて待てる女も素敵じゃん。でもさ」
香織お姉さまは私のことを手招きした。そして、私に中華鍋を握らせた。
「雛乃ちゃんはそういう女じゃないよね。和樹くんがいないうちにスキルアップして、驚かせちゃおっか!」
「はい!」
私も和樹くんのために頑張る!
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あとがき
次回で完結となります。
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