第36話 お嬢様は俺のことが宇宙一好き
ショーが終わった。
アザラシたちは手を振って、俺たち観客を見送ってくれた。
雛乃も手を振ってバイバイしている。俺もつられて手を振っていた。
それなりにショーは楽しめるものではあったのだが、やはり周りにいる幸せそうな家族連れを見ると虚しくなってしまう。
「……和樹くん、もしかして楽しくなかった?」
こういう悲しい気持ちは心の中に閉まっておこうとするのだが、雛乃には大概バレてしまう。しかし、気持ちまでは分かっても、何を考えているのかまでは分からない。だから、精一杯笑った。
「楽しかったよ!」
「なんか作り笑顔に見える……楽しまなきゃ損だよ。ソンソン!」
雛乃は俺の手を握って、ずんずんと引っ張っていく。
彼女に手を握られると、心の中心から温まる。それだけは絶対に確かなことだった。でも、辛い思い出しかない空っぽさまでは埋めてくれない。
「和樹くん見て見て、でっかいタコ!」
館内を進んだ先にいたのは水槽いっぱいに手を広げている大きなタコ。
「美味しそうだね」
「なっ!? 和樹くんなんてこと言うの、最低!」
ぷんすかしてあっかんべーまでしそうな雛乃。確かに最低なことを言ったかもしれないな……。
そんなちょっとしたお怒りを見せながらも、耳元で呟いてくる。
「……でも、私もちょっとおいしそうだと思っちゃった」
そう言って顔を見合わせて、二人で笑った。
俺と雛乃は二人で展示を見て行った。彼女は基本的に見たものすべてにリアクションをしてくれるので、こっちもつられて笑っていた。
そうしていたら、次のショーの時間が来たので、イルカがいる場所へと移動した。
「イルカさんのショー、すっごい楽しみ!」
「俺も楽しみ」
「見て見て、坂さまで泳いでるよ! 遊んでるのかな?」
目の前の大きい水槽で泳いでいるイルカの様子を逐一伝えてきてくれる雛乃。どの水槽よりもワクワクしているのが伝わって来る。
と、そんな時だった。水槽の一番手前に小さい子どもが母親と一緒に立っているのが見えた。
手を伸ばしている子どもに向かってイルカたちは反応して、挨拶をしに行っているかのようだった。それを見た母親が、『良かったねえ~』と言って、子どもも嬉しそうにしている。
その光景を見た途端に思わず雛乃の手を強く握ってしまった。
「ど、どうしたの?」
「あ、いや……」
「目を背けないで。こっちをちゃんと見て」
雛乃は俺のことをじっと見つめてきた。その瞳の奥には、いつか見た青い輝きが宿っているようだった。彼女は、俺の異変を本気で察知しようとしている。
その視線に耐えらなくなって思わず、視線を外してしまった。
「……和樹くん、行くよ」
「行くって、どこに? イルカショーは見なくていいの?」
「見なくていい。和樹くんの方が大事」
雛乃は俺の手を握り、立たせると水族館から出て、近くにあったベンチへと座らせた。恐らく彼女は俺のことを心配したから、連れ出したのだ。
「それで……和樹くん、どうしたの? さっきから様子がおかしいけど?」
「いや、本当に大丈夫だから……だから戻ろうよ」
折角に楽しい時間なのに迷惑をかけて申し訳なかった。これ以上、自分のしょーもない気持ちで雛乃の楽しみを奪いたくないのだ。
「いや、いやなの!」
「だから、大丈夫だって――」
「大丈夫じゃないよ、そんな悲しそうな顔をして! 私は和樹くんが辛そうにしている時に呑気にしていられるような心はしてないの!」
俺だって雛乃が悲しそうにしていたら、素直に何かを楽しむなんてことはできないだろう。けど、今日は遊びに来ているのだ。それなのに、余計なことを考えて、勝手に苦しんでいる俺の巻き添えにはなって欲しくなかったのだ。
「ごめん……ほんとうに、ごめん」
「それは良いから、なんで悲しそうなのか話してよ」
雛乃からは俺を包み込むような青い輝きを放っていた。その輝きはいつものように俺をどこかに導いてくれるものに他ならなかった。
だから、俺は思ってしまったことを話した。
「親子連れを見て、羨ましいなって思っちゃったんだ。ほら、俺は、あんな母親だったからどこかに連れて行ってもらえることもなくて……虚しい人生しか送ってないだなあって」
「……そっか」
俺の話を聞いた雛乃は考えるような間も無く、答えた。
「じゃあさ、和樹くん。これからも二人で一緒にいろんなところに行こうよ。いっぱい二人でデートして、その思い出をこうやって残して行こうよ」
スマホを取り出して一枚の写真を見せつけた。それは先ほど撮った俺と雛乃のツーショット写真だった。
「過去は変わらなくても、未来は楽しいことでいっぱいだよ!」
身を乗り出して力説してくれる。そんな雛乃の姿はとても魅力的で、彼女といればいつだって人生が楽しくなりそうだと思った。
「うん、そうだね。これからも一緒にデート行こう」
「やった!」
雛乃は喜んで、俺に抱き着いてきた。心の靄が晴れた俺なんかよりも、よっぽど嬉しそうに見えた。
そんな彼女を横目に見て、思った。
竹宮雛乃という女の子と一緒にいると楽しくて、励ましてくれて、何よりも力が湧いてくる。もっと一緒、いや、ずっと一緒にいたい。
これが自分なりの雛乃との築きたい関係なのではないか。
だけど、どこかに良くないものを感じていた。それは――。
「じゃあ、雛乃。水族館に戻ろうか」
「え! 戻れるの!」
どうやら雛乃は再入場が出来ることを知らなかったらしい。それなのに……、俺のためだけに外に出たのか。
「チケットがあれば一日中出入りができるみたいだよ」
「これで次のショーなら見れる!」
◆ ◆ ◆
「今日は楽しかった!」
「うん、俺も」
二人で並んで手を繋いで道を歩く。もう少しで雛乃のメイドである諸麦さんが待っている場所に着いてしまう。俺はその前に彼女に聞きたいことがあった。
「雛乃って、どうしていつもそばにいてくれるの?」
俺は竹宮雛乃という女の子が、なぜ、いつもそばにいて助けてくれるのかを知らない。一緒のバイトをしているだけだったはずなのに、気づけばデートまでしている。その理由を聞きたかったのだ。
「それはね――和樹くんのことが宇宙一大好きだから!!」
想定通りの答えだった。そんな気はしていたのだ。
じゃなきゃ、純粋箱入りお嬢様が俺になんて構って来ないだろう。
「ありがとう、雛乃。そう言ってくれて最高に嬉しい」
「えへへ」
とちょっとだけ恥ずかしがっている。
一方で今の雛乃の答えから明らかになったことがある。
雛乃は俺のことが大好きだから助けてくれる。
それはいいが、俺は彼女に助けられ過ぎている。
何も返していないし、与えてもない。強いていえば看病をしたくらいだが、俺の方が何倍も彼女にお世話になっている。
俺も雛乃のことは大切で、大好き……なのかもしれない。
けど、このまま、彼女に助けられてばっかではいたくない。
だから、俺は決めた。
雛乃に恩を返すのだ。
それから、成りたい関係性になろう。
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