第35話 お嬢様とツーショット
電車に乗ると既に車内は混んでいて、竹宮さん……雛乃はアワアワしてしまっている。そんな彼女の手を引いて、奥の方へと引っぱって行く。
「発車すると危ないから、どこか掴まってて」
そう言い終わると同時に電車が動き出してしまい、雛乃がよろめいて、こちらに倒れて来た。
母親との決別の日以来、ここまで雛乃と近づくことはなかったため、一瞬だけ不快感が襲って来ないかと心配したが大丈夫だった。やはり、俺は自身のトラウマを克服したらしい(雛乃限定かもしれないけど)。
そんなぶつかって来た彼女だが、「ねえ」と甘えるような声を出してきた。明らかに赤面しつつ、真っ直ぐな瞳が俺を見つめていた。
「――掴まってて、って言ったじゃん」
「あ、うん……」
かわいい――。
そんな感情が心の奥底から飛来していた。隕石のような速度と輝きでぶつかってきたそれは、俺の胸をかき乱していた。
どうしても雛乃にドキドキしてしまっている。
彼女を異性として意識しているのか……?
「あのね……このまま和樹くんに掴まっていたいんだけど、いいかな?」
「……わかった。いいよ」
「やった!」
そう言われた途端に彼女は、腕を組んできた。まるで猫のように顔もこすりつけてきている。かなり嬉しいようで、窓に映る雛乃の顔は幸せでいっぱいのように見えた。
そんなこんなで電車で揺られ行く。
乗り換えで都会のターミナル駅に降りた際には、『ここ来たことある!』と言った。何か色々知っているようだった。
「なんか詳しいね。もしかして来たことあった?」
「うん! 電車では来たことないけど、車では何回もここの駅にある百貨店には来たことあるから」
お嬢様だから、百貨店くらいは来たことがあるのか。
そんなこともありつつ、目的の水族館のある公園に着いた。
「わあ、見て見て、おっきいイルカさんの像がある! 写真撮ってこ! 写真!」
「じゃあ、雛乃。そこに立って」
楽しそうにピースピースしている彼女を、一番美しく可愛く写真に収める。それが終わると雛乃もスマホを取り出して、言った。
「交代だね!」
「え……? 俺も撮られるの?」
「当たり前だよ! ほらほら和樹くんも横に立って」
俺もさっきの雛乃のようにピースサインをして、写真を撮ってもらった。人に写真を撮られる機会ってそんなにはないので、上手く笑えるか心配だった。けど雛乃があたふたしながらスマホを操作しているのを見させてもらったので、ちゃんと笑えた。
写真を撮り終わったので、先に進もうとするが、雛乃が足を止めた。
「待って!」
「……どうしたの?」
「折角のデートなんだから、ツーショットが欲しい!」
言われてみると、それは欲しいかもしれない。二人で来ているのに、なぜ一人しか映っていない写真を撮っているのだろうか。
なので、俺は頷いてしまった。
「確かに……」
「和樹くんもそう思うよね!」
その俺の賛同の言葉を聞いた途端に、雛乃は動き出していた。近くにいた、俺たちよりも少し年上に見える男の人に声をかけた。
「すいません、そこのお兄さん。私と彼の写真を撮ってくださらないでしょうか?」
「え、あ、はい。いいですよ」
「ありがとうございますわ!」
俺が止める間もなく雛乃は交渉を成立させスマホを渡していた。お兄さん、なんかちょっと嫌そうな顔してたけど、迷惑じゃないかな……。
「3・2・1、ハイポーズ!」
無難にさっきみたくピースしようかなと悩んでいたら、撮る瞬間に雛乃が抱きついてきた。
カシャ!
「……これで問題ないですか?」
お兄さんはちょっと引き気味で確認を取ってきた。
一瞬、何で引き気味なんだろうと思ったが、冷静に考えれば他人に写真を撮ってもらうことを頼んでるのに、その最中にイチャイチャ(?)見せつけられれば引かれてもしょうがないだろう。
ちょっと申し訳ない……。
「はい! 大丈夫ですわ。本当に感謝いたします」
「……ありがとうございます」
見せられた写真は雛乃が抱きついて来たせいか、ちょっとぼやけていた。しかし、それが脈動感を生み出していて動きが伝わって来る。何となく雛乃の元気良さが反映されていていい写真だなと思った。
「わあ! 和樹くん、この写真スマホのロック画面にするね!」
「うん」
雛乃はスマホの画面を見せつけてそう言った。
俺も帰ったらやろう。今やってもいいんだけど……ちょっと恥ずかしかったからできなかった。
公園を通って、水族館の入口へ。
「へえ~、水族館のチケットって券売機で買うんだ。ラーメン屋みたいだね」
「慣れてるからこの方がありがたいよ」
「だね!」
券売機を見て、真っ先にラーメン屋が出てくるくらいには、雛乃の脳内が松華ラーメンで埋まっているらしい。
そのことが、ちょっと嬉しかった。
水族館に入るといきなり水槽が置いてあって、東京湾に住んでいる魚たちが展示されていた。
「わあ~、管から出てるウツボさん可愛い~! 実物初めて見た~」
「……なんか、ウツボって凶暴なイメージあるけど、こうしてみるとかわいいな」
「ウツボさんって凶暴なんだ! へえ~」
感心している雛乃を見てちょっとだけ胸が痛くなる。
割と適当に言ったので、実際にそうなのかを一切知らないのだ。後で調べておこうかな……。
少しだけ館内を見ていると、イベントスケジュールが貼ってあった。
「竹宮さ……雛乃。もう少しでアザラシショーが始まるみたいだけど、どうする?」
「そっちに行く!」
水槽をじっくり見ていた雛乃だが、アザラシの方が気になるらしい。
館内を移動してアザラシたちがいる場所へ。
思っていたよりも人が集まっていないようで、一番前の良いところでショーが見られそうだった。
少し待っていると飼育員さんたちがやって来て、その機会を伺っていたかたのようにアザラシたちがあがってくる。
キューキュー泣きながら、びちゃびちゃと移動している。
「アザラシってあんな風に鳴くんだ~。ぽっちゃりとしてて可愛い~」
雛乃はテンションが上がり満足しているようで良かったのだが、ここで飼育員さんたちからお願いのアナウンスが入る。
「黄色い線の内側はお子様優先ですので、ご協力ください~」
その言葉にハッとするような雛乃。すぐ後ろを振り向くと小さい子が立っていた。
「ごめんね~。お姉ちゃん、今どくからね~」
雛乃と俺はその位置を譲った。子どもとその親は『ありがとうございます!』と、俺たちの前に立って仲睦まじい様子を見せていた。
「……ちょっと悪い事しちゃったね。反省しないと」
「……そうだね」
俺は雛乃の言葉に頷きづつも、別のことを考えていた。
思い返してみれば、俺は親にこういった娯楽施設に連れていってもらったことはない。
だから目の前で、親子のあるべき姿を見せつけられて、ちょっとだけ虚しくなってしまった。
でも、これを雛乃には言いたくなかった。
折角の楽しいデートなのに、それを壊すようなことは言いたくなかったからだ。
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